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仮面  作者: ルキ
6/6

6.変わるもの、変わらないもの

 春は、変化の季節だ。

 高校三年生になった俺たちは、新しいクラス、新しい環境に適応する日々を送っていた。


 ユウも、何事もなかったかのように新しいクラスへ溶け込んでいった。

 彼は相変わらず完璧な生徒で、優秀な成績を維持し、運動もそこそこでき、先生からの信頼も厚かった。

 クラスメイトたちは最初こそ彼の正体に驚いたものの、すぐに彼を「普通のクラスメイト」として受け入れた。


 ──そう、去年と同じように。


 俺のいたクラスでは、彼とクラスメイトの間に微妙な距離感が生まれたが、それはもう過去の話になっていた。

 ユウは、どこへ行っても馴染める。完璧に「人間らしく振る舞う」ことができるのだから。


 そして、たぶんこのまま卒業していくのだろう。

 進学するのか、別の道を選ぶのかは分からないが、彼ならどこへ行っても問題なくやっていけるはずだ。

 彼は、そういう存在だった。


 俺も、新しいクラスではこれまでと変わらず過ごしていた。

 適度な距離感で人と接し、誰とも深く関わりすぎることなく、誰からも浮くことなく。

 去年と同じように──いや、ほんの少しだけ違うかもしれない。



 昼休み、窓際の席で外を眺めながら、なんとなく物思いにふけっていた。


 ──「直樹、人間の感情って、結局なんなんだろうね?」


 ユウがそう尋ねてきたのは、まだ去年のことだった。

 彼は、感情が何なのかを知りたがっていた。

 だが、それを説明することは、俺にもできなかった。


 「感情は……そういうものだろ」


 あのときは、それ以上考えずに流してしまった。

 けれど、今になって思う。


 ──俺たちは、本当に感情を理解しているのだろうか?


 ユウは「感情が分からない」と言っていた。

 それは、単に「持っていないから分からない」という意味だったのだろう。

 だが、俺たち人間だって、自分の感情を正確に説明できるわけではない。


 怒りや悲しみ、喜びや不安。

 それらの感情が生まれる理由を、完全に言葉にできるかと聞かれたら、自信を持って「できる」とは言えない。


 俺たちは感情を持っているはずなのに、それを明確に説明することはできない。

 ならば、人間は「感情を理解している」と言えるのだろうか?


 結局のところ、人間は自分の感情ですら説明しきれない。

 他人の感情だって、表に出たものを見て「こう思っているのではないか」と推測するしかない。

 ユウが「感情があるように振る舞うことで人間らしく見えた」ように、

 俺たちもまた、「他人の感情を推測しながら振る舞っている」に過ぎないのではないか。


 ……ユウと、人間の違いって、何なのだろうな。



 ユウは変わらない。

 どこに行っても、完璧なクラスメイトであり続ける。

 去年、彼とクラスメイトの間にできた微妙な距離感も、時間が経てば過去のものになった。

 そして、また新しい環境で、同じことを繰り返すのだろう。


 俺はどうだろうか。


 俺は、これまでと変わらず感情を抑えて生きている。

 でも、それが「短所」だとは思わなくなった。


 人間は、結局のところ、表に出たものしか受け取れない。

 だからこそ、「どう振る舞うか」が大切になる。


 感情を出すかどうかではなく、どう伝えるか。

 それを決めるのは、自分自身なのだ。


 俺は、去年までの俺と変わらないように見えるだろう。

 けれど、俺の中で何かが変わっていたことを、俺だけは知っていた。


 ──だから、たぶんこれでいい。



 俺は何気なく教科書を開きながら、隣の席のやつの手元を見た。


 「シャーペン、新しくした?」


 不意に口をついた言葉に、隣のやつがペンを回してみせた。


 「ああ、こないだ壊れたからな」


 「へえ、使いやすい?」


 「まあ、悪くないかな」


 軽く答えながら、隣のやつはペンを指で弾いた。


 いつの間にか、チャイムが鳴っていた。

 窓の外を見ると、風に揺れるカーテンの向こうで、雲がゆっくりと流れていく。


 隣のやつが教科書を開く気配がして、俺もページをめくった。


(了)

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