第48話 夜明け
タリアはルチに返事が出来なかった。
ルチの気持ちはとても嬉しい。
しかし、困る。
これから王となるための戦いに身を投じる青年にとって、タリアの存在が負担になることが明らかだったからだ。
「タリア。必ず王になるから、力を貸してほしい。タリアにそばにいて欲しいんだ」
ルチの真っ直ぐな言葉が胸を打つ。
タリアの心が歓喜びと悲しみで満ちていく。
こんなにも真剣に自分のことを求めてくれる、大人になったばかりの強く美しい若者を拒絶しなければならないのだ。
「ありがとう、嬉しいわ、ルチ。でもだめなの」
「だめ?なぜだい、タリア。僕は、男として駄目ってこと?」
「ちがうわ、そうじゃないの。ルチ。……私もあなたを愛しているわ。でも、一緒にいられないのよ」
「……なぜだい?どうか教えて欲しい」
「わたしには、あと三つ、しなければならいことがあるの。この村で二つ、違う場所で一つ。それを果たさなければならないの。だからダメなの」
「しなければいけないことって何?誰がそんなことをタリアに命令してるの?」
「月とか、星とか、あと夢だったり。昔からずっとそうなの」
「……僕も手伝うよ、いいよね」
「一つは、その…手伝えると思うわ。でも、あとの二つはだめなの」
「それはいったい何?」
ルチは真剣だ。
「手伝えるのは、ルチのこと」
「僕の?」
「そう……ルチは春までいてくれるって言ったけど、冬至の日を、将軍を倒す旅への出発の日にして欲しいの」
「それにはどんな意味があるの?」
「儀式をするのよ。アリエラ様だけでなくて、すべての神様も、精霊も、みんなあなたの味方をしてくれるようになるの。冬至は、一年で最も昼が短い日だってことは知っているでしょ。その日、子供時代を過ごしたこの村を出ていくことは、あなたの人生においての夜明けの象徴となるのよ。あなたはこの国の太陽なの。東から空に登り、国中を照らすようになるのよ」
「……」
「すべての神々があなたの旅立ちを待っているの。精霊も、神官達も国を憂える魔導士たちもみな、あなたが空に登るのを待っているの。もうすぐなのよ」
「……」
「わたしはそれを手伝うことが出来て、本当にうれしいのよ、ルチ」
「じゃぁカリナは?」
「カリナは月よ。あなたは、太陽の化身で、月の女神の祝福を受けるの。カリナは月の女神の化身として太陽の女神の祝福を受けるの。あなたたちは、この国を救うために、二人の姉妹神がこの世に贈ってくれた宝物なの」
「救うって、将軍を討つってこと?」
「うん、それもあるけど、それだけではないのよ」
「他になにかあるの?」
「おそらく、あるわ」
「おそらく?それは何?」
「今はわからない。でもあるの。それに備えなくてはいけないわ。言えないことっていうのはそのことなの」
「……」
「ルチ、ごめんね」
最後にぽつりと、タリアは告げた。
「タリア……」
ルチはタリアを背中から包み込むように抱きしめた。
「ルチ…」
タリアは、抱きしめられる感覚にしびれてしまいそうだった。
「タリア、ありがとう。僕、待つよ」
「待つ?」
「うん、タリアが使命をすべて果たすのを。果たしたら、終わりなんでしょ?ずっと一緒にいてくれるんでしょ?」
「……」
理屈ではその通りである。しかし、おそらく最後の使命は命を懸けることになり、その勝算は高くないのだ。だがそれをルチに伝えることはできない。
それを伝えれば彼は全力でタリアを止めたり、ついてきて手伝おうとするだろう。それでは本末転倒なのだ。
すべてタリアがルチのために行うことなのだから。
「ルチ……ありがとう、嬉しいわ。わかったわ。もしも、無事にすべての使命を果たすことが出来たら、その時は必ずあなたに会いに行くわ」
「本当に?」
「ええ、本当よ。愛しているわ、ルチ」
「タリア……愛しているよ」
それから、二人は秋を村で過ごした。
ルチは、別れが近いことを告げられたので、これまでより一層、タリアに尽くした。
タリアの世話を焼くことが嬉しくて仕方ないという様子だった。
また、アルボともだいぶ仲良くなったようであった。
狩人のおじさんは、タリアの期待したようにアルボを鍛えてくれてはおらず、逆に、今まで以上に甘やかしてしまったのか、毎朝、朝ご飯をねだる顔なめは激しくなっていた。
ただし、その第一の標的をご飯係りのルチに変えたため、タリアは、ご飯を食べた後に、あいさつ程度の顔なめとなったのは幸いだった。
ルチはアルボともウマが合うようで、二人と一匹の生活は楽しいものになった。
ルチの毎朝の祈りで、タリアの魂はだいぶよくなって、頭もはっきりして、物事を理論立てて考えることもできるようになったが、まだ、簡単な魔法をほんの少し使うことがやっとであった。
安らかな日々は過ぎ冬となり、いよいよ明日が冬至、という日になった。
ルチはすでに村人たちに別れを済ませていた。
夜が明けぬ早朝に旅立つ。
前日の一緒に過ごす最後の夜に、タリアは、ルチに体を洗って、太陽神の神官として沐浴を行うように指示した。
そして、アルボを一晩だけということで狩人のおじさんの家に泊まらせた。
「どういうこと?」とルチが聞く。
「儀式を行うのよ」
「儀式ってなに?」
「それは……その……」
月の女神の祝福と加護をルチに与えるために、タリアはルチと結ばれる必要があった。
タリアの中に眠る月の女神セレネリアの魂のかけらとルチの中に眠る太陽の女神アリエラの魂を喜びの中で引き合わせるのだ。
「……」
「なに?どうしたの?タリア、変だよ」
本当は真っ暗にしたかったのが、小さく寒い家なので火を消すことは無い。
揺れる明かりに浮かぶルチのたくましい肉体の影を見ることが出来ず、タリアはほとんどの時間を目をつぶって過ごした。
翌朝、日が昇る前の一番深い闇の中、たいまつの炎を持ったタリアは、放心したようなルチと、それを怪訝そうに見やる彼の馬と共に、村のはずれまでやってきた。
儀式の作法により、この朝はここまで口を開くことは無かった。
タリアはルチを道の真ん中に立たせ、村に背を向けさせ、たいまつを道に置いた。
タリアは美しい声で歌うように祈りを捧げた。
「天高く輝く月の女神セレネリアよ、旅立つ彼に守りを与え給え」
「彼に道を進む勇気を与え給え」
タリアは、手のひらで彼の背をたたいた。神気を与えるのだ。
「彼に立ち上がる癒しを与え給え」
背を叩いた。ルチは黙って受け入れた。
「彼に同じ道を行くよき友を与え給え」
タリアの声が震えた。もう少しで終わりだというのに。ルチの背を叩く。
「彼が行く道を愛の光で照らし給え」
「彼が無事に帰り着く日まで、どうか加護を与え給え」
最後、こみ上げるものが邪魔をして、声が震えてしまったのをそのままに、ルチの背を叩き神気を注ぐ。
作法により、ルチは言葉を発さず、馬を引いたまま振り返らず進む。
こらえきれず、タリアは道にうずくまり声を出さずに泣いていた。
これが彼を見る最後だとわかっていたのだ。




