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第62話 物語

タリアはカリナの魔法で石化の封印を解かれたが、すぐ意識は戻らず、目を覚まさなかった。


知恵の塔には彼女専用の部屋が用意され、その治療には王都の月の大神殿のソフィア大神官が直接あたっていたが、闇の魔導士から受けた心臓の傷は深く、命に別状はないものの、眠ったままとなっていた。


ルチアーノとカリナは王都での執務のため、その後のすべてをソフィアにゆだね、泣く泣く帰って行った。


眠り姫となったタリアには、ソフィアによって最も精密な癒しの秘法が使われたが、二週間たっても目を覚ますことは無かった。

彼らが思っていた以上に、闇の魔導士に与えられた傷は深かったのだ。


意識さえ戻れば、体の健康を取り戻すのはたやすいのに、その意識が戻らない。

王都で朗報を待つルチアーノとカリナは、やきもきと気をもむばかりであった。


タリアが目を覚ますきっかけとなったのは、アルボであった。


タリアが連れてきていたアルボは、以前からカラディア王女が王都へ連れて行こうと考えていたのだが、「タリアの守りに」と、知恵の塔にそのまま残されていたのだ。


彼は、『聖なる』タリアが連れてきた愛犬ということで、知恵の塔で大切に世話をされていて、普通の犬ならとうに寿命を迎えているはずの老犬となっても元気に暮らしていた。


タリアが生きて動いていた時はもちろん、石となったあとも毎日タリアのもとに通っていたアルボは、タリアの封印が解かれたあとも病室に通いつめ、彼女のそばにいることをやめなかった。


アルボは毎日かかさずタリアの世話を続けていた。


……世話というのは、具体的には顔などを舐めることであったが、ソフィアたち看護の者たちは、タリアが目を覚ますための一助となることを期待し、好きなようにさせていたのだ。


そうして三週間ほどたったある日、アルボが吠えた。

タリアの眠る部屋で強く何度も吠えた。


人々がそこへ駆け付けると、なんとタリアが目を覚ましていたのだ!

過去にない激しい吠え方をしたのは彼の主が目を覚ました合図であったのだ!


すぐさま、ソフィアをはじめとした治療団がタリアを囲んだ。

意識さえ戻ったなら、もう、安心である。

心が健康であるならば体の健康は必ず取り戻せるからだ。


ソフィアたちは大いに喜び、最初にそれをみつけたアルボを褒めに褒めた。

「アルボが起こしてくれたのね、お手柄よ、アルボ、本当に素晴らしいわね」

みな、アルボが舐めて起こしたと信じて疑わなかった。


すぐに、タリアの本格的な治療が開始された。

食事をとれるようになれば、回復は早い。


そして、アルボは彼女が目を覚まして数日の後に、天へと召された。

彼は、知恵の塔の広場の隅の、お気に入りの場所で眠るように動かなくなっていたのを庭師が見つけたのだ。


そのことはタリアの目覚めと共に王都のルチアーノとカリナに知らされた。

相次いで入った二つの知らせは、二人に喜びと、寂しさを与えることとなった。


時が過ぎ冬が終わり、春を迎えるころ、ソフィアはタリアの体調が戻り、旅が出来るようになったと判断し、王都へ迎えを要請した。


王都からの迎えには、ビッグワイドランド侯爵の息子でタリアの兄であるグスタフがやって来ることとなった。


花がほころび始めた、寒さがまだ残る日。

ハイランドの知恵の塔に美しい鎧をつけた十二人の騎士が率いた豪華な馬車が到着した。


「兄上……」

「タリア……」


二人は、久しぶりに対面を果たし、抱きしめ合った。


「兄上、何年ぶりになるでしょうか、私が十二歳の時にお別れして以来ですから、十六、十七年ぶりでしょうか」


「いやいや、タリア、それはお前が石になっていた時間が含まれておらぬな。そこに十年ちょっとを足した時間、会っていなかったということになるだろう、久しいな、タリア」


「ああ、グスタフお兄様……私が石になっていたということは知っておいでなのね」

「もちろんだとも、ちゃんと本を読んだからな。国民みなが知っている国の常識だ」


「……なんの話かしら?本とは?」

「なに?」

「私が石になっていたのは常識なの?国民の?」

「……そうだが、知らぬのか?本だぞ?タリアの」


タリアは傍らに控えていたソフィアに問うた。

「ソフィア先生、どういうことかわかります?私は何か重要なことを知らされていないのですか?」


「…………」


ソフィアは、タリアの体力の回復を優先するために、ありとあらゆる心労を与えないことを目的として、外部の情報を可能な限り伝えないようにしており、もちろん、『月の女神の星の姫 タリアセレステ その愛の物語』という、この国はじまって以来、最も数多く写本され、最も多く語られた物語の存在を知らせていなかったのだ。


「先生?」

「………………」

「……ソフィア先生、兄上も、なにか、わたくしが知らなくてはいけないことがあるのではないでしょうか。きちんと説明していただけるのでしょうね」


「……………………」


結局、タリアは王都へ向かう旅の中で、渡された美しい装丁の本を読み、その派手な題名と、盛に盛られた壮大な物語の内容にぎりぎりと歯を食いしばることとなったのだ。


タリアは馬車でずっとその本を読んでいた。


国民に愛と忠誠の在り方を伝え、献身と奉仕の美徳を知らしめた美しい物語を険しい表情で読むタリアに、たまらず、ソフィアが声をかける。


「あ、あのタリアさん、馬車で本を読むと気持ち悪くなったりしないかしら」


「……これを書いたのは先生ですか?」


「え!いえ!いえ、ちがうわ、ほとんどカラディア殿下よ、ほとんど」

カリナの声がいつもよりだいぶ低かったのでソフィアは嘘ではないが、本当でもない曖昧な返事をした。


「でも、この少女時代に、タリアが森で歌うと小鳥が集まり、動物たちが安心して寝転がったというのは、先生と一緒のころの話ですよね。私、一緒に小鳥も動物も弓で追い回していたと記憶しているんですけど、どうしてこうなったんでしょうか」


「そうかしらね……そうだったかも、どうかしらね、は、は、は」


王国の月の神殿の最高位の大神官なったソフィアでも口ごもることがあるのかと、ひたすらに居心地の悪い馬車の中でグスタフは驚いていた。


「ほかにも、ここも……盲目の少女を救う話……私、こんなの全然知らないんですけど、先生、聞いてます?」


「き、聞いていますよ、あの、その、そこは、タリア。すこし少女時代のお話を増やしたいと考えたカラディア殿下が……私じゃないわよ、なんだか思いついて入れたかもしれないんじゃないかしら。ほら、カラディア殿下はあなたと同じ思い出を持っているから、みんなそうなのかなって思って特に気にせず書かれたのよね、あ、あとタリアさん、体に良くないから、少し本を読むのをやめて外の景色を見たほうがいいのじゃないかしらね、景色、きれいよ」


「そ、そうだぞタリア。ゆっくりと旅を楽しんではどうだ、お前は病み上がりなんだから」


「お兄様は黙っていてください」


「う、す、すまん」


「お兄様は、こんな物語の主人公にされてないから平気なのです!これは、もう……ううううううう、なによこれ、これも!これも!」


「タ、タリアさん落ち着いて、落ち着いて具合が悪くなるから……」


「そもそも題名のその愛の物語ってどうしてつけたんですか、ああああうううううううううう恥ずかしいいいううううううう!!!!!」


「タ、タリアさん、落ち着いて落ち着いて、それを入れたのはルチアーノ陛下ですし、落ち着いて、まず、その本を置きましょう、いったん、置きましょう、ね」


タリアたちは、通常は三日ほどの王都までの旅を、馬車が揺れないように良い道を選び、途中、諸侯の城や大きな神殿に泊りながら五日かけてゆっくりと進んでいった。


諸侯の城では、ビックワイドランド侯爵家の嫡男が、姫を連れて宿泊するとのことで非常な歓待を受けることになった。

ビックワイドランド侯爵家の姫と言えばタリアセレステである。あの。


応接は城で一番良い客間を用意され、料理も心のこもった素晴らしいものを供され、その点においては何の不満もなく感謝しかなかったのだが、彼らは決まってタリアに、「ここに名前を書いて欲しい」と本を出してくるのだ。


「月の女神の星の姫 タリアセレステ その愛の物語」


高位貴族は、豪華装丁版である金糸の刺繍が入った美しい本を出してきて、どの城でも最低十冊以上の署名を求められた。


「お会いできて光栄です」

「家の宝にします」

彼らは満面の笑みである。


どこへ行っても、どの城でもそうであった。

署名をすると、みな、非常に喜んでくれているのがまたタリアの心に障るのだ。


そんなタリアの心がようやく落ち着いてきたころ、王都へ到着した。

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