第8話 侍女
タリアは王都に到着した。
(思っていたよりもずっと広くて大きい……)
馬車の窓から顔を覗かせ、石畳が整然と広がる街並みを見下ろした。
重厚な石造りの建物が立ち並び、家々や店々が賑わいを見せている。
行き交う人々の活気や市場の喧騒が街全体に響き、王都全体が生きているかのような勢いを感じさせた。
古くから続くこの都市の風景は、歴史と威厳をそのまま体現しているかのようだった。
(すごい……こんなに大きな町、初めて見たかも)
まるで、前に行ったイタリアみたいね、とは言葉にせず、胸の奥にしまった。
王都の中心には、さらに荘厳な石造りの城が堂々と建っていた。
高い城壁が周囲を囲み、その存在感が外界からの隔絶を強調している。
馬車が石造りの大きな門をくぐると、城内は外の喧騒から切り離された静寂に包まれた。
(ここが、これから私の職場か……)
タリアは心の中でつぶやきながら、王宮の広い庭に足を踏み入れた。
秋の冷たい風が石造りの建物の間を吹き抜け、庭に美しく植えられた白い菊や橙色の花々が風に揺れている。
荘厳な石壁には、長い年月を経て刻まれた彫刻が施され、そのどれもが時の流れを感じさせる。
(いよいよね……ああ、緊張する)
ついに、王妃との対面の時がやってきた。広々とした謁見の間に足を踏み入れると、重厚な雰囲気が漂い、圧倒されそうになる。
タリアは少し緊張しながらも、心の中で冷静さを保とうと努めた。
二つ並んだ玉座のうち、一つは空で、もう一つに威厳に満ちた王妃が座っており、無表情のままじっとタリアを見つめていた。
(うわぁ……この人、やっぱりただ者じゃないわ……)
心の中でそう感じながらも、エレオノーラ叔母に仕込まれた礼儀作法を思い出し、深く一礼してから進み出た。
「お会いできて光栄です、王妃様」
礼儀正しく冷静に振る舞っていたが、心の奥底では不安が広がっていた。
王妃の冷たい視線が、タリアの全てを見透かしているかのように感じられ、何を考えているのかが全く掴めなかった。
王妃の視線は鋭く、タリアを品定めするかのようだった。
彼女は無表情で、まるで感情を読み取ることができない。
「ずいぶんと小柄なのですね……」
王妃は感情を表さず、冷静にそう告げた。
その言葉に、タリアは自分の小ささが期待を裏切っているのではないかと感じた。
「ですが、これからのそなたの働きに期待しています。しっかり頼む」
形式的な言葉で挨拶が終わり、タリアは深く礼をしてその場を後にした。
(無事に終わって、ほっとしたけど……王妃様って何を考えているのか、全然わからないわね)
王妃の視線を背にしながら、タリアは心の中でそうつぶやいた。
その後、タリアは王妃の筆頭侍女であるロザリナに引き継がれた。
ロザリナは王妃の王宮の侍女の中で最高位にあり、タリアの教育係として、彼女を導く役目を任されていた。
「タリア、これからは私があなたを指導します。まずは見習いとして、しっかり基礎を学ぶように」
「はい、よろしくお願いします」
タリアは礼儀正しく答え、従った。
上級侍女としての業務は多岐にわたる。王妃の身の回りの世話である衣装選び、宝石の管理、帳簿の記録、書類整理、さらには宮廷行事の準備から使者の取次や書簡の代筆、そして必要な時には王妃の護衛まで、要するに王妃に関わるあらゆる業務をこなさなければならない。
ここには一つ抜け道があって、まるきり怠惰な主人の侍女であれば、わりとゆったり過ごせる職でもある。
しかし、この国の王妃は、病の国王を支え、政務を精力的にこなすことで知られており、「ザ・激務王妃」として有名だった。見習いといえども、タリアはあちこち走り回ることになった。
タリアはロザリナについて見習いとして働き、その手伝いを次々とこなしていった。
元々、現代日本でまともな会社に勤務していた経験があり、事務作業に慣れていたため、帳簿の記録や書類管理は難なくこなせたし、エレオノーラ叔母からの厳しい指導のおかげで、貴族的な儀礼のことについても大抵のことには対処できた。
それでも、それを誇示することなく、控えめに振る舞うことを心掛けた。
「タリア、この帳簿の記録は正確に。失敗は許されませんよ」
「もちろんです」
タリアは淡々と返事をし、帳簿を整理していった。
ロザリナはタリアの仕事ぶりを見て、「よくできました」とだけ言い、次の仕事を指示する。
(あんまり評価されてないのかな……)
そんな風に思っていたが、ふとロザリナが言った。
「体は小さいのに、よく働くわね」
その言葉は冷静で感情がこもっていないように聞こえたが、タリアにはその一言に満足感が隠れているのを感じ取った。
(ふふ、まだまだこれからよ……)
タリアは心の中で自分にそう言い聞かせ、黙々と見習いの仕事を続けた。
この調子で頑張っていけば、『見習い』でなくなるのは時間の問題であろう。
タリアが王都に来た目的の一つは、王妃の信頼を得て、悪の跋扈を防ぐこと。そしてもう一つの目的は、自身の予知能力の強化である。
それこそが悪と対峙するために必要なことだから。