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第67話 天の星

国を挙げた婚礼の儀式まであとわずかとなったある夜、タリアは誰かに起こされたような気がして目が覚めた。


(以前にもこんなことがあったわね。あれからずいぶん経ったけど)


タリアは、月明かりが差し込む部屋の中で体を起こした。


美しい月が窓からのぞいている。


「タリア……久しいわね」


窓際に美しい女性が立っていた。


「セレネリア様……夢以外でお会いするのは本当に久しぶりですね」


「あちらの世界にあなたを呼びに行った時以来になるわね」


「あれからだいぶ時が経ちました」


「星空、あなたはタリアとして本当によくやってくれたわ」


「私は、無事に役目を果たすことが出来たのでしょうか」


「もちろんよ。予想以上で期待以上だったわ」


「そうなのですか?」


「ええ。ルチアーノとカラディアを守り導く役目を見事果たしただけでなく、それ以上の働きをしてくれました」


「ありがとうございます。でもそれ以上ってどんなことなのですか?」


「タリア。あなたはあのグンマ―での二度目の戦いで、北の砦を守るために魂を壊し命を失いかけたでしょう。死の運命を逃れ、よく生き延びてくれました」


「あ、あれは、私が何かしたわけでは……私は結界を張って守っただけで、グンマ―伯爵とルチの軍が獣人を打ち倒したと」


「本来であれば、あそこで、命を使い果たしていたのです。そうなっておかしくなかったのです」


「そんな……」


「でもそうはならなかった」


「はい……生き延びました」


「それは、あなたが、その前の年に予知夢に応じてグンマ―軍に手を貸して獣人を打ち破り、伯爵とその軍勢の多くを救っていたことと、ルチアーノがリヴァゲイトの精鋭を連れて参戦できたことが大きな理由なのです。それがなければ、グンマ―ではほとんどの戦士が死に絶えていただろうし、カラディアも太陽神殿での修練を途中にして戦いに参加することとなって、今とは違った運命をたどることになったはずなのです」


「やっぱり重要な戦いだったのですね……」


「前年のグンマ―の戦いで、伯爵家の当主エルンストをはじめとする主だった戦士たちは命を失うか不具となる重傷を受ける運命であったところを、彼らはあなたの祈りで救われ戦力を保てていたのです。それにあなたは、以前にリヴァゲイトでキヴァーローヒュを呪いから救った時に、侯爵に報酬を求めなかったですね。それを強く恩に感じていた侯爵は、あなたの危機に最精鋭の五百騎を即座に出発させたのです。だからルチアーノが間に合ったのです。あなたは自分の命を自分の行いで救ったのです」


たしかに、あの場面は危なかったと思う。

その危うさは、魂が壊れるということがどういうことか体験したタリア自身が一番理解できることであった。


「そして、闇の力の左手を自分の身体ごと、石に封じたこと」


「はい……何とかしなければと思い……」


「あれが無ければ、北へ行った六人は全て亡き者となっていたでしょう。カラディアの修練の具合によっては敗北していたかもしれなかったのです。それほどにきわどい勝負でした」


「そ、そんなに強力な魔力を持っていたのですか」


たしかに、あの時、タリアを追ってきていた闇の魔力は、左手だけなのに強固な六神陣の守りを簡単に突破していた。左手だけであの威力であるならば、その全力を防ぐにはどんな結界であればよいのであろうか。



「敵は予想をはるかに超えた力を持っていました。あの北の地でカラディアは本当によくやってくれました」


「カリナ……」


「カラディアが傷つき、あなたの封印を解けなくなってしまっても、我らはもう地上に肉体を持たない存在。石になったあなたをどうすることも出来なかったのです。ルチアーノがハイランドに来て、あの地であなたの復活の祈りを捧げてくれるまでは」


「……ルチ」


「カラディアが完全な力を持った巫女となれたのも、ルチアーノが涙を流しあなたの復活を願ったのもの、グンマ―が獣人に蹂躙されなかったのも、あなたが選んで行動した結果なのです。もしも、グンマ―であなたが命を落としていたならば、王国の東部は獣人に支配されていたでしょうし、カラディアもルチアーノも亡き者になっていたかもしれないし、ひょっとしたら魔人が復活していたかもしれないのです。西の国々は外国の軍と戦うことになっていただろうし、中央は王が不在の乱世となっていたかもしれない。この王国は、今、あなたがいる国とは全く違った土地になっていたかもしれないのです」


「そ、そんな……」


「あなたは、我ら六神を信じるたくさんの民の命を救い平安に過ごせるようにしてくれたのです。本当に感謝しています」


「そ、そんなもったいないお言葉。セレネリア様……ありがとうございます……」


「それゆえ、六神を代表してやってきたのです。なにか望むことはありませんか」


「えっ……」


「我らは魂だけの存在だからなんでもは無理ですが、出来る限りのことをしましょう」


「え、えっとその前にセレネリア様、私の元の身体、星空はどうなったのでしょうか」


「ふふ、聞かれると思っていたので見てきてありますよ。かの地で彼女は、すでに結婚し、二人の子をもうけています。夫婦仲もよいし、両親も元気です。申し分のない幸せな生活を送っていると言えます」


「ああ、よかった。気になっていたのです。それにしても……子供が二人ですか」


「あなたは何人欲しいのですか?」


「えっ!……あの、望むものってそういうことでもいいんですか?」


「もちろんですとも」


「その、わたし、ちょっと遅い結婚だから……子供が出来なかったらどうしようって思ってて……ルチは気にしなくていいよって言ってくれたけど、今、王家は人手不足だからたくさん産めたらいいなって……」


「月と夜を司りし我は、女性の守護神でもあります。たくさんの健康で聡明な子宝を約束しましょう」


「た、たくさんですか?!」


「もう十分だと思ったら、神殿にその旨を伝えに来るとよいでしょう」


「は、はい!ありがとうございます!」


「ルチアーノにたくさん愛してもらいなさい」


「えっ、あの、その……はい……」


顔を赤くするタリアにセレネリアが言う。

「タリア。あなたはそういうこともソフィアから習ったでしょうに。女性の神である月の神官なのですからいい加減そういう話題で恥ずかしがらないように。あなたももういい年なのですから。信者の女性にそういう相談をされたらどうするのですか」


「あっ、はい、すみません……でもありがとうございます」


「……礼を言うのは我々のほうなのです、愛しきルミナリアの魂を持つものよ。わが愛はカラディアだけでなく、あなたの側にもあることを知っておいてください。あなたの魂の傷はいまだ癒えてないのです。あなたの魂が天に戻ってきたならば、我がそばに置きそれを癒すでしょう。それまでしばしの別れです。残りの日々が良いものであるように我が祝福を授けます。さようならタリアセレステ」


セレネリアは来た時と同じようにいつの間にか見えなくなっていたが、タリアの心には温もりがいつまでも残っていた。




セレネリアが現れた夜から数日の後、六神殿の長が取り仕切る太陽王ルチアーノと聖なるタリアセレステ姫との婚礼の儀は、国中の貴族と民衆が見守る中、しめやかに行われた。


なお、カラディア王女は王族としてではなく、神の魂を受けた当世最高位の巫女として、大神官ソラン大神官ソフィアを引き連れ、二人の結婚を神に伝え、承認を受ける二人の間に立つ重要な役割を自分で与え参加している。


婚礼の儀式は三日間続き、その後七日間が祝日となり合計十日間の祭典となった。

そしてそれは喜びに満ちた素晴らしい婚儀であったと後々まで語り草となった。


王都には、国中から無数の人々が集い、その熱気は石畳を震わせるほどであった。

彼らは各地から集められた美酒と珍味に舌鼓を打ち、煌びやかな金杯が陽光を受けて輝きを放つ。

広場には腕自慢の見世物師たちが織りなす華やかな芸が溢れ、響き渡る笑い声と歓声が、王都の空にまるで祝福の旋律のように響き渡った。


その光景は、まさしく 繁栄と祝福の頂点 を象徴していた


そして、王都で喝采を浴びたそれらは、諸侯たちの目と心に深く刻まれた。

やがて彼らの手によって、「王の婚礼で最も称賛された」 として、食べ物や芸が王国の隅々へと運ばれ、各地で新たな喜びと賑わいを生み出していった。


その輝きは、王都だけに留まることなく、祝福の記憶とともに国中へ広がっていったのだった。


良い知らせは続く。


しばらくすると、「タリア王妃ご懐妊」という知らせが国を巡った。


王国待望の子供である。


賢いルチアーノ王は「子が生まれれば男であっても女であっても、生まれたその日から一年間、税を半分にする」というお触れを出したので、この時も国民は子供が無事に生まれるよう、心からの願いを込めて祈ることとなった。


ルチアーノとタリアの結婚式の後、ソフィア大神官は静かに神殿を退き、王家の相談役として王宮へ迎え入れられた。

彼女が王宮に足を運んだ理由、それはタリアの子を、この世に迎えるためである。


ソフィアの知識と人脈で最高の産婆と薬師が手配され、万全の準備の中で子供は無事に生まれた。


男の子であった。

ルチアーノとタリアは心からその喜びを分かち合い、カラディア、キヴァ、ソフィア、ソランもまた、その誕生を祝福の光で包んだ。


そして何より、地方の諸侯たちは「これで継承戦争の影は消えた」 と胸を撫で下ろし、安堵とともに、王国の未来が揺るぎないものとなったことを実感したのだった。


いま、王国は賢明で公平な王のもと盤石となりつつある。

そこへ誰もが敬愛する人気のある王妃が男の子を産んだのだ。


強固なる王国軍は、さらなる威光をその旗に刻み、揺るぎなき力を誇示した。

海の彼方、西国の海賊団はその隆盛を知れば、もはや手出しすることさえためらうだろう。

東方の獣人たちも、王国軍の苛烈な反撃に心折れ、二度とその境界を脅かすことはないはずだ。


諸侯たちは悟っていた。

善き王のもとに築かれる平和が、いかに尊く、いかに貴いものであるかを。

この十年の戦乱で兵も民も苦しみ領地は荒れ、すべての国民がそう感じていたのだ。


ゆえに、男子誕生の報はまさしく国の希望として迎えられ、彼らは心からの祝福とともに、平和な未来への確信を深く胸に刻んだのだった。


そして貴族たちは、「王子様にご挨拶と贈物を」と称し王都へ向かう。

貴族が騎士を連れ道を行くため、主要な街道からは盗賊が減り安全になるという効果もあったので旅人や商人だけでなく、地元の住民たちからも喜ばれることとなった。


王家待望の男の子は、幸運の願いを込め、フォルトゥーナと名付けられた。

フォルトゥーナ王子の誕生に沸く王国は、まるで新たな時代の幕開けを祝うかのように、穏やかな繁栄と希望に満ちていた。


人々は、真にこの国を照らしていたのは、ただ王冠の権威や、剣の鋭さだけではなかったことをここしばらく続いた乱の間に知ったのだ。

大切なことは、どんな戦乱の中でも絶えず灯り続けた、 人々の心に宿る「愛」 であった。

愛とは家族や身内に対する思いやりだけでなく、見ず知らずの他人に対する思いやりもである。


それを広く知らしめたのがカリナが書いたタリアの物語であった。


タリアとルチ、そしてカリナらが紡いだ「月の女神の星の姫 タリアセレステ その愛の物語」はいまだに続きが書き込まれている。

なんなら追加頁『褒賞の儀式編』や他、『婚礼の儀式編』などが商人から買える。



このタリアセレステという心優しい女性の物語が国民の教育に大きく貢献したことはのちの歴史家が証明してくれるであろう。


……もっとも、タリアはこの本こそが自分の命を救ったということを理解していたので文句を言わなかったが、題名と内容に何か思うところがあったということは、タリアに近いものたちの間では共有されていた。




この国の誰もその真実を知ることはない、遥か遠き地より月神セレネリアによって遣わされた――タリアセレステ。


もともと日本でも星空という名前だったので本人は気にしていなかったが、この国では天の星を意味する、わりと派手なその名は、王国の空に永遠に輝く星となった。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

誤字脱字ばかりで申し訳ありません。

少しずつ直しております。


下のボタンで評価していただければ、次回作の励みにいたします。

よろしくお願いします。


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