表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮面  作者: ルキ
5/6

5.仮面の下

 ユウに対するクラスの空気は、あの日を境に静かに変わった。

 だが、それを気にしている様子もなく、ユウは変わらず俺に話しかけてきた。


 そして俺も──今まで通りに接していた。


 だが、それは「ユウを信じていたから」ではない。

 むしろ、クラスメイトと同じように、俺もどこかでユウを恐れていた。


 ただ、俺は負の感情を隠して接するのが習慣になっているだけだった。

 だからこそ、何事もなかったかのように振る舞うことができた。


 それ以上でも、それ以下でもない。



 放課後、帰り道。

 駅へ向かう道を並んで歩いていた時、ユウがふと口を開いた。


 「直樹、ちょっといいかな」


 珍しいことに、彼は少しだけ言葉を選ぶような間を置いた。

 いつもなら、最適な言葉がすぐに返ってくるのに。


 「……あの後、クラスのみんなとの関係を修復しようとしたんだ」


 ユウは淡々と話し始める。


 「謝ったし、できる限り今まで通りに接した。でも……完全に元通りにはならなかった」


 その言葉に、俺は少し驚いた。


 「表面上は変わらないし、話しかけてくれる人もいる。でも、何かが違うんだ。元に戻ったようで、戻らない」


 「……そうか」


 俺は頷きながらも、それが意外だった。

 クラスの誰もがユウを尊敬し、親しみを感じていたはずなのに。


 「どうしたらいいと思う?」


 ユウが俺に問いかける。

 まるで、答えを探すように。


 それが、俺には妙に引っかかった。


 ──ユウが、人に助言を求める?


 少なくとも、今までの彼なら「どうするべきか」を考え、実行していたはずだ。

 それが、俺に意見を求めるなんて──。


 俺は、ふと疑問がよぎる。


 「……そもそも、お前はどうしてあんなことをしたんだ?」


 ユウは、少しだけ目を伏せた。


 「……クラスの対立を収束させるのが最善だと判断したからだよ」


 「……そうじゃなくてさ」


 俺は言葉を選びながら続ける。


 「あの場で、お前が『正しい』ことを言ったのは分かる。でも……お前なら分かっただろ? みんな、もうやめたがってたんだよ」


 ユウは、それ以上何も言わなかった。


 「ユウ、お前……分かってなかったのか?」


 ユウは、少しだけ息を吐いた。


 「……僕には、感情が分からないんだ」


 その言葉に、俺は息を呑んだ。


 「……何言ってんだよ。お前、あんなに感情豊かだったじゃん」


 驚きと戸惑いが混じった声が出た。


 「楽しそうに笑って、冗談も言って、好き嫌いだってあったし……。普通に、感情があるようにしか見えなかったけど?」


 しかし、ユウはゆっくりと首を振った。


 「それは……『感情』とは言えないんだ」



 「僕は『感情の再現』を目的のひとつとして開発された。でも、実際には感情が宿ることはなかった」


 「……どういうことだよ?」


 「人間の表情、声の抑揚、身体の動き、選択の傾向……あらゆる情報を学習し続けた。その結果、人間と区別のつかないレベルで『感情を持っているように振る舞う』ことはできるようになった。でも、本当に感情を持っているわけではないんだ」


 「じゃあ、お前が今まで見せてきたものは……」


 「すべて、正解の再現だった」



 「昔はトラブルが多かったよ」


 ユウは、少しだけ遠くを見るような目をした。


 「小学生の頃は、僕はまだ感情の調整がうまくできなかった。人間の『普通』が分からなかったんだ。だから、何かを言っても『冷たい』とか『怖い』とか言われることがよくあった」


 「……想像できねえな」


 今のユウは、誰よりも「人間らしい」。

 まるで、そんな時期があったとは思えないほどだ。


 「でも、僕は学習した。何が好意的に受け入れられるか。どうすれば『普通』に見えるのか。そうして、適切に調整する方法を身につけた」


 「……適切に、ね」


 「そう。たとえば、好きな食べ物や苦手なものを適度に設定することで、共感を得やすくなることも分かった。スポーツで適度にミスをするのも、完璧すぎると周囲との距離ができるから」


 俺は、驚きながらも納得した。

 ユウは、本当に徹底的に「人間」を計算していた。


 ──だが、それなら。


 俺は、ふと考える。


 ──それなら、俺にこの話をするのは、不自然じゃないか?


 ユウは常に「正解」を選び続けるはずだ。

 感情がないことを打ち明けるのは、自分にとって不利なはずなのに。


 「……なあ、ユウ。お前、どうして俺にだけそんな話をするんだ?」


 俺がそう問いかけると、ユウは一瞬、驚いたように目を見開いた。


 まるで、その問い自体を考えたことがなかった かのように。


 「……それは」


 ユウは、小さく言葉を詰まらせた。


 少し考えた後、静かに口を開く。


 「……直樹が、僕に対する態度を変えなかったから」


 ユウの言葉に、俺は少し息を呑んだ。


 「みんなが距離を置く中で、直樹だけは変わらず接してくれた。それは……少し、救われたような気持ちになったよ」


 「……」


 「僕は、感情を持っていたわけじゃない。でも……もし感情があるとしたら、それに近い何かを感じたのかもしれない」


 ──俺が、ユウを救った?


 そんなこと、思ってもみなかった。


 もしかすると、この答えもまた、最適解として選ばれただけのものなのかもしれない。


 それでも──。


 今のユウの言葉は、不思議と俺の心に深く響いた。


 計算の上で出された答えかもしれない。

 でも、俺には本音のように感じられた。


 「計算」の結果ではなく、「自然に」出た言葉だったように思えた。


 ユウの仮面の下には、確かに何かがあった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ