第49話 星を授ける
ルチが旅立った後、タリアは放心したように日々を過ごしていた。
アルボをそばにおいてぼんやりと過ごすことが多くなっていた。
村人たちは、ルチが去った後、タリアがあまり体調が良くなさそうにしていて元気が無いのを見て胸を痛めていた。
彼らはタリアを力づけようと、甘い果物を持ってきたり、子供たちをタリアの近くに寄せて楽しませたりしてくれて、そういう時はタリアも嬉しそうに笑ってくれたが、やはり、時折、悲しそうな顔をしていた。
春になると村にも、東国の諸侯たちが戦争を始めるという噂が聞こえてきた。
王国の前王の息子ルチアーノ王子が東の国に現れ、王都に攻め入る兵を募っているらしい。
そして東の諸侯たちは団結して彼の呼びかけに応じるのだという。
なんでも、前王と王妃は現王とその父の将軍の手によって殺され、王子は心ある者の手引きで逃げ延び、今までメンストグロッド侯爵のもとで庇護されてきたそうなのだ。
ルチアーノ王子は、なんと太陽の女神アリエラの直接の加護を受けた聖騎士で、強力な魔法を使い、まだ若いのに獣人との戦いで大きな武功を上げたそうだ。
そして、その武勇と知略に感服した東国の諸侯たちは、彼の前に膝をつき、彼のために王座を取り戻す戦いを始めるのだという。
今、東国のすべての地で、西の王都へ攻め込むための兵を大規模に募集しているらしい。
タリアの村でも何人かの若者が軍に行くかどうか迷っているという話が出ている。
この一年で軍備が進み、おそらく来年には西の王都へ向かって軍が進むだろう。
タリアは村でその様子を見守っていた。
そうして、一年が過ぎ、次の春になるとルチアーノ王子が東の諸侯を率いて軍を発進させた。
その軍勢は五万とも十万ともいわれた。
そして夏が始まり西のほうで最初の小競り合いが始まったころ、梅雨の雨が降り続けている中、カリナがタリアの家へ戻ってきた。
「タリア!」
裏庭の畑をいじっていたタリアとアルボを見つけたカリナが駆け寄ってきた。
「カリナ……修行を終えたのね、大きくなったわね」
カリナは少女から大人の女性へと変わる途中で、会わなかった三年で手足が長く、均整の取れた美しい姿になっていた。
「うん、終わったよ、タリア、ああ……タリア」
カリナはタリアを抱きしめた。
「こんなに、やつれてしまって……どうしたの、タリア、ちゃんと食べているの?」
「うん、大丈夫よ、カリナ。もう少しだから大丈夫なの。ここへ来たってことは、わかっているんでしょ」
「……うん、大体のところは神殿で教えてもらったよ」
「私の中にある、セレネリア様の魂のかけらをあなたへ授けるときが来たのね」
「……」
「ずっと、この時を待っていたのよ。よかったわ。本当に。あなたの中にすでにあるセレネリア様の魂のかけらと、これから渡す魂のかけらを合わせれば、あなたは完全な力を持つ月の巫女になるのよ。それが、これからのあなたの務めに必要なものなの」
そう言ってタリアは細い腕でぎゅっと強くカリナを抱きしめた。
「つとめの話は、わかっているわ。頑張る。でも……タリア、その……大丈夫なの?心配なの。魂のかけらを私に渡したら、あなたの魂はどうなるの?」
「……もちろん大丈夫よ、なんともないわ」
「でも、でも、あなたは無理していると聞いたわ。一昨年の戦いで死にそうになったって……タリアの魂は壊れちゃうんじゃないの?そんなの、私もルチも嬉しくないわよ。あなたがいないなんて耐えられない。そんな勝利なんて意味がないわ。ねえ、タリア、本当のことを言って。本当に大丈夫なの?」
「ありがとう、カリナ、嬉しいわ。でも、本当に大丈夫なのよ。セレネリア様の魂のかけらは、私の魂とは別なの。魂の器の中に入っているけど、全く別のものなのよ。それを取り出して、あなたの魂の器に入れるだけ。ただ、私の魔力は今よりずっと少なくなるのは間違いないわ。だから、これまでのようにたくさんの魔法を一度に使うようなことはできなくなると思う。でももう大丈夫よ。あなたたちは一人前になったし、獣人も攻めてこない。誰とも戦うことは無いから、大丈夫よ、カリナ」
「……そう、そうならいいわ、タリア。よかった。タリア、忘れないでね、あなたが私とルチのたった一人の家族なんだから、お願いよ」
「わかっているわ、愛しているわ、カリナ」
「タリア……」
二人は互いを抱きしめ合った。
そのひそかな儀式は夏至の前の満月の晩に行われた。
森の中の月が見える小高い丘の上で、二人は向かい合う。
タリアが月の女神セレネリアに祈りを捧げると、胸の前に美しく光る星が現れた。
それは二十八年前、タリアの母エレノアが天から授かった光だ。
その光を、カリナの胸へ捧げると、静かに吸い込まれていった。
カリナは自らの魂の器にその光が沈むのを待った。
「ああ、タリア……すごいわ。こんな力が……すごい。それに……タリア、ああ、タリア」
カリナは、タリアを強く抱きしめ、泣いてしまった。
タリアからもらった魂には、タリアの記憶や気持ちもすべて刻まれていたのだ。
それによって、カリナはいままでのことをすべて知り、タリアがこれからしようとしていることを理解し、それに対するタリアの強い意志と覚悟をも知ってしまった。
「……カリナ、ルチには内緒にしてね」
ぽつりとタリアが言うと、カリナは力なくうなずいた。
カリナはうなずくと涙が落ちた。
「……悪魔を探し出すのね」
「そう。おそらく、ハイランドの導師たちが手掛かりを持っていると思うわ。そこへ行ってみる」
古の聖なるルミナリアの伝説では、彼女が神の力を借りて魔導士を討ったのは、邪悪な魔導士が強力な悪魔を召喚しようとしていたからであった。
ひとたび悪魔が地上に解き放たれてしまえば、神々でもどうすることもできず、王国は征服され、人々は奴隷以下の血と肉を提供する家畜となり果ててしまうのだ。
姉妹神がルチとカリナを地上へ遣わしたということは、悪魔の召喚をたくらむ邪悪な魔導士がいるはずなのだ。
将軍が魔導士を使って国を支配しようとしているのか、それとも魔導士が将軍を操っているのかはまだわからないが必ず探し出さなくてはならない。それこそがタリアの最後の使命となるのだ。
必ずいる。
星も月も、悪魔を呼び出そうとしている魔導士がいるのかどうか示すことができない。
それは魔導士によって巧妙に隠されていて、しかし、隠されているということ自体が、かえってその存在を証明しているのだ。
「タリア、お願いよ。気を付けてね」
「わかっているわ。ありがとう。カリナの力を借りることになると思うわ」
「もちろんよ。その時は必ず駆けつけるわ」
「カリナ、あなたもしっかりね。将軍は強いわ。ルチを助けてね」
「わかったわ。私はルチに会いに行ってもいいの?」
タリアは首を振った。
「いいけどまだ駄目よ。ルチとは王都で再会して。あなたはこのあと急いで西に行かなくてはいけないわ。あなたのおじい様のロングゲイト侯爵、王妃様のお父様に会いに行くのよ。そして西の諸侯をまとめて東に攻め上るの。ルチの率いる東の諸侯と、あなたが率いる西の諸侯とで将軍派を挟み撃ちにするのよ」
「……私にできるかしら」
「大丈夫よ、あなたのおじい様である侯爵がきっと力を貸してくれるわ、それに私の父もきっと。もう星は集まっているのだから」
「私は、その……王家のカラディア・アルトスペツィオだという証拠が何もないわ……大丈夫かしら……おじい様たちは私のことを信じてくれるかしら……」
「そのことなら絶対に大丈夫よ」
「どうして?」
美しい眉をひそめ怪訝そうな顔をするカリナ。
「だって……」
そう言ってタリアはカリナを両腕で抱きしめ、涙をこぼして言った。
「だって……カリナ、あなたは亡くなった王妃様、セルビナリカ様にそっくりなんですもの。目も口も、声も……絶対に大丈夫よ……」
誇り高く、最後まで国を守り、子供を守ろうとした王妃のことを思い出し、タリアは涙がとめどなく流れた。そんなタリアを抱きしめ返してカリナも泣いた。
「カリナ、あなたの顔は見る人が見れば、そうであることがわかってしまうから、味方だけでなく敵にも注意するのよ。王都に近いところや西では、特に気を付けてね」
カリナは夏至の夕方に旅立った。
西の山に沈む夕日に向かうカリナに、タリアは旅立ちの儀式をした。
天高く輝く月の女神セレネリアよ
旅立つ彼女に守りを与え給え
彼女が闇に迷わぬよう光を授け給え
彼女に道を進む勇気を与え給え
彼女に立ち上がる癒しを与え給え
彼女に同じ道を行くよき友を与え給え
彼女が行く道を愛の光で照らし給え
彼女が無事に帰り着く日まで、どうか加護を与え給え
最後にタリアが背を叩き神気を注ぐと、カリナは振り返らずに無言で西へ歩み始めた。
カリナとは最後にもう一度会える。
その時はまだ先だが、もうあとわずかでもあった。




