第三十一話 人間
「それで……」レイラが部屋に入るとすぐに、私に対して話しかける。
「私に何をさせたいのですか?」
ああ、レイラは私が欲望のために彼女を買った、と思ってるのか。
「勿論何も。ただ、そばにいてくれるだけでいいから」
勿論特段何をさせようとも思っていない。
もしかしたら将来的に読心の力を借りることがあるかもしれないが、今は別に何もそのような予定などない。
「ふーん。おかしい人だね。私は魔族、あなた達人間の敵なのに」
「でも、気づいているんでしょ?」
私の正体に。
「そうだね。ご主人は、大魔王の魂の器なのでしょ?」
「そうだね」
やはり先ほどは、私が大魔王の器であるという事を言おうとしていたのか。
口を塞いでいて正解だった。
「でも、ご主人様は人間だ。私は人間は信用できない。だから、リスタル様に、大魔王様に体を差し渡して」
「それは嫌だよ。私は今生きてるんだから」
私は大魔王の器じゃなく、今を生きている人間だ。
むしろ、大魔王には色々と狂わされてばかりだ。
あいつがいなければ、私が317年間も、封印されることなんて無かったのだ。
「ふーん。大魔王様の悪口を言うのは許せることではないけど、ま、今はおとなしくしてあげるわ。だって、私はこれのせいであなたに逆らえないのだから」
そう自身の首につけられている首枷を触りながら吐き捨てるように言うレイラ。
正直第一印象と真逆の性格だ。
私は、もっとオルフィの様な大人しめの性格を想像してたのだから。
そんなことを考えていると、少しだけ怒ったような顔を見せてきた。
なんかごめん。
「とりあえず。私はご飯を買いに行ってくるから、それまでゆっくりしておいてね。どうせ今までしんどい思いをしてきたんだろうし。部屋から出ていかなければ、何をしてもいいから。でも、一応部屋から出たら電流が走るようになってるからね」
「はいはい」
そして私は部屋から出た。
「ふう」
本当は、電流を流すよなんて脅しをかけたくはないんだけど。
そこはおいおい仲良くなるしかないみたいね。
しかし、なかなか大変な話し合いだった。
彼女は人間を信用などしていない。
それは私も同じだ。大魔王の言う通りとは思わないが、私も過去に人間に裏切られたことがあるし、散々人間の悪いところを見てきている。
ディアスやオルフィとは仲良くやってるが、それでも私が大魔王の器であることを二人に言う勇気などない。
そして、レイラだ。そこまで人を嫌わざるを得ない何かが過去に彼女に降り注いだのだろうか。何しろ、ただの敵というだけの理由で、ここまで怒りを持つかという話なのだ。
私はいつか、レイラを保護し、暖かさを享受させてあげたい。
私には彼女を助けたいという気持ちがあるのだ。
「さて、ディアスの部屋に行こう」
そして、私はご飯を買う前にディアスの部屋へと向かった。
ディアスの部屋のドアをノックすると、ディアスは元気に「どうぞ」と言ってくれた。
私は早速彼の部屋に入る。
「そっちはどんな感じ?」
「二人とも順調だぞ。魔族のミラハはまだおびえているけどな」
「そう……。変なことしてないでしょうね」
もし、変な事をしてたら許せない。
「うるせえな、どんだけ疑うんだよ。そんなこと事は神に誓ってもしてないって言えるぞ」
「そう」
「お茶をお入れしますです」
そう言ってメイド服の少女が私の前のコップにお茶を注ぐ。
「ありがとな、エレナ」
「どういたしましてです」
「もう、懐いているのね」
「この子は、いい子だ。俺もこのことならうまくやっていけそうな気がするよ」
「へえ」
それはロリコン的な意味じゃないよね。
初めて会った日から、ロリコン疑惑は晴れてないんだけど。
「それで、ディアスはその、ミラハちゃんも今後戦闘に連れていくつもりなの?」
「いや、すぐには連れて行かない。今の状態で連れて行ってもいいことなんて無いさ」
「そう、私も同意見。そもそも、私たちが強くなりすぎているから、敵も強いのよね」
「それは言えてるね」
前もコモドとはいえ、ドラゴンと戦ったし。
実戦投入するには、まだまだ早い。
それに、魔族である彼女たちに、同族であるラベルと戦わせるのは酷な事だ。
あくまでも戦闘に参加するかどうかの最終決定権は、彼女たちの意思でないと。
「とりあえず、懐かれないとな」
「ええ」
私はそう頷いた。
仲良くならない事には何もできない。
部屋に戻ると、ちょこんとレイラは座っていた。
「可愛い」
思わず呟く。
思った以上に、座り方が幼女っぽかったのだ。
私はロリコンではない。が、先程啖呵を切ってた割には、可愛らしく待ってたのだから。
「うるさいわよ。こっちも暇だったのだから」
「暇?」
「そりゃ、この部屋から出るなって言われたらね」
そうぐちぐちいうレイラ。
なんだか少しずつ、反抗期の娘みたいになってないかしら。
「まあいいわ。ちょっと待っててね、買ったものを今出すから」
そう言って私は袋の中から食べ物を取り出す。
「ほら食べて」
「え、ええ」
そう言ってレイラは少しずつ食事にむしゃりつく。
「美味しい」
レイラはいつの間にかそう呟いた。そしてそれに気が付いたのか、恥ずかしそうに口を塞いでいる。
「私はレイラの味方だよ」
「人間は信用できない。……毒とか入ってないでしょうね?」
「もう食べてるくせに」
「む」
イライラしている。
「可愛いなあ」
私はそう呟いた。
正直言ってなんで私を奴隷市場に連れて行ったのか。
今でもディオスには怒っている。
でも、それと同様に、私に母性を教えてくれてありがとう。
思えば私はもう、十八に差し掛かっている。そろそろ結婚とかも考えなければいけない年齢だ。
勿論私は結婚するつもりなど毛頭ないが、それでもこれは人並みの幸せをつかめたという事になるだろうなと、思う。
「おかしな人だね」
「え?」
「あなたの脳内、利用してやろうという魂胆が、すこししかみえない。普通、私の能力を知ったら利用しようって考える人が大半のはずなのに。……まあ、私を子ども扱いしているのはムカつくのだけれど」
「じゃあ、私は普通じゃないんだね」
「私はあなたを含めて人間は嫌いだわ、でも私には分からない。なんでご主人は人間にあんな迫害された過去があるのに、人間の味方として戦う気になるの?」
「そりゃ、私は人間で――」
「人間のために戦って、そして背後から封印された。それも人間に。もう一度問うわ。なんで人間のために戦ってるの?」
私はこの二年間、ずっと、ラベルを追いながら魔物を討伐していった。
魔王は流石に倒せていない。強くはなったが、闇の魔力無しで、勝つのは難しい。
多くの村を救った。学院の指示で村にいた魔物を一掃してきた。
そのたびに感謝された。
少なくとも今の世の中では、私が大魔王の魂保持者だと知るものはいない。つまり、疑われる心配もない。
私は、大魔王の力さえ使わなければ、ただの人間として生きることが出来るのだ。
「それがご主人の考えね。毛頭甘いわね」
「なっ」
「一度裏切った種族を信用する? 馬鹿馬鹿しい。人間なんてしょせんくずよ。それに比べたら魔族の方が優しい。何しろ、人間は野蛮で私たち魔族の村を襲い奴隷にしたのだから」
「それってどういう――」
「簡単な話よ。私たちは平和に暮らしていた。でも、人間に見つかって、そこから村は人間の兵士に襲われた。おかしい話でしょ? だって、私たちは何もしていないのだから」
「……」
「確かに、魔族も似たようなことをやってるかもしれない。でも、私たちを襲った理由にはならないんじゃないの? この頑丈な首枷。これで一生首を覆われる。そして、逆らえば待っているのは電流地獄。私の人生しょうもないじゃない」
この子も、苦労しているんだなと、思った。
人間は魔王に虐げられ、魔族は魔王の血から生まれた。となれば、人間の敵なのは当然なのだが、魔族は繁殖機能を有する。つまり、魔王への畏敬を持っている魔族もいればそうじゃない魔族もいる、
つまるところ、レイラはその後者なのだろう。
「勘違いしないで、あくまでも私は魔王様への尊敬の念は持っている。私のひいひいばあちゃんみたいな感じだもの。でも、仕えてはいない。魔王様の役に立つために働いたことなんて無い」
「そう」
「それに、私は――いや、なんでもない」
「そこまで行ったら気になるじゃん。聞かせてよ」
「いやよ。そこまでしてあげる義理なんて私にはない」
「そ」
やっぱりまだ仲良く対話は難しいか。
「それで、私をどうする気? 本当に愛でるだけとは思えない。まさか私に魔王様に叛逆しろなんて言わないよね」
「まさか、そんな酷なことはしないわよ。脳内を読めばわかるでしょ」
私はね。
「ただ、癒しとなってくれたらいいから」
「なんだかムカつく」
そう言ってレイラは向こうにそっぽを向いてしまった。
もっと懐いてくれたらいいのに。




