第64話 からだ一つでお嫁に参ります。
その日、空は澄み渡り、心地よい陽光が差し込む中、古から続く壮麗なる王都の王宮広間には、多くの諸侯が集まっていた。
王宮は、幾度もの戦乱を乗り越え、所々に戦いの傷跡を残していた。
しかし、それらの痕跡さえもまた、王国の歩んできた長い歴史を物語り、広間に威厳と風格を漂わせていた。
吉兆の佳き日である。
広間に集った諸侯の数は、約十年前の王の即位式をも上回るほどで、王国が平和を取り戻したことを象徴するかのように、国内各地から貴族たちがこぞって参上していた。
それもそのはず――。
神の奇跡によって石化の封印が解かれ、ついに自由の身となった『聖なる』タリアセレステ姫がやってくるのだ。
本日は彼女が長年にわたり成し遂げてきた数々の功績を称え、ルチアーノ王自らが褒賞を授けるため、王宮へ迎えることとなった、晴れの日であった。
石と化した彼女を救うためにカリナたちによって作られた物語は、すでに国中に広く配布され、文字を読めない者たちにも吟遊詩人によって歌い継がれ、彼女の偉大な業績はすでに誰もが知る国民の常識となっていた。
彼女の物語は――悪の魔導士と対峙し、激しい戦いの末、その力の一部を奪い取るも、力尽きて石像となってしまう――そんな切なくも壮絶な結末で終わっている。
「タリア姫の物語の続きを、この目で見届けたい!」
そう思わぬ者はいなかった。
その歴史的瞬間をひと目見ようと、王宮の広間には国中の貴族が集まり、入りきれない者たちが外へ溢れ出すほどの賑わいとなっていだけでなく、平民たちも王宮に周りに集まり、彼女が栄誉を受けるのを祝おうと待ち構えていた。
タリアの母や姉たちは、この晴れの日のために念入りな準備を整えていた。
もともと小柄で細いたちであるのに、長い貧困生活と大きな負傷のために痩せ細ってしまったタリアのために、特注のドレスを急ぎ仕立て直し見栄えがするようにしたし、できうる限り栄養のある食事を与え、肌を美しく整える香油を全身に丁寧に塗り込むなどして、家族は彼女を美しく見せようと最大限の努力を尽くした。
その甲斐あって、わずか一週間という短い間ながらも、タリアは王都に来た当初より随分と顔色が良くなっていた。
ところで、準備万端のタリアは、自身の式典に溢れるような数の人が集まっていることまでは知らされていなかった……。
当初、王家はブラッグマシュ家と廷臣たちだけで、内輪の質素な謁見を行うつもりでいたし、そのように準備をしていたのだが、事態は思うようには運ばなかった。
『聖なる』タリアをひと目見たいと願う貴族たちがこの話を聞きつけ、内輪の式典に次々と参加を望む声が上がったことで、当初の計画であった王家の奥まった接見の間での褒賞授与が困難になったのだ。
多少であれば断れば済むのであるが、例えばラングフェルト家は王国の東のグンマーを治める伯爵の家であったが、長年忠実に獣人の侵攻を食い止め、さらには王都奪還の戦いで大いに武功をあげただけでなく、中央で反乱が起こった際にいの一番に駆けつけ王都陥落の危機を救い、侯爵に叙せられた大功ある忠義の家である。
彼らは以前からタリアと縁があり、誠心誠意「どうしても立ち会わせて欲しい」と、魔術師討伐の旅の仲間であるハルトヴィンが頼んでくれば、王家としてもむげに出来なかった。
また、西国のヴェルディナ家は貴族を引き連れ「どうしても我らを式典に立ち会わせて欲しい。先祖から立ち会わねば災いが降りかかると言われた」などと言い、王子と王女の祖父や、タリアの父親への強いコネを使って強引に入り込んでしまった。
参加者は次から次へと増えていった。
さらに、廷臣の中には親戚筋にあたる格上貴族から「その場に入れるよう取り計らって欲しい。できればなるべく近い場所へ」と穏やかながらも明らかな圧力を受ける者も増え、加えて廷臣たち自身も式典に顔を出したいと強く願い出る者が相次ぎ、文官も武官も同様であった。
これは貴族に限った話ではなく、王都で最も力のある太陽神殿の大神官であり、魔術師討伐の英雄でもあるソランや、月の大神殿のタリアセレステの師であるソフィア大神官も、自身のみならず、それぞれの神殿からそれなりの人数の出席を希望していた。
また、他の四神殿の長も同様に出席を望んでいたし、加えて、ハイランドの長老たちからも正式な招待状を求める声が届いた。
むろん、これは国にとって喜ばしいことである。
なぜならば、これほど多くの列席者が集まることは、王と王国への人気と信頼の証であり、国が平和であるからこその賑わいであったからだ。
このような事情から、急遽、一番広い謁見の広間で式典を行うこととなったが、それでもなお、その広間に全員が収まるかどうか、式典の担当官たちが不安を覚えるほどの人数であった。
――実は、一つ、この謁見には隠された問題があった。
それは、タリアが王都に到着し――みなで王妃の墓を訪れたその翌日、王家であるアルトスペツィオ家からブラッグマシュ家にタリアセレステ姫をルチアーノ王の正妃として迎えたいという正式な打診が行われたのだ。
王の求婚である。
ルチアーノ王は十年前に即位して以来、いまだ結婚しておらず、子供もいない。
王国の安定のため、王の一番の仕事は後継者を残し育てることである。
これまでの間、王国全土から数多の縁談が持ち込まれたものの、彼は一切を断り続けてきた。
その王が、ついに結婚の話をした。
それも、タリアセレステ姫に再会してすぐの夜に宰相と家令を呼び、「急ぎ」「必ず」手配するようにと強く望んだのだ。
王の愛の行き先は最初から決まっていたということを、王に近しい者たちはようやく理解した。
ルチアーノ王は、ずっとタリアセレステ姫を待ち続けていたのだ。
十年もの長い間、ただひたすらに彼女を想い続けていたのだ。
王家からの求婚の使者としてブラッグマシュ家へつかわされたのが、王の親友にして東国一の大貴族であるエレニーフォリョー家のキヴァーローヒュ侯爵自身であったことでも、この求婚が一大事であることはは明らかであった。
キヴァーローヒュは、『魔術師討伐の北行』に同行した英雄の一人であり、カラディア王女と結婚し、王の義弟となっただけでなく、自身の妻と子供が王位継承権の上位を独占する、王家の重要人物である。
「なんと、まあ、そこまで一途であったとは……王として、貴族としては褒められたものではないが……」
その真摯な求婚は、娘を溺愛するブラッグマシュ侯爵夫妻と家族を感動させ、心から喜ばせたのに、しかし、肝心のタリアはというと、どうにも煮え切らない態度を見せていた。
この期に及んでも、タリアは家族に対して「自分はただの侍女だし」「年が離れているし」「亡き王妃様に申し訳ない」「もっと若い女性がいいのではないか」「自分にはもったいない」などと、今さらのような理由を挙げてはぐずぐずと返事をしなかったのだ。
そうして求婚については返事をせずについに褒賞授与の日を迎えることになってしまったのである。
求婚の打診がすぐ承諾されなかったことに気をもんでいたのは、ルチアーノ本人はもちろん、カラディア王女や廷臣たちまでも困惑していた。
ルチアーノは「当然、喜んで結婚してくれるだろう、だって約束したし」と信じて疑わなかったため、返事の遅れに心を痛めていた。
実際のところ、彼は以前、グンマ―で愛を告げた時に「もしも、無事にすべての使命を果たすことが出来たら、その時は必ずあなたに会いに行く」とタリアに返事を受けていたのだ。
その言葉を信じ、これまで頑張ってきたというのに……
そこでルチアーノは考えてしまった。
……
(ま、まさか、会いに行くとは言われたけど、ひょっとして結婚してもいいという意味ではなかったのだろうか)
彼は大いに悩んでしまった。
彼は彼が愛するように、彼女も愛してくれていると信じていたのに、まさか、もしも実際は違うのだとしたらどうしよう。
でも、あの夜、二人は結ばれたのだ!あれは本当の出来事だった!
あの寒い小屋の中で、タリアと自分は結ばれたじゃないか!
たしかに、タリアを抱きしめたのだ!タリアは優しく美しく、かわいく……素敵だった!
忘れたことなどない!
……でも、そういえばタリアは「そのこと」を儀式と言っていたような気がする。
でも、あれは、愛が故ではなかったのだろうか。
いや、でも、まさか愛してもいない男とそんなことをするのだろうか……
でも、でも、でもでも。いやだがしかし。
そうして王は恋する者が陥る暗く深い淵へと沈んでいった。
また、カラディア王女は、タリアと魂を共有しておりタリアの気持ちを知っていたため、ルチから「タリアに求婚する」という相談を聞いたときに「必ず成功するわ!」と断言していたのでこれもまた、衝撃を受けていた。
そして、二人の様子を見ていた家臣たちもやきもきと気をもんだ。
彼らにとって、自分たちが仕える敬愛してやまない王がついに結婚する気になったのだ。
もう誰とも結婚しないのか、と半ばあきらめていた彼らであったが、ついに、愛する女性が現れたのだ。
タリアの生家であるブラッグマシュ侯爵家は西国でも有数の格式高い家で、身分の問題はない。
それにタリアセレステ姫は、石像となり十年の時間を過ごしている間に、ちょうど頃合いの歳なっていたし、年増であるものの、若作りで美しくもあったし、何より、愛と献身で王と王女を支え続けてき王家の恩人であるのだ。
タリアセレステ姫は王が幼いころから仕えた、いわば姉や母のような存在であるのだが、そういう女性と結ばれる事例は、世間では稀によくあることではあるし、なにより、王本人がそれだけを望んでいる。
王の結婚ともなれば、政治と打算の結果となるのが普通であるというのに、王本人が望んでいるのだ!
これ以上のことがあるだろうか、いやない。
であるならば、それはたとえ年増であっても王の元侍女であっても、「元」年上であっても、よいのだ。
そして、ごく身近に仕える家臣たちは、王が時折、カラディア王女とキヴァーローヒュ侯爵夫婦とその子供たち一家を、やさしくも寂しげなまなざしで見つめるのを知っていた。
王の隣に愛する女性がいて欲しい。
王と愛する者が二人、仲睦まじくして欲しい。
彼らはみな、王に幸せになって欲しいと思っていたので、この機会を大事にしたい。そう願わぬ者はいなかった。
そして彼らは考えた。
「聖なる」タリアはなぜ結婚を了承しないのだろうか、どうすればいいのだろうかと。
カラディア王女は大臣、家令、侍従侍女など主だった者を集め皆で知恵を出し合い、固めた案をルチアーノ王に相談し、ルチアーノ王はその策に合意した。
そのタリアは、式の準備のために前日から侍女時代に暮らしていた王宮の一角、懐かしい王宮の東の塔に家族と共にやってきて滞在していた。
式の準備が大変なので前のり前泊である。
そして当日は夜も明けぬ早朝から最後の準備をした。
ひとつ気になったのは、前日入りで王宮に来たのになぜか、ルチアーノもカラディアも昨晩も今朝もタリアに会いに来なかったことである。
それは不思議で寂しくもあった。
(求婚の返事をしていないからかな……私もちょっと会いづらかったけど。でも、どうしよう、王妃様……結婚してもよいのでしょうか……どうしよう)
いつまでもぐずぐずと思い悩むタリアをよそに、式の準備は進む。
タリアの母と姉、叔母が中心となって、入念に髪を結い、香油で整え、肌を磨き衣装を着せる。
月の光を思わせるような美しい色のドレスである。
神官でもあるタリアの印象にあうような清楚な美しさを表している。
母は「なんとかなった、間に合った」と言ったし、姉は「一週間は短かったわ……せめてもう一週間あれば……」と少しの不満を漏らしたが、おおむね及第点であるようだ。
「タリア、大丈夫、とってもきれいよ。礼儀作法を忘れずにね」と、最後にタリアの叔母エレオノーラが太鼓判を与えて送り出した。
いよいよ式が始まる。
タリアは、控えの間にいたので外の喧騒を知ることが無かった。
家族は知っていたが、タリアには黙っていた。
王の侍従から、式典の会場が変更となった事だけを知らされ、案内されるままに向かった。
侍従が向かった先は、大広間である。
(んんんん?大広間?式は奥の接見の間じゃなかったのかしら?)
戸惑うタリアをよそに、侍従が大広間の扉を開けるとそこにはたくさんの貴族がぎゅうぎゅうにはいりこみ、細い通路がようやくといったていで残っており、その先にルチアーノ王が待っていた。
(なななな、ななななに、この人!人!人!なに!聞いてないわよおおおお)
父親が手をつなぎ先導し、人壁の中の細い道を抜け王の前へと進む。
居並ぶ貴族、神官、家臣たち……誰しもがタリアを見ていた。
(ここここ、ここれはどういうことお……こじんまりとした会じゃなかったの……)
タリアは動揺を、これまでに培った礼儀作法でぐっと押し込み、ルチアーノ王の前へ出て礼をする。
タリアと父は王の前へひざまずいた。
王国の大臣の一人が前へ出て宣言をした。
「ここに、タリアセレステ・ブラッグマシュの功績への褒賞の儀をはじめる」
大臣は、あらためて彼女の生い立ちから話をはじめ、それをなぞるようにしてこれまでの功績を述べ始めた。
みな、タリアの物語を知っていたので今さらのことではあったが、話し上手な大臣の言葉を一同はおとなしく聞いていた。
「月の女神セレネリアが己が魂の欠片を星と成し、星は夜空を駆けついに賢母の胸に宿りぬ。星を追った六賢者たちが歓喜の声を上げ、タリアセレステの誕生を寿ぐ――」
これぞまさしく国中に知られた物語の冒頭であった。
この箇所について、カリナからの当初案では、祝福に駆け付けたのは月の神殿の神官だけであったが、初版を読んだ他の神殿の大神官からの圧力に屈したソフィアのはからいで、第二版からは六神殿の賢者が厳かにタリアの出生を祝し加護を与えたという文章になっていた。
そもそもにして、そんな事実はないのであるが、そうなったのである。
賢母と書かれたエレノアはまんざらでもないようであったが、六神殿の神官はともかく、月の神殿の神官も駆けつけていないのだ。
全てが万事このような調子で、全編にわたりとても読みやすくされているのが「月の女神の星の姫 タリアセレステ その愛の物語」なのである。
タリア本人が不在で監修が無いことをいいことにし、あることないこと盛りに盛った内容で世間に広く流布されていたため、タリアはのちにギリギリと歯を食いしばりながら読むこととなったのだ。
その物語をもとにタリアの功績が、いま、王の前で、多くの貴族に語られている。
『聖なる』『明星』タリアセレステ姫は歯を食いしばり、目を閉じて聞き入るのみであった。
大臣の話は、出生からはじまり、王妃の求めに応じ侍女として出仕し、そこで王家を守るために八面六臂の活躍をする場面へつながる。
そして将軍の謀反に王子と王女を連れ、将軍の凶刃を避け西ではなく東へと落ち、二人を守り切ったこと、と話を続けて、最後に、タリアが石となるところで話を終えた。
「以上が、タリアセレステ姫の行いである」
大臣がそう結ぶと、居並ぶ貴族たち全員が大きく手を打ち、足を踏み鳴らしタリアセレステ姫を称えた。
その拍手と鳴動は堅固な城が揺れていると感じるほどであった。
(くうううううう、は、はずかしいいいい……ひどいことになったわ……)
大臣の話す物語と自分の記憶とは、大筋は一緒であるものの、細かな点で解釈の違いどころではない差異があるため、みなからの過分な賞賛にタリアの顔は引きつるばかりであった。
そして大臣は言う。
「この度、タリアセレステ姫に王家より褒賞を賜らせんとす。まずもって、王と王女を護りしその比類なき功績に報い、『グルダンツァ領』を下賜し、併せて『伯爵』の称号を授けるものなり」
「おおっ…」
ざわり…
貴族たちが声を上げた。
グルダンツァ伯爵領が王家の直轄領の中でも、海に面した豊かな領地であるだけでなく、歴代の王が王妃に与える領地として知られた場所であった。
つまり、タリアが王妃になると貴族たちは理解したのだ。
それを知らないタリアではなかった。
(そ、そうきたか……ルチったら……誰の入れ知恵かしら……)
この褒賞を受ければ自動的に求婚を受けたことになるのだ。
よく考えた好手である。
(だけど、王妃となるのならば爵位は公爵じゃないのかしら)
ともかく、この状況で断るのは至難。
受けるかどうか返事をためらうタリアであったが、驚いたことに大臣は言葉をつづけた。
褒賞はそれだけではなかったのだ。
「つづけて今ひとつ。邪悪なる呪詛に苛まれしエレニーフォリョー家のキヴァーローヒュ侯爵を月の女神の祈りにより救いし功績、さらにはグンマ―侯爵領における二度にわたる獣人の大侵攻をその身を挺して退け、後にルチアーノ王の東国諸侯を束ねし礎を築きし殊勲、これら誠に顕著なる功績を賞し、『イセリア領』ならびに『侯爵』の称号を授けん」
「おおっ!」
「なんと!」
「イセリア……」
「イセリアよ…あの」
ざわ…ざわ…
貴族たちが先ほどよりも大きくざわめいた。
イセリアの地は、美しい風景に恵まれているだけでなく、王家の守護神である太陽の女神アリエラの古い神殿があることで知られ、多くの参拝者が各地から訪れる豊かな土地であるだけでなく、数代前の有力な王が「最も愛するテレシアに」と、最愛の妃に授けた誠の愛の象徴ともいえる領地でもある。
その王とテレシア姫が、数々の困難を乗り越えてついに結ばれた愛の物語は、王国では非常に有名であった。
そのため、若い貴婦人たちの間では「いつかはイセリアを授かりたい」と言う言葉が、「深く愛されたい」という意味と同じように受け取られるのが常であった。
「イセリアを授けた……」
「イセリア」
「なんと…」
「イセリアだ」
「まあ……」
それは、王がタリアセレステ姫をこの世でただ一人、最も愛しているという高らかな宣言であった。
そのことがわからぬ貴族はこの場には一人もいなかった。
美しきイセリアを最も愛するタリアセレステに。
列席する貴婦人たちはみな、その愛の告白に感動し胸を詰まらせた。
聴衆以上に驚くタリアをしり目に、さらに大臣は続けた。
「最後に申し上げるは、タリアセレステ姫、その身命を賭し、大悪魔復活を企む邪悪なる大魔導士の所在を突き止めたことと、これと果敢に戦い、その力の一部を封じ込めたことにより、王の討伐に大いなる助力を成した功績にございます。この功を称え、グランハルモニア領を与え、公爵の称号を授く。さらには、これまで授けし三領を併せ、大公の位を授く」
「グ、グランハルモニア……」
「なんと!」
最後の褒賞へのざわめきはとりわけ大きなものとなった。
グランハルモニアは王都の南部の大領で、古くは前王朝の都があった歴史ある領地である。
そしてそこは、歴代の王妃の中でも「賢妃」として名高いルシア王妃が晩年に所有したことで有名であった。
全ての貴婦人の憧れであるルシア王妃は、幼い王子を守り育て、内乱を鎮め、外敵を討ち、獣人を討伐しただけでなく情に厚い統治を行い、息子である王国中興の祖と言われる名君ギリニア王の治世の礎を作った、王妃の中の王妃と語り継がれる女性である。
ギリニアが王となった後、母に愛と感謝を込めて、王の直轄領の中でもとりわけ豊かで大きな領地を贈ったのだ。
グランハルモニア領。
万の兵を出すことが出来る、王家の中核をなす領地である。
居並ぶ貴族はみなため息をついた。
男も女も、声を失った。
ルチアーノ王は歴史を調べた上で、タリアセレステ姫に愛を伝え、功に報いようとしたのだ。
それにしても、タリアが授かる三つの豊かな領地を合わせると、王の直轄領の内の実に三分の一を占めることとなる。
王は、覚悟をもってそれを授けたのだ。
なぜならば、タリアがそれらを受ければ、タリアは王妃にして大公となり王国の中で最も力を持った王と並ぶ実力者となるのだ。これほどの領地と爵位を授けられたものは過去に誰もいない。
ルチアーノ王は、その愛と信頼を誰にもわかるようにはっきりと示した。
ざわめきは止み、国中の貴族が詰めかける大広間は静かになった。
みなタリアの返事を待っている。
タリアはひざまずいたままである。
これらの申し出に、はじめは困惑していたタリアだったが、今は落ち着いていた。
答えは決まっていたからだ。
タリアはそっとルチの顔を見た。
彼は、なんとも不安そうにしている。
(ルチったら、そんな顔しないでよ。もちろん愛してるわよ。大丈夫。心配させてごめんね。でも不安だったの。だってわたし、ちょっとけっこう年上だったから……こんなわたしでいいのかなって、思っていただけなの。でも、でも、ルチがそこまで思ってくれるなら……嬉しいわ)
タリアはひざまずいたまま顔を上げ、答えた。
「ルチアーノ陛下、このたびの褒賞、まことにありがたく存じます。しかしながら、わたくしには領地は必要ございません。このたび賜りました領地は、ここにお返しいたします。なぜならば、わたくしが望むものはいただいておりますことがわかったからでございます。それはルチアーノ陛下の御心です。それ故わたくしは、ただ一つ愛を胸に、この身一つを陛下のお側に置きお仕えいたしとうございます。それこそがわたくしの望みでございます」
「あっ!」
「おおっ!」
「まぁっ……」
ルチアーノが返事をする前に、わっと声を上げたのは列席していた貴族たちであった。
それは礼を失する行為であったが、感動に声が止まらなかったのだ。
ある男の貴族は、領地は不要と言ったその清らかさに。
ある女の貴族は、ただ一つと言ったその愛に。
みながみな、感極まっていた。
王の広間が吹き飛んでしまうような大きな歓声が上がった。
そして、男も女もみな足を踏み鳴らしたので堅固な王宮がまたも揺れた。
「タリアセレステ姫ばんざい!」
「新王妃ばんざい!」
「王国ばんざい!」
「ご成婚ばんざい!」
ルチアーノ王は、どんな王もこれまで臣下に与えたことが無い大きな褒賞をもって、タリアの功に報い、そして、タリアは領地を受け取らず、愛だけをもって王家へ入ると言ったことが、タリアセレステ姫の物語の結末となるのだ。
それを見に来た貴族たちは感動し、心からの歓声は止むことが無かった。
「ああ、タリア!」
最後に、この式典を完全に破綻させたのはカラディア王女であった。
感極まった王女は飛び出しタリアに抱きついてしまったのだ。
「カリナ……これからは本当の家族になるわね」
「うん、うん、タリア、よかった。嬉しいわ。タリア」
二人は固く抱きしめ合っていたが、そこへ割って入ったのはルチアーノであった。
ルチアーノの顔は笑顔であった。
「タリア、嬉しいよ。ありがとうタリア」
「ルチ……」
ルチアーノがタリアを抱きしめた。
それを見た貴族たちはまたも声を上げた。
「ルチアーノ王ばんざい!王国ばんざい!」
三人は抱きしめ合った。
大きな歓声の中、ルチアーノがタリアを立たせると、諸侯に大きな声で告げた。
「新たな王妃となるタリアセレステだ。みなよろしく頼む」
そう言った途端、騒ぐ貴族の中から王とタリアの前に飛び出した者たちがいた。
二人の大柄な男。
グンマー侯爵エルンスト・ラングフェルトと息子のハルトヴィンであった。
闇の魔導士との激闘で左腕を失っている英雄ハルトヴィンは、以前、グンマ―の地でタリアと会っているのだ。
二人はタリアの前に出てきた。
その様子に、騒ぐ貴族たちが静まった。
東の国の武勇の男たちである。
物語を読んだ者は、タリアと彼らに縁があるのは知っているのだが……いったいどうなるのか、と人々はその様子を見守った。
ところがタリアは飛び出した二人が口を開く前に自分から声をかけた。
「エルンスト様、ハルトヴィン様、かの折グンマ―の地にてお目にかかりし際には、事情ありて名をタナと偽り申し上げましたこと、お詫び申し上げます。このたび、ようやく真実を明かし、改めてご挨拶申し上げまする。わたくし、タリアセレステにございます。何とぞ、これよりも末永くお見知りおきくださいますようお願い申し上げます」
昔、タリアたちがグンマ―に隠れ住んでいた時には、将軍派の捜索を受けぬために偽名を使っていて、そのことを謝罪したのだ。
タリアは真心を込めて二人にそう言った。
それは王妃としてではなく、貴族の娘が仲の良い貴族に挨拶をするような温かみのある言葉と態度であった。
「タナ神官のことを忘れたことはございませんでした。どうにか今一度お会いし、どうしてもお礼をしたいとお待ちしておりました」
エルンストはそう言ってひざまずいた。
「わたくし達は、あなたが一度ならずわたくしの命を救い、グンマ―を救い、東国をお救いくださったことを忘れておりません。北の砦にいた者はみな、あなたが命を懸けて七色の光でみなを守ってくださったことを、忘れたことはございません」
ハルトヴィンもひざまずいた。
「我ら東国の者は、あなたが身を捨てて共に戦ってくださったことを忘れていません。我らみな、新王妃に忠誠を誓います。我らはあなたの敵を討ちます。あなたがいる限り東国の地を敵に踏ませることはありません」
ハルトヴィンがそう宣言すると、彼の後ろに控えていた東国の諸侯たちは彼らにならい、一斉にひざまずいた。
東国諸侯たちは新王妃を認め、いの一番に忠誠を誓い支持することを表明したのだ。
タリアは西の諸侯の娘である。
「新王妃は東の娘から」と願う諸侯は多かった。
普通であれば、東の諸侯はタリアの結婚をあまり喜ばないのだ。
本来であれば、この忠誠の宣言はタリアの父が西の諸侯と共に担う役割であり、ダグラス自身もそうすべく機会をうかがっていたのだったが、まさか、タリアとは一番縁遠い、東国の荒くれ者たちがひざまずくとは……
意外な成り行きに驚いたのは他の諸侯である。
まさか、西の貴族と仲が悪い彼らが、西の貴族の娘である新王妃に真っ先に忠誠を誓ったのであるならば、自分たちも急ぎ忠誠を誓わねばならない。
焦る諸侯をしり目に、その次に、すっとタリアとルチアーノの前に出てきたのは、細身の優男であった。
「タリアセレステ様、わたくしはデイナス・ヴェルディナと申します」
ヴェルディナ家と聞いてタリアは、残酷な最期を迎えた侍女仲間のことを思い出し胸が詰まった。
「ロザリナ様のご家族でしょうか」
「はい、ロザリナは双子の妹でございます」
「ああ、よく似ていらっしゃる……ロザリナ様に」
「あなたは王都に到着してすぐに、あの事件で命を落としたセルビナリカ前王妃とわが妹たち、西の者たちが眠る墓を訪ね、その魂を慰めてくださったと耳にしました。誠にありがとうございました」
「随分と帰ってくるのが遅くなってしまいましたが、ようやく仲間たちに感謝を伝えることが出来たのです。西の者はみな、ロザリナ様も、フォンテプーロ侯爵も、リバフォンテ伯爵も……みな最後まで勇敢に戦い、王家に忠誠をつくしました。みながいましたから、王も王女も、今ここにおります。そのことを忘れたことありませんでした」
「ありがたきお言葉……我ら西の貴族は、みな、あなた様がそのことを忘れずにいてくれたことに感謝しております。我らみな、あなた様に忠誠を誓い、お支えいたします」
そう言って彼がひざまずくと、彼の後ろにいた西の貴族たちも一斉にひざまずいた。
東西の貴族がひざまずくと、中央の貴族も廷臣たちもみな続いてひざまずき、そうして広間に立っているものはいなくなった。
「新王妃ばんざい!」
「ルチアーノ王ばんざい!」
「王国ばんざい!」
「タリアセレステばんざい!」
彼らの声は大きく王宮中に響き、止むことは無かった。
その喜びの知らせは王宮の外にも伝わり、民たちもみな喜びの声を上げ、神殿は鐘を打ち鳴らし、王都中が喜びに包まれた。
こうしてルチアーノ王とタリアセレステは結ばれ、タリアセレステ物語には続きが書き込まれることとなった。




