第66話 カリナ
国民の皆が敬愛するルチアーノ王が、国民の皆が敬愛する聖なるタリアと結婚することが決まった。
来年、王都に国中の貴族が集まり盛大に祝うという。
その王の結婚式に参列するため国中の貴族が準備を始めた。
その場には皆が集まる。
貴族も民衆も大いに集まる。
通常の結婚社交があるだけではなく、すべての国民皆が注目しているのだ。
王都に集まる貴族の中に、念入りに衣装を準備せねばならないと思わぬ者はいなかった。
貴族たちは衣装を新調するべく手配をしたし、それだけではなく、国王夫婦への贈物や宿泊の手配、移動の段取りや、他の貴族との社交の準備など、ありとあらゆるものを手配しだした。
この年は「タリアのための祈りの年」として税が半分となった年であった。
結婚に関するものも、関しないものも、ありとあらゆるものが飛ぶように売れた。
結果として、王国は沸いていた。
過去にない大好況となったのだ。
国中で売り買いの金額が大きく増加し、結局のところ、その年の納税はもともとの予定金額を上回ることとなった。
予算不足を心配していた役人たちは、しかし、簡単にほっと一息とはいかなかった。
取引申告の増加で処理する役人たちは悲鳴を上げたのだ。
だがそれは、まさしく嬉しい悲鳴であった。
そんな中、二人の結婚式はカリナの手によって進められていた。
彼女には本人の意欲だけでなく、決断力と知識と、臣下からの深い信頼があったので当然の人選であった。
カラディア王女は礼儀作法に通じ、しきたりに詳しく、政治に通じているというのが衆目の一致することろである。
反対に、ルチアーノ王は礼儀正しいものの政務やしきたりにはやや疎さがあり、圧倒的な武力により人気を保っていたのでちょうどよい二人であった。
十年前に将軍派に勝利し、王都へ入ったルチとカリナを待っていたのは、王都を治める行政をはじめとする王族としての責任であった。
田舎で育った二人は若く、政治については何も知らなかった、はずであった。
王宮にいた、もとは将軍派の下で働いていた役人たちも、王都の人々も彼らに何が出来るのかと試すように見ていた。
しかし、彼らはうまくやってのけたのだ。
もちろん、彼らを助ける東西の貴族の役割は大きかったが、その彼らでも王家独特のしきたりや国単位の行政や外交についての細かな知識はわからぬことが多かった。
だが、カリナの魂にはタリアの記憶が刻まれた魂が溶け込んでいたのだ。
タリアは十二歳から四年の間、病の王に代わって政務に精を出すセルビナリカ王妃の側に侍女として仕え、それを見聞きするだけでなく、自らも実務を与えられ、一生懸命にこなしていた。
タリアは若くして王妃の側近として外国の大使との交渉に立ち会い、貴族との折衝を行い、王妃のために文書を読み上げたり、代筆もしていた。適切な贈物の準備もしたし、その場にふさわしい衣装も選んだし、食事の手配もした。
ときには王妃に代わって決済もしたし、神殿との行事の打合せも、街の代表とのやりとりも、タリアの記憶として持っていた。
あらゆる行事の礼儀作法もタリアの記憶で全て対応できた。
何も知らない田舎出の娘と侮っていた王都の者たちは、王女の振る舞いにはじめ驚き、誤りなく業務をこなし続ける姿を見て、今では深く信頼するようになっていた。
家臣たちはこの国家を上げた大事業となる婚礼を取り仕切るのにカラディア王女以外の人物を知らなかった。
当のカリナも、新たに義姉となるタリアの結婚式を完璧なものにしなければならないと張り切っていた。
国を挙げての祝福となる以上、王族の威厳を示しつつ、華やかで心温まる式にしなければならない。
だが――
(このままでは、とんでもないことになるわ……!!)
カリナは王宮の執務室で 書類の束を前に青ざめていた。
そこに並んでいたのは、各地の貴族からの 「結婚式への特別な提案」 の数々であった。
西方の貴族たちは 「結婚式の余興として、三百人の歌唱隊によるタリア賛歌を披露したい」 と申し出ていた。
これはいい。
問題が少ない。何とかなる。
人でよかった。
中央の貴族たちは 「巨大な大理石の彫像を作り、式場に設置する」と主張しているのだが大きさが青年五人分の高さもある巨大なものなのだ。どこに置けというのだろうか。
大きく、重い。
東方の貴族たちは 「王と王妃のために特別な神獣を献上する」 とし、すでに巨大な獣を捕獲済みだという。
いくつもの鎖で厳重につないでいるという。
「こんなもの全部受け入れられるわけがないでしょ!?なんなのよ!?」
カリナは困っていた。
「ですが、すでにみな計画が進んでいるそうで……」
同じく困り顔の侍従。
「わたしが考えているのは、緑の葉や季節の花をいたるところに並べた美しく静かな森の中を想像させるような結婚式なのに……タリアは森が好きだから……歌はともかく、石像はどうするのよ!」
「し、神獣は森には合うかもしれませんよ、森で捕らえたとのことですし」
「……何か言った?」
「い、いえ、冗談でございます、軽率でした」
「……とにかく、神獣様は森へお帰り願いましょう」
「どうするので?今もここへ向かっているとの情報ですよ」
「わたくしは月神の巫女でもあるのよ。そちらの方向から手をまわします。はあ。」
衣装でもひと悶着あった。
タリアの婚礼衣装を担当することは名誉ある仕事であるため、請け負うべく国の最高の仕立て屋たちが争い始めたのだ。
「我々こそがタリア様のドレスを作るべきだ!」
そう言い放つのは、今、王都で一番売れている仕立て屋であった。自信満々である。
その言葉に辛辣に返答をしたのは、王都で最も古く格式のある仕立て屋であった。
「いやいやご冗談を。我が店は代々王家の衣装を手がけてきております。古典も様式も何も知らない者に王妃の衣装が作れるはずもないのです。出しゃばらぬがよいでしょうな」
そう言い返すと、それにまた一番売れている仕立て屋が返す。
「高いだけの布を切って宝石を張り付けただけの、古臭い形をしたもったいない布を王妃様に着せるつもりかね、はっ」
「はははは。面白い冗談だね。そういえば王都のどこかでは服と言って新しいカーテンを客に売りつける輩がいるそうだね。この前、ギーフ侯爵夫人が赤いカーテンを新しく買っていたよね。夫人に着るよりも窓に掛けたほうがいいと君から伝えるべきじゃないのかな。あれは窓にピッタリだけどパーティーに着てきてはいけないよね」
何たる毒舌。
カリナや侍女はハラハラしやめさせようとするが彼らは止まらない。
そこへ新たに割って入るものがいる。
「カラディア殿下、わたくしどもは王妃様のご実家のブラックマシュ家に代々お品を納めさせていただいております。このように相手を愚弄するばかりの心汚れたるものが作る服が新王妃様の肌に良いはずがありませぬ。どうかタリア様にゆかりある我が店にこそ……」
「馬鹿が!田舎から出てきてご苦労だがすぐにまた田舎に帰り給え。ここで服を作ろうとは百年早いぞ」
「そうですぞ。王都のことは王都で行うからご遠慮ください。本当に」
「なんだと貴様ら!王妃様のご実家を田舎と愚弄するか!」
「いやいや、違うぞ、愚弄しているのはご実家じゃない、貴様だ。早く帰るのだ」
「そうそう」
「無礼な!貴様等!タリア様のことを何も知らないくせに!」
「貴様だって知らぬだろうが」
「タリア様が六歳の月神殿詣りに着た服は俺の店の仕立てだぞ!物語に出てくるんだぞ!」
「ああ、確かに物語にその場面はあったね。服が悪かったと書いてなかったかな?」
「タリア様、おかわいそうに。まだ本物の服を着たことが無いのですね」
「貴様の服も知れているがな。品が無く、形が古いし、布も古いし、作っている人間もどうしようもない。どうせまた白い絹で作るのだろう。透かしの入ったやつな。また。懲りずに」
「なにい?透かしの白絹が当たり前ではないか。王家の花嫁だぞ、まさか他のものを使うつもりなのか?古式を知らぬとは嘆かわしい……殿下、このような下賤の者に服を任せてしまえば百年の後悔となりますぞ!貴様はカーテンでも作っておれ!」
「なんだと貴様!」
「貴様もだ!許せぬ!」
結果、 仕立て屋たちの裁縫対決が王宮で始まる事態に。
それほど、この結婚式の衣装作成を承る栄誉というのは大きなものであるのだ。
それがわからないではないが……
無表情で目をつむるカリナであった。
神殿でもあった。
心穏やかな神官でさえも。
太陽神殿は「王と新王妃の結婚は太陽神アリエラの御前で行い加護を受けるべき」と言った。
王の教師であり、王の魔術師征伐にも同行した剛の者であるのに、普段は物腰やわらかな温和な人物として知られる大神官は毅然とした態度であった。
月の神殿は「いや、タリアセレステ様は月の巫女なのだから、月神セレネリアの祝福が不可欠」と言った。
幼少のころから聖なるタリアセレステを育て導いたとして有名な女大神官は一歩も引かぬという覚悟のように見えた。
水の神殿は「お待ちあれ、順番では我が神殿が王の婚礼を執り行う順番であるのだが」と言った。
これは大事なことである。水の神殿の大神官だけではなく、他の地火風の神殿の大神官も強く同意した。
すなわち六大神殿による『どの神の祝福が最もふさわしいか』論争が勃発してしまった。
ルチアーノがため息をつく。
「……なぜこのような争いに?」
カリナもため息をつく。
「私が知りたいわよ……」
「すまん、カリナ……頼んだよ……」
彼女の奮闘の結果、貴族の余興はほどほどとなり、婚礼衣装は公平な選定をあきらめ三度の着替えを行うこととなり、神殿の儀式は全神殿が協力する形でまとめることとなった。
神殿の問題については、カリナ自身がセレネリアの魂を持つ、当世最高位の月の巫女であり、その言葉が重んじられたということも味方した。
このように、カリナは貴族・職人・神官たちをまとめ上げ、タリアとルチアーノのために最良の結婚式を整えた。
王都は喜びの光に包まれ、貴族も庶民も皆がこの世紀の婚礼を心待ちにしていた。
もうすぐ国中が笑顔に満ち、華やかで穏やかとなる日が訪れる。
カリナはふと空を見上げ、静かに微笑んだ。
「……ようやく、すべてが整ったわ」
太陽神の加護を受けた月神の巫女が大いなる祝福を与える婚礼がはじまる。




