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第53話 紹介状

カリナは森を駆け抜けていた。


大きな道や人里を避け、木々の間を縫うように進むその姿は、まるで風そのもののようだった。

朝から晩まで風の魔法を用いて走り続けるカリナは、一日で驚くべき距離を進んでいった。


向かう先は西国有数の大国、ビッグワイドランド伯爵領──タリアの故郷だった。


(まずはタリアのお父様に会う……そのためには、ヴィクトール先生の助けが必要だわ)


彼女の頭の中にはタリアから受け継いだ記憶が浮かんでは消える。

西国の諸侯を動かすための手がかりが、その記憶の中にあることを、カリナは知っていた。


いくつもの森を抜け、険しい山を越えたカリナは、ついにビッグワイドランド伯爵領へたどり着いた。


遠くには伯爵城が見え、その周囲には兵士たちの野営が広がっていた。集結した兵士たちは、戦の準備を進めている様子であった。


人目を避けながら城下町の奥へ進むと、タリアの記憶を頼りに目指していた古い屋敷を見つけることができた。


そこは、学者のヴィクトール・グリンスキーが隠棲している家だった。


カリナは旅の汚れをそのままに、意を決して玄関の戸を叩いた。

奥から小さな足音が聞こえ、やがて女性が顔を覗かせた。


「ごめんください。月の神官のカリナと申します。ヴィクトール様にお取次ぎいただけないでしょうか」


「はーい!おじいさまー、お客さまよー!」


彼女の声に応えるようにして、杖をつきながら現れた老人は、長い髭をたくわえ、威厳のある瞳を持つ人物だった。タリアの記憶に残るヴィクトール・グリンスキーその人だった。


記憶よりも老け込んで見えたがまだまだ元気そうであった。


「それで、神官がわしに何の用じゃ?」


カリナは深く頭を下げた。

「ヴィクトール様。東国からお願いがあり、お伺いしました」


「なんじゃ、願いとは?金ならないぞ、希望もない。この国にはな」


「……わたくしはタリアセレステ姫からの伝言を預かり、それを伯爵に届けるために参りました。どうかお力をお貸しください」


ヴィクトールは驚いた表情を浮かべた。

「なにい!タリアがまだ生きているというのか?まことか?!」


「はい、生きておられます。そして、これはタリア様から直接託されたものです」


そう言ってカリナは小さな紙片を差し出した。

それはタリアの村で手に入る限りであった粗末な紙に、びっしりと文字が書き込まれていた。


ヴィクトールは紙をじっと見つめ、しばらく無言で考え込んでいた。


「タリアからの手紙だ……だが、これが本物である証拠はあるのか?」


カリナは毅然とした態度で答えた。


「証拠はありません。ですが、私は、あなたがタリア様に教えたことを教えてもらったので、その話が出来ます」


カリナはヴィクトールの視線を受け止めるように深く息をつき、静かに語り始めた。


カリナは、タリアの魂の記憶だけでなく、実際にタリアから教えられ、身の内に刻まれたことを語り始めた。歴史の話、政治の話、商売の話、様々なことをタリアは学んでいた。

ヴィクトールは話が上手で、タリアは彼の授業が大好きだったのだ。


そして、その中でも特に重要なことを話した。


「タリア様は、先生の教えだとおっしゃっていました。『貴族は生まれながらにして尊いのではありません。その身分で、民や国のために尽くすからこそ、尊いのです』と」


それは、生まれや血統を至上とする貴族社会では到底受け入れがたい異端と言える内容であったが、ヴィクトールはそれを大貴族の娘であるタリアに伝えていたのだ。


ヴィクトールは、神からの啓示を受けてタリアの教師となったときに、彼はなぜ自分が選ばれたのかを自問し、自分の考えるすべてをタリアに託すことが神の心に沿うことだと結論したのだ。


そうして、ヴィクトールがタリアに授けた言葉は受け継がれ、いま、目の前の女の言葉として自分の元へ戻ってきた。


ヴィクトールは静かに眉を動かし、カリナを見つめた。その眼差しには、かつての教え子を思い出す懐かしさがあった。


「……その言葉は、確かにわしがタリアに教えたものだ。だが、今の貴族社会でそれを声高に言う者はいない。ましてや、行いを伴う者など、さらに少ない。お前さんはそれをどう思う?」


「……正しいと思います」


ヴィクトールは目を細め、腕を組んだ。

「そうか。そう言ってくれるか。だが、その価値観は、今の貴族たちには毒のように受け入れがたいものだ。タリアはその苦しみを知っていたはずだ」


「ですが、タリア様はわたしと、ルチアーノにそれを教えました。二人に刻まれております」


ヴィクトールは深いため息をついた。

「そうか、そうか。よかろう。タリアが生きていて、この手紙がタリアからのものだということを信じよう……そして、手紙を信じるのであれば、あなた様はカラディア王女であられますな」


「あなたの生徒の生徒です。カリナとお呼びください」

そう言うと、貧しき神官の姿ではあったが優雅なカーテシーを見せた。


「カリナ……伯爵に会うための紹介状を用意しよう」


ヴィクトールは古い机から紙を取り出し、やわらかな筆致で文字をしたためた。それをカリナに手渡しながら、深い眼差しで彼女を見つめた。


「伯爵は、いま、この領にはいない。ここより西、ロングゲイト侯爵領の諸侯会議に行っている」


老人は付け加えた。

「あなたの祖父の城じゃ」


カリナは感謝の言葉を述べ、ヴィクトールの屋敷を後にした。


(タリア、ルチ、待っててね……)


森を抜ける風が彼女の足を速めるように吹き付け、カリナは旅路を急いだ。

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