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8 香辛料交易の交渉と聖女候補

 食事会から3日。暦は12月に入り、冬となった。

 王都と比較してもそれほど北の位置ではないので、雪こそまだ積もっていないが、王都同様に数十cmの雪が積もることがあるとのアルルオーネ様のお話だった。

 しかしセリザナさんに聞く限り、ここドルクでは冬籠りの時期にできることがほぼなにもないようだった。女性が冬籠り前に仕入れた糸で、衣類や雑巾などを縫い、それを売ることで僅かながらの冬の資金としているらしい。その産業の不在こそがドルクの財政状況の悪さを示しているようにも思えた。


「冬籠りの時期になにかやれることが必要そうですね……」


 私がそう呟いた時だった。館の外に馬車の馬が鳴く声が聞こえる。

 お客人だろうか。それともあるいは……。

 私は自室を出て、玄関へと向かった。

 玄関に着くと、そこには見知った顔があった。


「お養父様!」

「レーヌ……約束通りに香辛料交易の準備をしてきたよ」

「まぁ、ありがとうございます!」

「それで、アルルオーネ様にもご許可を頂きたくてね。レーヌへの報告もついでに行えるからとこちらへ寄ったんだ」

「それでしたらどうぞアルルオーネ様の執務室へおいでください。私、ご案内致します」

「あぁ、頼む」


 そうして、アルルオーネ様の執務室へと行く。

 執務室へ着くと、アルルオーネ様は何の話か分からなかったようだったので、最初にお養父様が切り出した。


「アルルオーネ様。ドルク西海岸とフォンテーヌ及び精霊国との交易のご許可を頂きたい」

「交易の許可ですか?」

「はい。もう西海岸の港町ルーブでは話は取り付けてまいりました」

「ですが、一体何を交易しようと?」


 アルルオーネ様が不思議そうに聞く。


「はい。精霊国やフォンテーヌからは香辛料を、そしてドルクからは私も悩んだのですが、鉄鉱石を頂きたいと思っております」

「鉄鉱石を……?」

「はい。ドルクでは鉱石類の産出が多いと昔から聞き及んでいます。ですが現状はそのほとんどを中央王都レンベルクへと供給しているかと存じます。しかし足元を見られて安価過ぎる……というのが私の見解です。その一部だけでもフォンテーヌや精霊国へ持って行くことができれば、多少の交易利益も出るでしょうし、香辛料を実質無料で手に入れることができる」

「香辛料を実質無料で……それは……」


 アルルオーネ様が香辛料の使い道に困ってか、私の方を見た。


「アルルオーネ様。もし香辛料が安価にドルク内に出回れば、民達は冬籠りの為の食料をもっとたくさん長く日持ちするものを作れることになりますし、なにより食生活が豊かになります。私はドルクに必須だと思うのです」


 私が熱弁すると、アルルオーネ様は「ふむ……」と考え込むように自身の顎に右手を当てた。


「いいでしょう。確かにドルクの鉄鉱石はあまりに安価に王都へと供給しすぎだとは考えていました。王都の商人と多少の軋轢を生むかもしれませんが、それでもドルクの民が豊かになるならばいいでしょう」

「では……?」

「はい。交易に許可を与えます」


 アルルオーネ様が決断し、私が「ありがとうございます! アルルオーネ様!」と嬉しくなって笑う。

 アルルオーネ様は領主印を取り出すと、お養父様の用意してきた書面に押印した。

 これで香辛料交易ができる。

 民達の生活も豊かになるに違いない。


「それでは私は用件が済んだので、急ぎフォンテーヌへと戻ります。アルルオーネ様、どうか我が娘をよろしくお願致します」

「はい。大事な娘さんをお預かり致します」


 アルルオーネ様が微笑み、安心した様子のレビルお養父様が執務室を出て、館を去っていく。


「レーヌさんは思いも寄らないことを本当にいくつも思いつくのですね……まるでドルクの救世主のようだ」


 とアルルオーネ様が、私のことを救世主だと言った。


「救世主……そう言って頂けると有り難いのですが、しかしまだスピリュエールも手元にないのです。私はあくまでもアルルオーネ様の補佐を行っているに過ぎません」

「あぁ……その件ですが、実は先程手紙が届きまして、レーヌさんのスピリュエールについて正道教会からの贈与が決まったとのことです」

「え? 本当ですか?」


 私は食い入るようにアルルオーネ様に聞く。

 しかし、やはり正道教会からスピリュエールを調達するつもりだったのかアルルオーネ様。

 何か正道教会と繋がりがあるのだろうか?

 私は気になったのだが、聞かないことにした。


「はい。王都の正道教会本部の方でもあのレーヌ・フォンテーヌ様ならばと、ご快諾頂けたようです。レーヌさん、一体王都の教会でなにをしていたのですか……?」

「教会で何を……ただ王都場末の教会にて、日曜教室のお手伝いをしていただけなのですが……」

「ふむ……日曜教室の手伝いを……?」

「はい」


 私、なにか教会に目をつけられるようなことをしていただろうか?

 確かに台所では聖遺物のスピリュエールを借り受けて、ハイポーションを何度か作っていたが、もしかしてそれが原因で教会に目を付けられていたのか……?

 私の中で考えが巡っていたが、しかし教会の司祭様達に聞かないと分からないことだろう。


「そうですか……実は正道教会の方からは、レーヌさんを聖女にというお話まで頂いているんです。そして是非、王都に聖女としてお戻りくださいと……」

「え……!? 私を聖女にですか!?」


 私が驚いて胸に手を当てながら聞くと、アルルオーネ様は「はい」と簡潔に返事をした。


「いかが致しましょう? レーヌさん」

「それは大変ありがたいお話なのですが……ですが王太子殿下はそのことをご承知なさっているのでしょうか?」

「いえ今のところは教会側の独断のようですね。なんでも、かねてよりレーヌ様に教会は聖女候補として目をつけておられたのだとか……。それを王太子の横槍によって邪魔されたと大変手紙では憤慨されておられるようでした」

「そんな……私の為に憤慨するだなんて……」


 私、聖女候補になるようなことをしていたのだろうか?

 ただ今度こそは貴族として、更に真面目に、民たちにも好かれる侯爵令嬢になろうと努めていただけなのだが……。

 しかし、どうすればいいだろうか。

 私は考えた末に結論を出した。


「その、私、スピリュエールは有り難く頂戴したいと思うのですが、ここドルクを離れるつもりはありません。王太子殿下のご賛成もないままに、追放された私が再び王都に戻るなどということがあれば、教会と王室との対立も起きてしまうでしょう。私はドルクでアルルオーネ様の客員貴族としてしばらく過ごすつもりです。アルルオーネ様、それでよろしいでしょうか?」


 私はアルルオーネ様の顔色を窺う。


「それは……はい。レーヌさんがそうおっしゃるならば、私としては客員貴族として迎えることに変更はありません」


 アルルオーネ様がそう言って微笑み、私は安堵して緊張で上がっていた肩をおろした。


「では早速、明日。レンドルク村の教会へスピリュエールを取りに参りましょう。王都の教会からは手紙を預かっていますので、きっと上手くいくはずです。レーヌさん、ご予定は大丈夫でしょうか?」

「はい……いつでもお付き合い致します」


 あれから乾燥の魔道具を使わせて欲しいという話が2,3あったので、村人が館を訪れる可能性もあったが、しかし、魔力を扱える私やアルルオーネ様がいなければ乾燥の魔道具を稼働させることは出来ない。もし来てもらったなら、その人には悪いが、後日出直して貰うことにしよう。

 そう考え、私は明日、スピリュエールを受け取る為に教会を訪れる事を決めた。

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