5 野草採集とポーション作り
翌日。交易の手配の為にドルク西へと向かうレビルお養父様を見送った後、私は洗い終わったジャガイモのいくつかを、日の当たるところに干した。
芽が出たら室内栽培を試みるつもりだ。
今のうちに少しでも増やしておければ、来年以降の栽培が円滑に進められるだろう。
「本当は肥料が欲しいところですが、ドルクの土は肥沃であると信じましょう」
まだ芽も出ていないうちから土の心配をするのは話が早いと思ったが、恐らく上手く行くと私は思っていた。
私が外で作業しているのを見て、アルルオーネ様が声をかけてきた。
「レーヌさんはこういった作業に慣れておいでなのですか?」
「いえ、そんなことは……ただ知識として知っていることだけです」
「ほう……魔法学や魔道工学以外も勉強なさっていたのですね」
「はい!」
貴族学院が休みの日は図書館に籠もって様々な書物を読み耽るか、聖道教会に通って日曜学校で小さな子供たちへの講義のサポートをしたりしていた。おかげで聖道教会では聖遺物であるスピリュエールを貸してもらうことができたりするなど良いこともあったのだが、こうして王都から追放されてしまった今となっては、それも叶わない。アルルオーネ様は私がスピリュエールを得られるように手配するということだったが、もしかしたら教会を経由してのことなのかもしれないと漠然と考える私だった。
「それで……今日はこれから東の草原に野草採集に行こうかと思うのですが、アルルオーネ様、もしよろしければお付き合い頂いてもよろしいでしょうか?」
また私が一人で行って心配させるのは忍びなかったのでそうアルルオーネ様に声を掛けると、アルルオーネ様は「分かりました。お付き合いしましょう」と微笑んでくれた。
そうして、私達は東の草原に向かった。
「これは火炎花……あ! あっちには精霊ガマがあります!」
私は次々に王都にあった薬草図鑑で覚えている野草を採集して、持ってきた籠に放り込む。
火炎花は火の精霊の力が宿り、薬草の乾燥などに使われる錬金触媒だ。
精霊ガマはその花粉が火傷や切り傷などに効く。
「待ってくださいレーヌさん! まだ火炎花を採り終えていません」
私が見つけた野草を一緒に取ってくれていたお優しいアルルオーネ様が、待ったをかける。急ぎすぎただろうか?
「申し訳ありません。私としたことがつい夢中になってしまって……」
「いえ、謝ることはありませんよ。それにしてもずいぶん採りましたね……」
「はい、そうですね。煎じて典型的なポーションを作るのに使われる雑草がたくさん生えていて助かりました」
「それは良いのですが、このような雑草から本当にポーションが作れるのですか?」
アルルオーネ様は採取した雑草の一つを摘みながら言う。
「はい。余り知られてはいないのですが……あぁ、アルルオーネ様、これは秘密ですよ?」
私は精霊国の帝城図書館の禁書庫で読んだことのある、錬金秘奥書の内容を軽く教えた。
「なるほど……精霊の力を最大限に増幅して……ふむ……素晴らしいですね!」
アルルオーネ様は知らない錬金手法に大変感銘を受けたようだった。
「さぁ、これだけあれば十分です」
私達はアルルオーネ様の馬のおしりの辺りの左右に籠を1つずつ取り付けると、アルルオーネ様に馬に乗せてもらった。二人乗りで村へと帰っていく。
辺りは日が暮れて暗くなり始めていた。
「こうして日が暮れるまで野草採集をしたのなどいつぶりでしょう? 今日はなかなかに楽しい経験をさせて頂きました」
アルルオーネ様がそう言って笑う。
昔に野草採集したことあるんですね。誰とだろう?
私がそんな疑問を覚えながらも、手伝って貰ったお礼を述べることにした。
「一緒に来てもらうだけでも良かったのですが、お手伝いして頂けるとは思っていませんでした。今日は本当にありがとうございましたアルルオーネ様!」
「いえ、きっとレーヌさんはこれらの野草で作った薬を、ドルクの民達に安価で分け与えるつもりなのでしょう? であれば、私も手伝うに越したことはありませんよ」
アルルオーネ様は私のやりたいことを見透かしているかのように言った。
あれ? ばれてた? 私そこまで話してないよね?
「あれ、私、民に分けるって言っていましたっけ?」
「精霊ジャガイモを取る時にもレンドルク村の農業改革をすると、民たちの生活を気にしていたではないですか、そこから推測しただけですよ。レーヌさんは大変お優しい方のようだ。素晴らしいことです」
アルルオーネ様は私を褒め称える。
私はちょっとだけ気恥ずかしくなって、アルルオーネ様の背によりしっかりと抱きついた。
∬
次の日。私は後輩たちが守ってくれていた荷物の中から錬金道具を取り出すと、館のキッチンを借りて錬金を始めた。多少臭いはするが、アルルオーネ様が「構いません、頑張ってください」と言ってくださったので、私はポーション作りに励んでいた。助手にはセリザナさんが付いてくれている。とはいえ、自分の領域であるキッチンを他の誰かに自由に使わせたくなかったからなのだろう。セリザナさんは館で一番大きな鍋が、錬金失敗で使い物にならなくなることを案じているようだった。
「錬金術はほぼスピリュエールを使わなくていいので、気楽でいいですねー。セリザナさんも良ければお教えしましょうか? 錬金術」
「いえ、私は別に……それよりももう大分長い時間煮込んでいるように思いますが、本当にこれでよろしいのですか?」
「はい。もうそろそろですね……あ、ほら色が変わって緑から青になってきたでしょう? 最後の仕上げにアルルオーネ様をお呼びしましょう」
私が指摘すると、セリザナさんは「急ぎお呼びしてまいります」とアルルオーネ様を呼びに行った。しばらくしてアルルオーネ様が来ると、私はポーション作り最後の仕上げの魔法を教えた。
「精霊よ大地と光の恵みを増幅させ、我らに癒やしの力を与え給え! ポーションエンハンスメント!」
アルルオーネ様がスピリュエールで魔法を使い、ポーションに魔力を注いでいく。
そうして5分ほどすると、鍋の液体は透き通る青となり、ポーションが完成した。
「これは……鑑定してもよろしいですかレーヌさん」
「はい。どうぞ」
私が応じると、アルルオーネ様はスピリュエールをポーションの鍋に当て、鑑定を詠唱し始めた。
「大いなる知神ミネルカネよ、その知識を我に貸し与え給え! アプレイザル」
詠唱が終わり、驚きの表情を浮かべるアルルオーネ様。
「これは……やはりポーションではない。これはハイポーションですよレーヌさん!」
「はい。そうですが……私が知ってる雑草から作れるポーションと言えば、このハイポーションなんですけど、なにか問題ありますか?」
「問題があるどころではない。あのような雑草からハイポーションが作れるなど……確かにかなり魔力は消費しましたが、それを鑑みてもあり得ない……!」
アルルオーネ様は酷く驚いているようだった。
私、なにか不味いことをしてしまったのだろうか?
私はなんだか少し慌てる気持ちになって、売り方について話し始める。
「あとは小さな水筒に、ちょっとずつ小分けにして売りましょう。このポーションは結構な薬効があるので、ほんの少し飲むだけでも傷や病気にかなり効くんですよ?」
私がそう言うと、アルルオーネ様は「本当にこれを民達に売るおつもりですか?」と聞いてきた。やはりなにか不味いことがあるのだろうか?
「はい。これくらいの水筒一つ分を銅貨3枚ほどで売ろうと思っていますが……なにか不味いですか?」
私は自分用に持っていた革製の小さな小さな水袋をアルルオーネ様に提示した。
中には既に以前、聖道教会の台所で作ったハイポーションが入れてある。
「これをたった銅貨3枚で……?」
「はい。革袋が大体銅貨2枚ほどで作れるので、1枚分儲かることになるかと思いますが……なにか不味いでしょうか?」
「いえ……レーヌさんがそれで良いとおっしゃるならば私は何も……ですが、買い占めなどが起きないように重々注意した方がいいです」
「はい? 買い占めですか?」
私は不思議で聞く。
「はい。レーヌさん、ハイポーションが普通いくらで流通しているかご存知ないのですか……?」
「いえ……売ったことは一度もないので……日曜学校に来ていた子供たちが怪我をした時とかに使うために作ったものですので……」
私は自身の顎に右手を当てて考えるが、いまいち値段は分からなかった。銅貨3枚では安すぎただろうか?
「レーヌさん、心して聞いて下さい。ハイポーションは普通これくらいの瓶一本分の値段ですが銀貨5枚ほどの価値があります。その小さな皮袋はそれより1/5ほどの大きさですが、それでも銀貨1枚は下らないはずだ」
アルルオーネ様はキッチンに置いてあった瓶と比較して値段を教えてくれた。
「えぇ!? そんなにお高い代物だったのですね……! すみません! 雑貨屋でもハイポーションは余り見かけないと思っていたのですが、私の行くお店が庶民向け過ぎて扱っていなかっただけなのかもしれません!」
「それはそうでしょう。貴族向けの高級店くらいにしか流通していないはずだ」
「なるほど……! 勉強になりました……ですが、さすがに銀貨1枚では高すぎますよね?」
銀貨1枚とは銅貨100枚に相当する。
売ろうと思っていた値段の33倍超なんてさすがに庶民には手が出せないだろう。
ちなみに銀貨は10枚で金貨1枚。金貨は100枚で大金貨1枚となる。更に上に白金貨などがあるが、私は実際に扱っているところを見たことはない。レビルお養父様に貴族学院に行く際に大金貨を1枚頂いたのが、実際に扱った一番大きなお金だ。前世の公爵令嬢時代は物の値段など考えたこともなかったし、精霊帝時代は、何がいくらかなんてことは経済管理官の役人任せで特定の商品の値段が議案に上がらない限り、余り考えたことがなかった。それに私が二度目の貴族学院時代に通っていたお店も庶民向けのものばかりだ。
唯一、洋服だけはお養父様に言われたお店で仕立てて貰っていたので、凄く高い買い物だなといつも辟易していたくらいなのだ。
私が頭の中でぐるぐるとお金のことについて考えていると、アルルオーネ様が提案してきた。
「これは提案なのですが、店には卸さず、直接我が館を訪れてきた困っている者にのみ銅貨3枚で売ることに致しませんか? それならば管理が効く」
「はい! アルルオーネ様がそれでよろしいのならば、それで!」
私は混乱しながらもアルルオーネ様の提案に乗ることにした。
アルルオーネ様はしきりに「私はレーヌさんを見誤っていました。こんなに素晴らしい技術をお持ちのお方を王太子殿下は追放なさったのか……レーヌさん、貴方はドルクの聖女と言っても良いほどのお方だ!」と私を褒め称えていた。