6 招待と乾燥
あのあと、ハイポーションを銅貨3枚で館に来た民に特別に売るようにしたことを報せるためにも、私の存在をドルク地方やレンドルク村の住民に教えようという話になった。
「レーヌさん、村長や村の者達を我が館に集めようと思うのですが、例の精霊ジャガイモの一部を使用した料理を振る舞うというのはどうでしょうか? それで来年から精霊ジャガイモを育てることを民たちにも納得してもらうのです」
アルルオーネ様が精霊ジャガイモ料理を振る舞うことを提案してくる。
「はい! それは良い案だと思います……それと、どうせ村人の皆さんを集めるなら、私、精霊ジャガイモの他にも、お教えしたい事があります!」
「教えたいこと……ですか?」
「はい! 私、貴族学院の寮からの荷物に、ちゃんと私の作った魔道具がいくつか入っていたんです。その中に乾燥の魔道具があったのです」
「乾燥の魔道具ですか?」
「はい。薬草類を乾燥させる時に使うんです。この間アルルオーネ様に取って頂いた火炎花を使うのですが……」
「それで、その乾燥の魔道具で村人達に何を教えようと?」
「はい! ずばり野菜の乾燥です!!」
私は自信満々に言い放った。
「野菜の乾燥ですか?」
「はい。村人のみなさんも天日干しくらいはしていると思うのですが、乾燥の魔道具を使った乾燥はレベルが違います。水で戻さないと食べられないくらいに乾燥できるんですよ。きっと冬の為の保存食として活用できるはずです!」
「なるほど……それを教えるということは魔道具をお貸しになるのですか?」
「はい。館の外を少し使わせて頂ければ構いません。小さい魔道具なので、一度にあまり多くは乾燥できませんが、アルルオーネ様に投資していただければ改良するつもりです!」
「ふむ……いいでしょう。それで民達からは一回いくら取るのですか?」
「え? 無料じゃ駄目ですか?」
アルルオーネ様は横に首を一、二度振ると「レーヌさんは儲けるということを少しは考えてください」と呆れたように言った。
「で、でもアルルオーネ様は民達にお金を貸しているというではないですか、乾燥野菜があれば、借金をしなくて済む人もいるかもしれませんし……」
「……分かりました。では今冬は特別に無料で貸すことにしましょう。それ以降は1回の乾燥辺り、使う火炎花の現物と銅貨1枚を民達に支払わせましょう。それでいいですね?」
「分かりました。アルルオーネ様がよろしいのならば……」
私がそう言うとアルルオーネ様はこくりと頷いた。
そうして、私達は民達を招待する手紙をこしらえると、私はセリザナさんと共に手紙を配って回ることにした。セリザナさんが村医者に懇意にしているお店、教会、そして村人数件、私は村長さんと宿屋二件と鍛冶屋さんを回ることになった。
私は後輩たちが確保してくれていた荷物の中から手頃なドレスを選んで着ると、村長さんの家に向かうことにした。
「それでは行ってまいります」
「行ってらっしゃい」
アルルオーネ様がお見送りに出てくださり、私はやるぞ! という気分でまずは村長さんのお家に向かうことにした。
村長さんの家は村の外れにある領主の館とは違い、村の中央付近にある。
以前子ども達に教えてもらっていたので場所はきっちりと分かっていた。
十分ほどで村長さんのお家にたどり着くと、私は声を上げた。
「ごめんくださーい」
声を上げてしばらくすると、青年が出てきた。
年齢は20代半ばといったところだろうか?
茶色の短髪を持つ、快活そうな青年だ。
「はい。ウチになにかごようでしょうか? えっとお貴族様ですよね?」
青年は私のドレス姿を見て、つま先から頭までをじろりと見た。
「はい。この度領主様の館で客員貴族としてお世話になることになりました、レーヌ・フォンテーヌと言います」
私は軽くお辞儀する。
「これはご丁寧に……俺はここレンドルク村の村長の息子でフィンって言います。親父を呼びましょうか?」
「いえ……そこまでして頂かなくても……この度、私がレンドルク村にお世話になることと、いくらかのお知らせをする為に、村のみなさんをご招待することになったんです。これは村長さんへの夜のお食事回の招待状です。それとこちらは同日の昼に開催する野菜の加工法についての研修のお知らせになります。是非村の農民の皆さんにご周知頂きたいのです」
私が手紙と研修について書かれた一枚の紙を手渡すと、フィンさんは「確かに、受け取りました」と言ってくれた。
「では、用件はすみましたので失礼させて頂きます」
私は再度軽くお辞儀すると、村長さんの家をあとにした。
そうして宿屋を2件周り、最後に館から村の一番反対側にある鍛冶屋さんを訪れた。
中からはまだ早い時間だからかカンカンという鉄槌を振るっているような音が響いていた。
「ごめんください」
鍛冶屋の中に入り、中にいた人に声を掛ける。
すると火の入った大きなかまどの前で男の人が鍋のようなものを作る作業をしていた。
「すまんね、いま手が離せないんだ。用事なら奥にいる娘に聞いてくれ」
鉄槌の音を響かせながら鍛冶師の男がそう言って、「おーいユーリ!」と大きな声で呼んだ。
「はーい。なにさ父さん」
店の奥から出てきたのは革製の前掛けをした元気そうな赤髪の女の子だった。
年齢は私と同じ17歳くらいだろうか?
「お客様だ」
「あーはい。いらっしゃいませ!」
ユーリと言われた女の子は恭しく笑う。
「すみません、お客ではないのですが……領主の館から参りました、レーヌ・フォンテーヌと申します」
「お貴族様がこんなところに何の御用ですか?」
「はい。この度、私がレンドルク村にお世話になることと、いくらかのお知らせをする為に、村の皆さんをお食事にご招待することになりまして……これは招待状です」
「あ、ありがとうございます! お父さん、お食事会のご招待だって!」
「それからお食事会の日に農民の皆さん向けの野菜の加工法の研修会も昼に行う予定となっております。後ほど村長様から回覧が来るかもしれませんが、一応お伝えしておきます」
「へぇ……うちは野菜は育ててないので、そちらは参加しないかもしれませんが、友達に教えておきますね!」
「はい。是非に。それでは用件のみですがこれで失礼致します」
「あ、あの!」
私は帰ろうとしたところを呼び止められてしまう。
なんだろうか? 私、なにか粗相でもしてしまっただろうか。
「レーヌ様は私と同じくらいですよね? おいくつですか? 私は今年で17になります!」
「はい。私も今年で17になります。同い年ですね!」
「あーやっぱり! 同じ年のお貴族様なんてなんだか新鮮です! 是非、またなにか用事があったらウチへ来てくださいね! 鍛冶のことならなんでもお受けしますから!」
なんだ同じ年頃の貴族が珍しかったのだろうか。
私はほっと胸を撫で下ろし、「はい。その時は是非頼りにさせて頂きます」と返事をし鍛冶屋を出ようとした……のだが。
私ははっと思いついて、鍛冶屋に戻った。そして鍛冶屋の娘、赤髪のユーリさんに声をかける。
「あのユーリさん」
「はい? なんでしょう」
「その、密封型の両扉開きの箱のようなものをこれくらいの大きさで作りたいのですが、いくらかかるかお聞きしても良いでしょうか?」
私は腕をいっぱいに広げて大きさを伝える。
「えーっと。お父さん?」
「ん?」
なにやらユーリさんはお父さんに相談しているようだ。
そうしてぼそぼそと会話をして、結果が出たようで、ユーリさんが私に言う。
「作ってみないと分かりませんが、銀貨5枚ほどで出来るかと思います」
「なんと……そんなにお安く!」
私はアルルオーネ様に相談してからの方が良いかとも一瞬思ったが、しかし投資してくださる旨は聞き及んでいた。私は思い切って発注することにしようかとも思った。しかし……セリザナさんの浄化の魔道具を設置した時の言葉を思い出した。ドルクの財政は芳しくないのだ。
「ぐっ……すみません。相談の上、後日また作っていただく場合にはお願いに参ります」
「はい! 待ってます!」
元気に返事をしたユーリさんに見送られ、私は鍛冶屋を出た。