表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/67

第47話 わたしちょっとけっこう年上なんですけど



ルチは獣人の軍を撃退した直後、急ぎ砦へと向かった。

砦でタリアが危機を迎えているかもしれないのだ。


ルチは数日前にリヴァゲイト城で侯爵に仕える占術官から驚くべき(きざ)しを知らされた。


その占術官の見立てでは、グンマ―伯爵領を覆う無数の赤い星に抗う星たちがあり、その中でタリアを示す星に衰亡の(しるし)が現れているというのだ。


いままで、占術官はタリアの星を見つけることが出来なかったが、近ごろ急にそれが見えるように判明したらしい。


タリアの星。

それは天に座す王の星の横に寄り添い守る、慈愛と奉仕の星。

王を助ける星が、役目を終えるかのように力を失いつつあるという。


原因は、おそらく獣人の襲撃である。

無数の赤い星とは獣人を示している。

いま、グンマー領は獣人の北からの襲撃に対抗し激戦が続いているという。


それを聞いたルチはいてもたってもいられず、すぐに侯爵に願い出て、北へ行くことを告げた。


侯爵は、ルチが城で暮らし始めてから四年の間、日々修練を積む姿を見て、情を持ち、今では家族のように信頼を寄せる存在だったため「タリアセレステ姫を救いに行くか。わが家の恩人だ」と、ためらうことなく五百の精鋭をつけてくれた。


それを知ると侯爵の息子キヴァが同行を申し出た。

ルチと同い年のキヴァはこの数年間、共に修練をして馬を並べ何度も同じ戦場で戦った親友である。


ルチとキヴァは、その才能を発露させ、強力な魔法剣を使う戦士として無数の獣人を打ち倒すまでに成長していた。


一人息子が獣人の攻め寄せる危険な場所に行くことに、侯爵はあまりいい顔をしなかったが、キヴァの決意とルチとの固い絆を見て、最も信頼する実弟のラーズロを同行させることを条件に、それを許した。


こうして、ルチ、キヴァ、ラーズロの三人は兵を率いて北へと急行したところ、ちょうど、グンマ―伯爵が発した救援要請を持った使者と出くわしたため、目的地を北の砦に定め、行軍を急がせた。


グンマ―伯爵と合流したルチは、はやる気持ちを抑え、指揮に従い、伯爵と共に獣人軍を打ち破った。


(タリア!無事ていて!)


しかし、ルチが到着した北の砦で目にしたのは、ベッドに横たわり、まつげ一本動かさないタリアの姿だった。


かろうじて、命は残ったという状態であった。


神官たちが手厚く看護していたが、魂が壊れ、心が漏れ出してしまい、手の施しようがないと言われた。


「獣人の攻撃を防ぐため、一晩中結界を張り続けた結果、彼女の魂の器が砕けてしまったのです、とても強い魔法でした」


神官の説明を聞いたルチの胸に、痛みが広がった。


呆然とするルチのそばにグンマ―伯爵と、息子のハルトヴィンがやってきて、()()()()は、軍の壊滅を防ぎ、伯爵とハルトヴィンの命を救っただけでなく、この北の砦を二度も守ってくれたと言った。


もしもこの北の砦が陥落し、凶暴な獣人千体が砦に居座るようなことになれば、グンマ―領はおろか、東部全域が獣人に侵されることになっていたのだということを教えてくれた。


「彼女のためであるなら何でもしよう」

伯爵はそう言ってくれた。


「タリア……、大丈夫。きっと治すから」

彼は震える声でそう語りかけると、決意を胸に太陽神への祈りを捧げ始めた。


その祈りは、ソラン神官から伝授された秘密の祈りであった。

太陽の女神アリエラの生命の輝きを与える、魂を癒す光の秘術である。


だが、すぐには治らない。

少しずつ、なんどもなんども繰り返し癒しを与えなくてはならないのだ。


長くかかる。

しかし、それでもルチは、タリアが治るまでここを動く気はなかった。


そのことをグンマ―伯爵、キヴァ、ラーズロに告げると、快く、滞在を許してくれたし、伯爵はあらゆる便宜を払うと言ってタリア専属の従者をつけてくれた。


そして、伯爵、ラーズロはそれぞれ軍を引き連れ戻って行った。


それからルチは毎朝、日の出とともにタリアのそばで太陽神の特別な癒しの祈りを捧げた。

ルチは毎日、心の底から祈り続けた。


彼は祈るだけでなく、出来る限り看護もした。

タリアに水を含ませ、粥を口に運ぶなど献身的に世話を続けた。


男ではできないことだけは女の召使に任せながらも、自分にできる限りのことをする姿に、砦の人々は彼を敬意の目で見るようになった。


冬が終わり春が過ぎ、夏が始まるころ、ようやくタリアは薄く目を開けた。


タリアは夢を見ていた。


ねているだけ。おきると天井を見てる。まいにち、だれかが水をのませてくれる。なにかたべさせてくれる。そうしてまたねる。ずっとそんなかんじ。いつも、おとこのひとがいのってるのが見える。あたたかい……


彼女は毎日同じ夢を見ていた。それが少しずつ覚めるにつれ、祈りを捧げてくれている男性がルチであることに気付いた。


ある朝、いつものようにルチがタリアを抱き起し、水を飲ませようとしているとき「ルチ……」と、小さなか細い声でタリアが彼の名を呼んだ。


ルチは驚き微笑んだ。

「ああ、タリア。目が覚めたんだね。よかった」


だが、すぐにタリアはまた眠ってしまった。

それでも、確実に回復していることを感じ、ルチは涙を流し、心から喜んだ。


その後もルチは、タリアが少しずつ体力を取り戻していくのを見守り続けた。


タリアがベッドで起き上がれるようになり、少しずつ話もできるようになってくると、彼は色々なことを話した。


リヴァゲイト城での暮らしのことや勉強したこと、友人のことなど。

その大部分をタリアは理解できていないようだったが、それでもよかったのだ。


「ねえ、ルチ……あなた、ずっとここにいてくれるけど、いいのかしら?なにかたいせつなようじがあるんじゃないのかしら」


タリアが問いかけると、ルチは優しく答えた。


「いいんだよ、タリア。ぼくの用事は後でいいんだ。だから、君が元気になるまでずっとここにいる。何も心配はいらないよ」


夏が終わる頃、タリアは考えもしっかりして、言葉も明瞭になり、自力で着替えができるほどに回復した。


彼女の魂は確実に癒されていたのだ。


タリアが動けるようになるとルチは提案をした。


「ねえ、タリアここではなくて、城へ行こうよ。リヴァゲイト城はここより南で秋も冬もずっと過ごしやすいんだよ。どうかな」


「ありがとう、ルチ。でもだめなの」

「だめなの?どうしてかな」

「村にいなくちゃいけないの。わたしはあの村であと二つやることがあるのよ。だから村にいなきゃダメなの」

「そうなんだね、わかったよ。じゃぁ村にいこうよ、バッハドルフ村は四年ぶりだ」

「ルチもいくの?一緒にいていいの?」

「うん、大丈夫だよ、村に行って過ごそう」


ルチの馬は立派な牡馬で、ルチとタリアが二人で乗っても軽々と駆けることが出来るようだった。

ルチはタリアを前に乗せ大切に後ろから抱きかかえるように馬の手綱を取った。


村人たちは、春になっても帰ってこないタリアを心配していたが、彼女がルチと一緒に戻ってきたことを見て大喜びし、彼からタリアが『少し具合が悪い』という説明を聞くと、これまで以上に優しく接してくれた。


タリアとルチは、狩人のおじさんの家から帰ってきたアルボと共に村での生活を始めた。


ルチは、まだあまり動けないタリアの代わりに、家の家事を行い、献身的に世話をした。


力仕事だけでなく、食事を作り、掃除をし、タリアに代わって神官の仕事もした。


太陽神アリエラの流儀ではあったが。


村人たちは葬式も結婚式も、急に月の女神から太陽の女神の作法に変わったのだが、小さなころから知っていたルチが大きくなって神官になったことを喜んでいて、まったく気にしないようだった。


タリアは、毎日のルチの癒しの祈りで、さらに回復してきた。

魂の傷が癒え、心が満ちてくると感情が戻ってきたのだ。


すると、困ったことが起こった。


タリアはルチを意識するようになってしまったのだ。


ルチに毎日抱き起され、食事を食べさせてもらっていたり、体力回復のために二人で行く散歩もルチがぴったりと体を寄せ腕を組んでいる。


ついこの前までは、普通であると思っていたことが普通であると感じることができなくなってしまうということは、よくある普通のことなのだろうか。


タリアはまだはっきりしない、元は明晰であった頭で考えたが、答えがでず、混乱するばかりであった。


起きてから寝るまでタリアに寄り添うルチはもう十六歳となっている。


彼の身体はもう大人そのものだったし、騎士としての厳しい訓練の成果か、胸も厚く腕も太くなっていた。


彼の王妃様に似た形の良い口元は、タリアを見つめるときにかすかに微笑み、それがタリアをどきどきさせてしまうのだ。


(だめよ、だめ。これはいけない)


タリアは侍女で保護者なのだ。

王妃に命じられた筆頭侍女なのだ。

セレネリアから命じられた王の星に生まれた彼の守護者で保護者なのだ。

タリアには果たさなければいけない使命があるのだ。

そういう目で彼を観てはいけないのだ!


……それに何より、タリアは彼より九つも年上だし。

……彼はいずれは王になるし。

……きちんとした家の若い令嬢と結ばれなくてはいけないのだし。

……タリアにはやらねばならぬ使命も残されているし。

……筆頭侍女だし。

……守護者なのだし。


彼のことを考えるといつもおかしな気持ちになってしまうようになってしまっていた。


おそらく、魂がまだ回復していないので感情が先走り、理性が足りていないのだろう。

タリアはそう自己分析していた。


ルチが近寄り胸が高鳴るたびに、そういうことを考えてはいけないのだと、湧き上がる気持ちを押さえつけていた。



そんなタリアの気持ちを無視して、ルチは、ますます近くに寄るようになっていた。


もう大丈夫だと言っているのに、タリアの食事を食べさせたがったし、彼の馬でタリアを前に乗せて出かける遠乗りをしたがった。


特に遠乗りは、彼が「心の回復のためには気分転換が必要なんだよ、タリア」としつこく言うので何度か行った。


それはずいぶんと楽しいものであった。


秋のある日、天気がいいからと、遠乗りに誘われたタリアは、またも了承してしまい、ルチと共に馬にまたがった。


彼の胸がタリアの背中に当たると、胸が締め付けられるように苦しくなる。

彼がタリアを抱くように手綱を握る腕が、タリアに触れるたびに抑えている心が吹き出そうになる。


なんとなく、無言が気まずかったのでタリアは無理矢理に質問をした。


「ねえ、ルチ、本当はいつまでここにいるつもりなの?」

聞きたくない質問であったが、このままではいけないのだ。

きちんとせねばならない。


「……まだ、もう少し。この冬が終わってから、春にはリヴァゲイト城に行こうと思っているんだ」


「そんなに遅くて大丈夫なの」


「うん、大丈夫。侯爵が、この一年の間に東部の貴族をまとめてくれているんだ。あと、グンマ―伯爵も北の貴族たちをまとめてくれている。来年になったら、西へ軍を出して、将軍と戦いを始めるんだ」


「そんな大切な時に……ここにいていいの?」


「うん。去年と今年でたくさんの獣人を退治できたんだ。グンマ―の北の砦でまとまっていた一番大きな獣人の部族を打ち倒したから、もう、少なくとも四、五年はこっちに手出しができないと思うんだ」


「そう……」


「だから、その間に、東部の軍をまとめて、そして、王都から将軍を追い出すんだ」


「ついに、いくのね……」


「東で、一番強くて味方が多いのは侯爵で、その次はグンマ―伯爵なんだよ。グンマ―伯爵は武勇と人柄で東部の北側の諸侯にとても尊敬されているんだ。その伯爵が、自分たちだけじゃなくて近隣の貴族をまとめて、必ず兵を出すと約束してくれたんだよ……それは、タリアのおかげだよ」


「ルチ……」


「来年、東の諸侯をリヴァゲイト城に集結させるんだよ。そして皆の前で僕の名前を明かすことになってるんだ。王家のルチアーノ・アルトスペツィオとして軍を起こして、僭称者ブランクシェルムを討つために西に行くよ」


そこでルチは言葉を一度切った。

そして一呼吸してから言った。


「すべてタリアのおかげだよ。タリア、ありがとう。愛しているよ、タリア」


「よかったわ、ルチ。そしてありがとう、私も愛しているわ、ルチ」


「……違うんだ、僕が言っているのはそういう意味じゃないんだよ、タリア。女性としてあなたを愛しているんだよ、大好きだよタリア」


タリアの耳元でそうささやいた彼の胸の鼓動が、強く早いことを背中に感じた。


ルチの腕は、いまはもうタリアを抱きしめている。

それは優しく、苦しいものであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ