表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/12

7 乾燥研修会と食事会

 招待状などを配り終えて1週間が経ち、ついに精霊ジャガイモの食事会及び、野菜乾燥研修会の日がやってきた。

 しかし……。


「誰も来ませんね……」


 セリザナさんが自身の右頬に手を当てながら残念そうに言う。

 領主の館の庭で乾燥の魔道具を設置して朝10時から待っていたのだが、しかし誰も来る気配がない。

 きちんと回覧板か何かで周知して貰ったはずなのだが、やはり新しい野菜の加工方法の研修など、みんな興味がないのだろうか?

 たくさんの人が来てもいいように、庭に木台をたくさん設置したのがなんだかとても虚しい。


「はい……。意気込んで新しい乾燥用の箱を発注しなくて良かったかもしれません……」


 鍛冶屋から帰った後、アルルオーネ様に乾燥の魔道具用の金属箱を発注するため、銀貨5枚の投資をお願いしたのだが、しかしどれくらいの村人が乾燥の研修にくるかを見極めてからにしましょうと言われてしまったのだ。アルルオーネ様は村人たちがそれほど乾燥に興味がないということを察していたのかもしれない。新しい手法というのは受け入れ難いものだ。仕方がない……。


 そうして何時間待っても、人は来なかった。

 朝から待つこと4時間の午後2時。

 セリザナさんが「精霊ジャガイモ料理の仕込みに入ったほうがいいでしょうか?」と聞いてきた。私が「はい……その方がいいかもしれません」と答えたその時だった。


「あ、おはようございますレーヌさーん!」


 遠くで私の名を呼ぶ声が聞こえた。

 領主の館の入口の更に向こう側を見やると、なんとユーリさんが数名の女子を引き連れてやってきてくれた。ユーリさん達は館の庭に入ってくると、私に話しかける。


「あれ? 確か今日でしたよね? 乾燥? の研修会」

「はい! そうです! ユーリさん達が初めてのお客人です」

「あららそうなんですね。すみません、午前中は家業が忙しくて来られなかったんです。今からでも間に合いますよね?」


 ユーリさんは心配そうに私に聞く。


「もちろん大丈夫です! それより……ご友人を連れてきてくださったのですね!」

「あ、はい。近くに住んでる子達を誘ってみました!」


 ユーリさん達はカゴいっぱいの野菜も持ってきてくれていた。

 これならば問題なく乾燥に入れるだろう。


「みなさん研修会に来てくださりありがとうございます! まずは乾燥の為に野菜を加工するところから始めましょう。セリザナさん、包丁の数は足りますかね?」

「はい。問題はないかと……」

「では、まず始めに魔道具に入るサイズに野菜を切ってください! 魔道具はこちらになります!」


 私は乾燥の魔道具をみんなに紹介する。

 高さ50cm。奥行き30cmほどの大きさの鉄箱だ。

 複数の部品に分解された状態で収納魔法入りの鞄に入っていたので、組み立てるのには些か苦労した。

 既に魔道具の精霊石はアルルオーネ様によって励起済みで起動している。

 アルルオーネ様は励起させるのに何度か失敗して、起動に苦労されていたようだったが、起動さえしてしまえば、私がスピリュエールを使わなくても、ちょっと魔力を通すだけで魔道具は稼働するはずだ。

 そうしてみんなが野菜を切り始めたのを確認すると、私は乾燥の魔道具の上部に火炎花を入れた。

 私は火炎花の火の精霊力に、ちょっとだけ魔力を通した。

 錬金触媒の火炎花は無事機能したようで、ぶおんという音を立てて稼働し始める乾燥の魔道具。


「さぁ、切り終えた野菜からどんどん中に入れていきましょう!」

「はーい!」


 女の子達が返事をし、野菜を乾燥の魔道具に入れていく。

 そうして待つこと2時間。第一弾の乾燥が終わった。

 箱の扉を開けて取り出して見ると、見事に乾燥野菜の小片が出来上がっていた。さすがは私製の乾燥の魔道具だ。普通の乾燥の魔道具では20時間ほどかかる乾燥を、たった2時間で出来るように改良してあるのだ。コツは火の精霊の力だけでなく、水の精霊と風の精霊の力を混ぜて使うことにある。


「わぁ……凄い! こんなに小さくなるのですね!」


 ユーリさん達女子が騒いでいる。


「はい。戻す時はしばらく水かお湯に付けていればすぐに戻ります。この状態ならば冬場からならば半年は保ちますよ」


 私は乾燥野菜の使い方などについて教え、最後に「今回は無料ですが、次回からは乾燥に必要な火炎花一束と銅貨1枚とで乾燥の魔道具をお貸し致します!」と言うと、みんなが口々にそれで半年も保つなら安い! と言っていた。


 そうして2度目の乾燥も終え、帰るユーリさん達女の子を見送ると、私は急いで精霊ジャガイモ料理に取り掛かることにした。既にセリザナさんが乾燥中に精霊ジャガイモの皮むきと芽取りを済ませてくれていたが、煮込むのに多少時間がかかる。午後7時30分の夕食会までそう時間はない。メニューはキャベツと精霊ジャガイモ、そして熊肉を煮込んだスープだ。この熊肉は精霊ジャガイモを取りに行った日に、アルルオーネ様が森で打倒したブラウンベアーの肉だ。私を馬に乗せて戻った後、アルルオーネ様は勿体ないからと言い猟師と共に森へ戻って解体作業を済ませてきたのだという。


「よし、良く焼けたみたい!」


 熊肉を一口サイズに切り分けてからよく焼くと、私は既に炒めていたキャベツと精霊ジャガイモと合わせ、そして水を注いだ。あとは送ってもらった荷物に入っていた手持ちの最後のハーブを入れ、塩で味付けしてじっくり煮込むのみだ。本当ならばもっとたくさんのハーブや香辛料があれば熊肉の臭みを消すのによかったのだが……。いや、少量とはいえ、ないよりはマシだろう。


「セリザナさん、あとはじっくり焦げないように煮込むだけです。お任せしてもいいでしょうか?」

「はい。任されました」


 セリザナさんはこくりと頷き、私から鍋を引き受けてくれた。

 そうしてじっくり煮込むこと1時間弱。

 私達は精霊ジャガイモとキャベツの熊肉煮込みを完成させた。

 味見をしたが、ハーブのおかげか思ったよりも熊肉の臭みが抜けている。これならば大丈夫だろう。あとはパンと合わせて出すのみだ。

 フルコースとはもちろん行かないが、普段あまり豪勢なものを食べていないであろう村人にとっては、十分に満足してもらえる食事のはずだ。


「あら、ちょうどお客様が来たみたいです」


 セリザナさんがそう言いながら玄関へ出ていき、私はアルルオーネ様の居室にそのことを伝えに言った。


「アルルオーネ様、お食事の準備が整いました。それとお客様が見えたようです」

「ありがとうレーヌさん。私も精霊ジャガイモ料理がどんなものか楽しみです」


 アルルオーネ様を伴い、私達は食堂へと向かった。

 食堂へ入ると、私の知らない顔が大勢いた。恐らくはセリザナさんが招待状を届けるのを担当した人だろうか?


「アルルオーネ様、今宵はお招き頂きありがとうございます」


 ある初老の男性の挨拶に伴って、みんながアルルオーネ様に頭を下げた。

 もしかしてこの初老の男性が村長さんだろうか?

 茶色の髪色といい快活そうな感じといい、フィンさんに似ていると思った。


「カダン村長、顔を上げてください。せっかくの食事会だ。楽しく行きましょう。席にご着席ください」

「はい……ではお言葉に甘えまして……」


 やはりフィンさんのお父様の村長さんだったらしい。カダンさんと言うのか、覚えておこう。

 そうして皆が着席すると、セリザナさんによって熱々の食事が運び込まれる。

 また2,3人が遅れてやってきてアルルオーネ様に挨拶をして着席する。どうやらユーリさんのお父さんも遅れてではあるが来てくれたらしい。

 みんなが揃い、立ったままだったアルルオーネ様が口火を切る。


「皆さん今日はよく集まってくれました。本日は皆さんにあるお人をご紹介したい。我がドルクの客員貴族となる予定のレーヌ・フォンテーヌさんです!」


 アルルオーネ様に紹介され、私はアルルオーネ様の横に進み出た。


「レーヌ・フォンテーヌと申します。若輩者ですが、どうぞ宜しくお願い致します」


 私が深々とお辞儀をすると、拍手が響いた。


「そして我が館で、明日からどうしても困っている民に、とある強力なポーションを売ることと致しました。それも僅か銅貨3枚でです。皆さんも怪我や病気で困った時は、是非我が家まで、この聖女のようなレーヌさんが作ってくださったポーションをお求めください。更に……本日の食事もレーヌさんが作ってくれたものです」


 そうしてちらりとアルルオーネ様が私を見た。


「さぁ、みなさん冷める前にご賞味ください。手に入ったばかりの熊肉と、キャベツ、そして精霊ジャガイモのスープです!」


 私がそう言うと、アルルオーネ様を始めとして、みんながスープに手を付け始めた。


「これは……!」


 教会から来ているであろうローブ姿の男性が声を上げる。

 どうしたのだろうか?


「これは……精霊ジャガイモとはまさか毒芋のことだったとは……レーヌ様は私達を毒殺するつもりでおいでか……!?」


 その一言で食堂はざわつきに支配された。

 説明しなければならないだろう。


「いいえ、毒殺するつもりなどありません! 精霊ジャガイモは確かに毒を持ちますが、それは芽や日に当たりすぎて緑色になった部分のみで、それ以外は可食部なのです。精霊国の一部ではよく食べられているものなんですよ。ほら……!」


 私は皆を安心させるために、自分の分のスープの精霊ジャガイモを口に含み、咀嚼。そして飲み込んだ。


「それは……事実なのですか? アルルオーネ様!」

「はい。私も食べるのは初めてですが、レーヌさんからそのように聞き及んでいます。私も食べて見せて差し上げましょう。レーヌさんは信用できるお方です」


 そう言うと、アルルオーネ様が精霊ジャガイモを食べ始めた。


「領主様がそうおっしゃるのならば……」


 ローブ姿の教会から来たであろう男性が渋々とそう言うと、ごくりと緊張するように唾を飲み込みながらも、精霊ジャガイモを口に入れた。

 それを皮切りに緊張に包まれながらも食事会は進んでいった。

 そうして皆がスープとパンとを食べ終えた頃、アルルオーネ様が宣言する。


「みなさまいかがでしたでしょうか? 私は大変美味しくいただきました。今後、我が領ではこの精霊ジャガイモの栽培を開始しようと思っています。どうやら森野でも大量に自生しているらしく、我が領の土との相性が良いとのこと。自給率の向上に役立ってくれるものと信じています。どうか毒があることを恐れず、民達に正しい食べ方を広めるのを手伝って頂ければと思います。最後にレーヌさんから一言あれば……」


 アルルオーネ様の宣言が食堂に響き渡り、最後に私の一言を待つ村人たち。


「はい。改めまして、これからドルクでお世話になるレーヌ・フォンテーヌと申します。精霊国に一番近いフォンテーヌ出身であることから、突飛と思われるようなことを申し上げることも多々あるでしょうが、それもここドルクの発展を願ってのものです。どうか邪険になさらずお付き合い頂けますと幸いです。よろしくお願い致します」


 そうして私が頭を皆に深々と下げ、食事会はお開きとなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ