1.転校生は人工知能
世界は少しずつ変わっていくものだ。
昨日まで当たり前だったものが、今日はもう時代遅れになっている。そんな日々の変化に、俺は特別な感慨を抱くこともなく、ただ流されるままに生きてきた。
俺の名前は藤倉 直樹。高校二年生。特別目立つわけでもなければ、孤立しているわけでもない。ただ、どこか一歩引いているような人間だ。人付き合いは悪くないし、誰かに嫌われることもほとんどない。でも、特別親しい友人がいるわけでもない。
深く踏み込まず、適切な距離を保つこと。それが、俺が無意識のうちに身につけた生存戦略だった。
──感情を隠すこと。
それは、自分を守るために身につけた習慣だった。怒りや不満をあえて表に出さず、笑顔を作り、必要な場面では共感を示す。そうすれば、大抵の人間関係は円滑に回る。人は思っていることではなく、見せたものを受け取るものだから。
でも、それが正しいのかどうかは、分からなかった。
クラスの連中は、何かあるたびに感情を表に出していた。面白ければ大笑いし、怒れば声を荒らげ、悲しければ落ち込む。そうやって、互いに感情をぶつけ合うことで、関係を深めていく。
……俺には、それができない。楽しくても「楽しい」と口に出すことは少ないし、悲しくても「大丈夫」と言ってしまう。怒るべきときに怒れず、嬉しいときも静かに微笑むだけ。
それが原因で、誰かと衝突することはない。でも、それが本当に良いことなのか、俺には分からなかった。
感情を素直に出せる人間のほうが、ずっと人間らしいのかもしれない。
俺のように、自分を抑えてばかりの人間は、どこか歪んでいるのかもしれない。
そんなことを、ぼんやりと考えながら、新学期の始業式を迎えた。
──そして、俺の日常は静かに変わり始めた。
始業式の朝、ホームルームが始まると、担任の坂本が静かに告げた。
「えー、今日は転校生を紹介する」
転校生──この学校においては珍しい存在だ。都心にある進学校で、生徒の入れ替わりは滅多にない。誰もが興味を示し、ざわめきが広がる。だが、次の言葉で空気が一変した。
「彼は……人工知能だ」
一瞬、教室全体が凍りついた。
転校生が、人工知能?
「彼は、最新の研究成果の一環として開発された、人間と同じ環境で育てられた個体だ。だから、お前たちも普通に接してやってほしい」
教師の言葉に、クラスメイトたちは戸惑いながらも視線を交わした。冗談だろ? というような顔をする者もいれば、興味津々な者もいる。
そんな中、静かに教壇に立つ転校生──霧島 ユウは、穏やかな微笑を浮かべながら、口を開いた。
「はじめまして。霧島ユウです」
その声は、普通の人間のものと変わらなかった。
いや、それだけじゃない。話し方も、表情も、間の取り方も、どこまでも自然だった。
「僕は、人間とほとんど変わりません。唯一の違いは、脳が人工知能だということ。記憶や計算はちょっと得意かもしれませんが、それ以外はみんなと同じです。だから、普通に仲良くしてくれると嬉しいです」
柔らかい口調。完璧なイントネーション。
表情には違和感がなく、わずかに照れたような微笑みさえ浮かべている。
「……よろしくね」
彼の言葉に、クラスは静かになった。
それから、少しずつ、誰かが拍手をし始める。すぐにそれは広がり、クラス全体が受け入れる空気になっていった。
(……普通に馴染んでる、のか?)
直樹は、どこか不思議な感覚を覚えながら、その様子を眺めていた。