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第57話 新王の十年

ルチアーノ王の一行六人は、闇の魔導士の討伐へと旅立った。


王都の高僧達はそれぞれの神に祈祷をし続け彼らに加護を与え、ハイランドの魔導士たちは彼らのために敵を欺く守りの結界を張り続け支えた。


いくばくかの時が過ぎ、悪魔召喚阻止の期限とされた夏至があと一日となった晩、その夜は、新王による討伐が間に合うのか、それとも王国は滅びの運命を歩むのか、審判の結果を知るべく王国中の星観たちが、あるものは祈り、あるものは震えながら妖気に満ちた北の空に観える兆しを見守っていた。


日が沈み、月が昇ってからもしばらくは何の動きもなかったが、満月が高く登ると、突如としてそれまで隠されていたルチアーノたちを示す星が現れ闇の妖雲に戦を挑んだ。すると北の首座に狂える妖星が姿を現し、激しく争いを始めたのだ。


星々がぶつかるたびにルチアーノたちを示す星の一部は輝きを失い、欠けたが、妖星も火花を散らし、闇を失っていった。


双方が激しく争い、何度も優劣が入れ替わった。


最後にカリナを示す強く輝く美しい星がひときわ大きな輝きを放つと、北の首座を占めていた赤い大きな狂星は流れ落ち、清涼な神気が北の空を隅々まで覆いつくし、立ち込めていた闇を払い、妖気を全て祓ったので、戦いの行く末を見守っていた全ての者たちは、自らの王が闇に勝利したことを知った。


そしてルチアーノたちを示す星たちは、美しい夜空を確かめるように美しく光を放つと、再び隠されるように見えなくなった。


その後はとりわけ清らかで静かな夜空となった。


王、勝利す!


この戦いのことを知る一部の貴族たち、中でも自分の息子を送り込んだメンストグロッド侯爵やグンマ―伯爵たちは、急ぎ、獣人の領地との国境に兵を送り込み、彼らを安全に迎えるべきだと主張したが、それは獣人たちにいらぬ警戒心を与え、王たちの帰還を阻害することになるという、周囲の冷静な意見を容れ、国境に精鋭からなる偵察隊を送り出し、獣人たちに悟られぬよう、帰還の手助けをすることになった。


ところが、そのあとに問題があった。


彼ら一行は、春分の日に出かけ、夏至に到着したのだから、順調であるならば秋分の日には帰ってきてもおかしくなかったのだが、初冬の風が森を抜ける頃になっても帰ってこなかったのだ。


何かあったのかと、心配する兵士たちは冷たい空気の中、国境の森の哨戒にあたっていた。


結局、予定よりも二か月遅れで、王子たちを見つけ、合流したのは、ルチアーノの師であり、キヴァの叔父でもあるラーズロ子爵みずからが率いる最精鋭の部隊であった。


彼らが、他の隊よりもより深く獣人の領地に入り込み、常に全力で王の一行を探していたのが幸いしたのだ。


その日も、獣人を刺激せぬよう静かに森の探索をしていると、奥の木々の間から、人影が突如、ラーズロの部隊の前に現れた。


「えーと、こんなところで突然申し訳ないのですが、わたくしたち、国へ帰る途中の者なのですがー、ちょーーっとお話よろしいでしょうかー」


ここは獣人の支配する森だぞ、とすべての者が戸惑うような、割とふざけたことを言った男は、ラーズロ自身は見たことが無かったが情報として人相書きを見たことがあった「街に詳しい優しいお兄さん」という通り名の男であることがわかった。


彼はふざけているのか本気なのか。


「ひょっとして、皆さん方はわたくしの仲間を王都へ連れて帰る手伝いをしてくれるのじゃないかと思いまして、お声がけさせてもらったんですがね、よかったでしょうかね、もしよければ、ここへ他の仲間を連れてきてもいいでしょうかね」


などと聞いてきたので、彼らは慌てて了承した。


彼が口笛を吹いて合図すると、奥から一行が現れた。


ラーズロが確認すると、一行の先頭にいるのは間違いなくルチアーノ王子だったが、その姿は見るも無残で様あった。


鎧は割れ、泥と血がこびりついている。顔は痩せこけ、目は疲労に沈んでいる。

そして彼の背中には一人の女性が背負われていた。


「陛下!」


感極まったラーズロが駆け寄ると、ルチアーノが弱々しく手を挙げた、柔らかく微笑みながら応えた。


「ラーズロ、今帰ったよ……」

「よくぞ、ご無事で……」

ラーズロはルチアーノを抱き、再会を喜んだ。


「まぁ、完全に無事ってわけにはいかなくてね……でも、みんな命に別状はないんだよ」

そう言ってルチアーノは困ったような顔になった。


「これは……」


ルチアーノの背には、ぐったりとし身動きする力を失ったカリナがいたのだ。

彼女の顔は青白く、閉じられた瞼が微かに震えるだけだった。


続いて現れた戦士たちもまた、傷だらけだった。

グンマ―伯爵の息子である騎士ハルトヴィンは左腕を失い袖が揺れている。血で硬くなった布がその下にある傷の深さを物語っていた。


ソラン神官の片目は白い包帯で覆われ、杖を頼りに歩いていた。その表情には疲労が滲みつつも、使命を果たした者の誇りが見え隠れしていた。


甥であるキヴァは最後尾を守っていたが、鎧に刻まれた無数の傷跡をそのままにしていた。


唯一の民間人である、ふざけた男が、疲労と栄養不足で悪くなった顔色のまま言った。


「これで今回の仕事は終わりってことでいいんでしょうねー、陛下」

陛下と呼ばれたルチアーノが答える。


「王都に帰るまでが仕事だとか、誰かこの前言ってなかったか?」


「さぁ?まぁ、でも、日数分、追加の料金をいただくだけなので問題ないと言えば問題ないんですけどね。こちらは書く数字を増やすだけなんですよ」


「今回の仕事は、ここまででいいかもしれないな。お前の奉仕に感謝する」

ルチアーノはそう言うとにこりと微笑んだ。


「……貴族が使う奉仕って言葉には嫌な響きがあります。無償か何かと誤解があるといけませんので、報酬について互いに合意したことをもう一度繰り返しましょうか。びっくりするくらいたくさんの金貨はもちろんですが、温かいスープ、焼き立ての肉とパン、美味いワイン、あと熱い風呂。美しい女性つきの、上品な寝室とか、色々約束させていただきましたが、まず、その一部は今すぐにでもお支払いいただきたいのですけど、いかがなもんでしょうかね」


それを聞いたルチアーノは笑って、ラーズロに言った。


「そんなわけで、苦しい旅のせいでそこにいる民間の男性から、ちょっと高い買い物をする必要があったんだ……申し訳ないんだけど、少し支払いを手伝って欲しいんだよ。しかし、まぁ、内容のほとんどについて、自分もみんなも同じものが欲しいと深く同意しているのだけどね。とにかく、まず、ちょっと休みたいんだよ」


それを聞いたラーズロは、すぐに部隊を出発させ、準備してあった休息のための野営地へ向かった。



ほどなくして王都に戻ったルチアーノを家臣も領民も温かく迎えた。


闇の魔術師との激闘で、魂の器を壊してしまったカリナも王都のルチアーノ王直々の祈りと神官達の手厚い治療により、以前のような大きな魂ではないものの、普通に生活するには問題のない状態に回復することが出来た。


共に旅をした、キヴァやハルトヴィン、ソランたちは大きな褒賞と栄誉を受けた。

特に王都の領民であるケニスという男は斥候として大きな貢献をしたとのことで、褒美として本人が腰を抜かすようなたくさんの金貨をもらっただけでなく、一躍貴族に取り立てられ、王の相談役となり、ルチアーノの仕事を手伝うこととなった。


こうして王国に正しい王が戻り、悪魔の脅威を退けた王国は平和になるかと思われたが、そううまくはいかなかった。


ここ数年、大きな敗戦の傷を癒すために鳴りを潜めていた獣人たちが、王国の内戦を知り、またも部族が集結し大きな戦いを仕掛けてきたのだ。


ようやく王都に帰り着いたルチアーノ王は、玉座を温めるいとまもなく、自ら諸侯を率いて迎撃し、無事退けることが出来た。


しかし、新王には試練が続き、その翌年から王国を水害、風害が襲い民を苦しめ、その対応に追われることとなった。


それだけではなく、王になって三年目には、西国の沿岸が隣国の海賊に襲撃されているという情報が入り、ルチアーノは軍を率いて西へ向かい、迎撃の指揮を行うこととなった。


実はこの海賊は隣国の正規兵が偽装したもので、弱体化した王国を侮って略奪を行う者たちであったのだ。彼らは狡猾で、奇襲を重ね、なかなか撃退することが出来なかった。


そして、西で海賊撃滅の指揮を執る王の不在をついて、中央に残っていた将軍派の残党が、隠されていた将軍の遺児を担ぎあげ、背いた。


彼らは、王都陥落を狙い進軍したが、この時はカリナが果敢に防戦の指揮をとり応戦し時間を稼ぐ間に、東国諸侯の援軍が間に合い、辛くも王都陥落は免れたものの、王国中央部はまたも内戦状態となったのだ。

この時に一番先に救援に駆け付けたのは、遠くグンマ―からやってきたハルトヴィン率いる騎士たちで、その功でグンマ―伯爵は侯爵となった。


西国の海賊襲撃は続き、ルチアーノは幾度も戻ろうと考えたがそれをこらえた。


その中央の騒乱は、王都を守るカリナが踏ん張り、タリアの父であるダグラス伯爵が西の諸侯を率いて戻ることで均衡が崩れ、新王派へ流れが傾いた。

この時ダグラスは西の諸侯を率いて敵軍を打ち破った功績で侯爵となった。


しかし、結局、中央が再び完全に平定されるのは、海賊襲撃を撃退したルチアーノ王が帰還するまでの間続き、三年もの時間がかかることとなった。


それが終わると、またもや東国が冷害となり作物が収穫できず、飢饉の危機となったところで、獣人が軍をまとめて侵入を始める。


西からの援助の食料を運びつつ、ルチアーノ王はまたもや迎撃のために東へ軍を率いて向かうこととなった。


ルチアーノの治世の最初の十年は、厳しく激しい試練となったのだ。


普通の王であれば、これほど災害や戦争が続けば、臣下や民の心が離れてしまっても不思議ではない。


しかし、ルチアーノ王の治世は違った。


彼は歴代最強と謳われる聖騎士としての圧倒的な武力に加え、生まれ持った明るさと朗らかな性格、そして公平さで人々を引きつけていた。


特に騎士や兵士たちからの支持は絶大であり、彼らはどんな困難な戦いにもひるむことなく突撃していく命知らずの軍勢だった。


なぜならば、ルチアーノ王は軍にいる間、常に兵士たちと共に過ごしたからだ。

彼は朝、日の出よりも早く起きて朝日に向かい兵士たちの無事を祈り、夜は誰よりも遅くまで起きて最下級の兵士たちと同じ釜を囲み、同じ食事を共にした。

ルチアーノは、幼いころ貧困の中で育ったのでそういったことをまったく苦にしなかったのだ。


そして、いざ戦いとなると、彼は軍に神の加護を授け、自らは黄金の光をまとい、敵陣を切り裂いて進んだ。


また、神官でもある彼は、戦いの後には兵士たちの傷の治療にも自ら加わった。

特に重傷を負った名もなき兵士を抱きかかえ、一晩中祈りを捧げて命を救ったという話がいくつも語り継がれている。


一度でも彼と時間を共にした兵士たちは、みな彼を心から慕うようになるのだ。

強力な兵士を手中に収めたルチアーノは、王国の運命をしっかりと守り続けることができたのである。


ところで、数々の試練を潜り抜けた国民に敬愛される王には悩みがあった。

それはタリアのことであった。


教師であり、母であり姉であり、友であり、初恋の、最愛の女性で、自らの筆頭侍女であったタリアセレステの行方が分からないのだ。

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