3.理想的な存在
気づけば、俺はユウと一緒にいることが増えていた。
特に意識したわけではない。
でも、いつの間にか、昼休みや放課後に彼と会話することが自然になっていた。
クラスの連中は、「まあ、藤倉も普通にユウと仲良くなるよな」くらいの感覚で、それを特に気にしていないようだった。
実際、ユウは誰とでも分け隔てなく接するし、俺も彼といることに不都合を感じたことはない。
──むしろ、楽だった。
俺は今まで、人と話すときにどこか緊張していたのかもしれない。
どう振る舞うべきか、相手の反応を考えすぎてしまうことが多かった。
でも、ユウはそういう気遣いを必要としなかった。
彼は「こういう話をすれば楽しいだろう」「こういう反応をすれば気まずくならないだろう」という、最適な会話のパターンを無意識に実行していた。
だから、俺は余計なことを考えずに済んだ。
*
ある日の昼休み、ユウと二人で弁当を食べていると、見知らぬ上級生が教室に入ってきた。
「あれ? ユウ、いたいた!」
「あ、こんにちは。どうしました?」
「昨日の生徒会の資料、すごく整理されてて助かった! 先生も、こんなに見やすくなったの初めてって感激してたよ」
「それはよかったです。あまり時間がなかったので、ざっと整理しただけですけど」
「いやいや、それでも十分だって! それでさ、良かったら今度の生徒総会の議事録もまとめてもらえないかな?」
「大丈夫ですよ。どの部分を重点的にまとめればいいですか?」
上級生と普通に会話しながら、ユウは落ち着いて仕事を引き受けていた。
「ありがとう! ユウがいるとほんと助かるよ!」
そう言って去っていった上級生を見送りながら、俺は弁当の箸を止める。
「……なんか、お前、普通に学校の運営に関わってるよな」
「うん?」
「もう先生とか、生徒会とか、いろんなとこから頼られてないか?」
ユウは少し考え込む素振りを見せた。
「そうなのかな? でも、頼まれたら断る理由もないし」
「いや、普通はそんな簡単に引き受けねえよ」
「そっか。でも、やることが決まってるなら、やるだけだし」
ユウはさらりとそう言った。
彼にとっては「できることをやる」というのが、単なる習慣なのかもしれない。
──だからこそ、彼は自然と周囲から評価されていくのだろう。
*
放課後、職員室の前を通りかかると、廊下の向こうでユウが先生と話しているのが見えた。
「君のような生徒がいてくれると、本当に助かるよ」
「ありがとうございます。でも、僕はただできることをしているだけです」
先生がユウの肩を軽く叩き、満足げに頷いている。
それを見ながら、俺はふと考えた。
──ユウは、「理想の生徒」なのかもしれない。
成績優秀で、運動もそこそこできて、誰とでも上手くやれる。
生徒会からも頼りにされ、先生からの評価も高い。
「こういう生徒ばかりだったら、学校はうまく回るのかもしれない」
そんなことをぼんやりと思ったが、すぐに頭を振る。
──俺は俺だし、ユウはユウだ。
それ以上考える必要はない。
*
その日の帰り道、俺とユウは一緒に駅まで歩いていた。
「お前さ、将来どうするんだ?」
ふと、そんなことを聞いてみた。
「将来?」
「ほら、進学とか、就職とか……お前って、一応そういう選択肢あるのか?」
ユウは少し考えたあと、落ち着いた声で答えた。
「現時点では、進学するのが最も適切な選択肢だと考えているよ」
「……進学、か」
それだけなら、俺とそう変わらない。
でも、ユウはそれで終わらなかった。
「学問的な探求を続けることは、社会において有益な選択肢のひとつだ。特に情報工学や認知科学の分野は、僕にとっても興味深い領域だからね」
「情報工学と……認知科学?」
俺がその単語を聞き返すと、ユウは続けた。
「うん。情報工学は、人工知能の発展にも不可欠な分野だし、認知科学は人間の思考プロセスを分析する上で重要だから。加えて、社会との関わりを考慮するなら、人間工学や哲学的視点も持っておいたほうがいいと思ってる」
「……」
ユウの言葉を聞いて、俺は思わず黙った。
俺自身、進学はするつもりだ。
でも、どの大学がいいのかとか、何を学びたいのかとか、そんなことはまったく決めていない。
「……なんか、すげぇな」
「そう?」
ユウは軽く笑う。
俺は、自分が何をしたいのかすらよく分かっていないのに、彼はもう進むべき道を見据えている。
──俺とユウは、やっぱり違うんだな。
そんなことを、ふと思った。
だけど、それを気にする必要はないはずだった。