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第42話 行軍

冷え切った大地に、北からの寒風が吹きすさぶ。


グンマー伯爵領の空は灰色の雲に(おお)われ、遠くに広がる山並みがぼんやりと(かす)んで見える。


村々は沈黙に包まれ、人々の間に重苦しい空気が漂っていた。

今年もまた、戦の予感が忍び寄っていた。


タリアがカリナと赤き城山で別れたあと、秋のはじめに伯爵領全土で兵士の募集が始まった。


この冬も獣人の大規模な侵攻が予測されたため、大きな危機感を盛った伯爵は、傭兵や志願兵だけでなく、各村から兵の徴募も行うことにしたのだ。


もちろんタリアの住む村も対象となり、五人の兵を出すことを余儀なくされた。

タリアはその知らせが届くと集会場に村人たちを集め、自分が兵として行くと告げた。


「タリア、そげん危ねぇところに行くこたぁねぇだよ!」

村の長老が懇願したが、タリアは静かに首を振った。


「神官であれば、普通の兵士十人分の数になるから、このあたりの集落から誰も軍に行かなくて済むわ。私が行くのが一番なのよ」


「そ、そげなこと言ったっで、よう。あんたが行っちまったらみんな悲しんじまう。村には他に若い男もいるし、あんたの代わりっちゅうたら喜んで行ぐだよ」


若者たちが声を上げた。

「おらが代わりに行ぐ!」「おらも行ぐ!」

若者たちは真剣なまなざしで大きな声を上げた。


その言葉には、強い覚悟が込められていたのでタリアは心が温かくなった。

しかしタリアは姿勢を正して答えた。


「この村へ来てから八年、もうすぐ九年となります。旅をしてきた私たちを快く受け入れてくださったこと、感謝しています。本当にありがとうございました。ルチもカリナも大きくなって修行に出たので、私はもう何も心配することは無いのです。これまでの恩返しだと思ってください」


タリアがそういうと、村人たちは驚き、皆が泣き出してしまった。村人も、他の集落の者たちも総出でタリアを止めたが、彼女の決意は固かった。


「それに、軍に行ったからと言って死ぬわけではありませんよ、必ず戻ってきます」


タリアはそう言ったのだが、この冬の獣人の攻勢はかなり厳しいという噂が領内に広まっていて、どの村でも兵士として選ばれ軍へ向かう若者は、もう生きたまま村へは戻れないとされ、村の英雄として送られることになっていた。


タリアがどうやっても意思を変えないことを知ると、村人たちは兵として旅立つまでのわずかな時間を、彼女が幸せに暮らせるように心を砕いた。


特に仲が良かった狩人のおじさんは、出来の良い燻製肉を贈ってくれたし、アルボの世話をすることを請け負ってくれた。


村の有志たちは丈夫な皮の材料を持ち寄り、彼女のために防具を作り始めた。


肩や胸、腰を守る皮鎧である。

それを作ったのは、もちろん本職の職人ではないし、時間もなかったため見た目は貧相で悪かった。しかし、その鎧は軽くて、とても丈夫で、動きやすい作りになっていた。


タリアはそれを身に着け、その動きを確かめると、心からの感謝を村人たちに伝えた。


鎧姿のタリアを見た村人たちはいつまでも泣いていたので「何度も言うけど、死ぬわけじゃないから、必ず戻ってくるから」と言って慰めた。



秋が深まり、色の変わった木の葉が舞う中、グンマー伯爵軍の集結が始まった。


徴募兵のタリアもいよいよ出発である。


アルボは今朝も早くから元気にタリアの顔をなめ回してご飯を要求していたのだが、明日からおじさんと暮らすのだ。

さすがにおじさんの顔をなめ回したりはしないだろうが……大丈夫だろうか。


「アルボ、今日から出かけるからね。おとなしく待っているのよ」


わかっているのどうか、元気に返事をしてくれたので、最後にもう一度抱きしめた。


「アルボをお願いします」

狩人のおじさんにアルボを預け、タリアは村人たち総出の見送りを受けながら村はずれまで進み、旅立った。


お気に入りの古びたローブに皮鎧を着込み、愛用の弓を背に背負ったタリアの目指す先は、グンマー伯爵の居城、フォアブリュッケ城だった。


数日の旅を経て、軍の集結地に到着したタリアは、城の役人に到着を知らせた。


「バッハドルフ村からきた、神官の()()です」


そう名と職を告げると、役人は「神官が来た」と非常に喜び、宿営地内でも上等な天幕へと案内した。


神官は癒しの力や守りの力を持つ、一人で数十人分、力量によっては百人分以上の兵士と同等の価値を持つ存在である。そのため、神官は百人長と同程度の尊敬と待遇を受けていた。


宿営地には彼女のほかに女性は数人いた。

神官と魔術師が数人おり、傭兵の中には女剣士も含まれていたが、大半は男性の兵士たちであった。


そんな宿営地での生活を心配していたタリアだったが、野営地の中に、昨年の北の砦での戦いに参加した兵士たちがいて、彼らの中に「命を助けられた」「傷を癒してもらった」と()()()()のことを覚えている者が多く、陣中では最大限の尊重を受けた。


彼らはことあるごとに世話を焼いてくれたため、予想以上に平穏な日々を送ることができた。


一方、北の国境では緊張が高まっていた。


今年、東の諸侯全体が獣人軍に備えて戦いの準備を進めていたが、王国東部は二年続きの不作により物資不足が深刻化していた。


兵の募集も食料の確保も難しく、各地で戦力不足が問題視されていた。


獣人領の境界に点在する砦は、限られた兵力を分散して守らざるを得なかった。

そのため、防衛線はどこも手薄となっていたのに、獣人たちは部族間で統一され、大規模な集団を形成して進行してくる傾向を見せていた。


飢えがひどい年、彼らは男だけでなく、女や子どもまでもが武器を取り、部族全員で群れを成して襲撃を行うが、今年はその規模がひときわ大きいとの情報が、狩人や冒険者たちからもたらされていたのだ。


山々の頂が雪に覆われると、獣人軍の侵攻が本格化した。


タリアが配属されたグンマー伯爵軍本軍は、フォアブリュッケ城近郊の宿営地に集結していた。

本軍は各地に分散した部隊を統率し、必要な場所へ援軍を送る中央軍の役割を担っていた。

そして、各地からの伝令はひっきりなしに届き、そのすべてが援軍の依頼であった。


小規模な出兵が繰り返され、そのたびに兵士たちは傷つき、数を減らして戻ってくる。

タリアは他の神官たちと共に、傷ついた兵士を癒していた。


そして厳しい冬が領地全体を覆うと、前線からの報告はますます深刻化していった。

小さな砦が次々と落ち、村が襲撃され、家を捨てて避難する住民が増えていった。


フォアブリュッケ城周辺にもそうした避難民が押し寄せ、炊き出しが行われていた。タリアもその手伝いを何度も行った。


そんなある日、北からぼろぼろの騎馬伝令がようやくフォアブリュッケ城にたどり着き、伝えたのは「北の砦が包囲された!獣人の数、五百!」という知らせだった。


これこそが伯爵が危惧していたことだったのだ。


北の守りの要ともいえるその砦が失われれば、グンマー伯爵の領地北部全体が侵略の脅威に晒される。

獣人は、昨年に引き続き、またもそこに兵を集めたのだ。


人間の三倍の強さがある獣人の数が五百体であるならば、安全に倒すには三千の兵が必要である。


伯爵は即座に決断を下した。

「ハルトヴィンよ、千騎の精鋭を率いて急行し、砦を救援せよ!」


伯爵の命令を受け、すぐに司令官が千騎を率いて出発した。


この最も重要で、難しい使命を果たすために伯爵が選んだのは、知勇を備えた東国一の猛将と名高い、伯爵の次男のハルトヴィンであった。


彼らはまず、少人数で急行し、砦を囲む獣人の軍をけん制し砦の陥落を防ぎ、そのあと伯爵自身が三千の歩兵隊を率いて到着するまでの時間を稼ぐことになっていた。


ここがこの冬の戦いの山場であると考えた伯爵は、さらに隣国にも援軍を要請していたが、どの地も激戦を強いられているため、どこまで協力が得られるかは不明であった。


タリアも馬を与えられ、精鋭千騎とともに出撃することになった。

驚きはなかった。

タリアもこの砦を守る戦いこそが、ルチとカリナを守ることにつながることを星を観て知っていたため、自分が急行軍の千人に選ばれたことを当然だと思っていたのだ。


とはいえ、久々の乗馬である。

タリアは幼少のころに受けた馬術の訓練の成果か、なんとか遅れずについていくことが出来てほっとしていた。


神官や魔導士は隊の中で、司令官から遠くない場所で魔法の探知を行いながら進む。

タリアも、自らの魔法を使って敵の襲来に備えながら馬を進めた。


ハルトヴィンは有能な指揮官であるらしく、千騎の軍勢は順調に進軍し、砦まであと半日の距離に迫っていた。


両脇に森が広がる道を進む彼らを、冷たく澄んだ空気が包んでいたが、馬の蹄が薄雪を踏み、兵士たちは寒風を耐えながら前進した。


ここまでは安全にこれたが、もう、敵の勢力圏である。油断はできない。

タリアは感覚を研ぎ澄まし、敵を探知する魔法を使い続けていた。


異変に一番最初に気づいたのはタリアであった。

タリアは、感覚の端に、突如、敵の存在を感じた。


(一、二、・・・たくさん!?、多い!)

両脇の森に、あっという間に敵を示す感覚が増えに増えていく。

それらは、あっという間に戦隊の両脇を埋めはじめる。



「司令官様!敵です!両脇から多数です!すぐきます!」

タリアは焦りながら必死に大声で報告した。


「なんだと!?止まれ!」ハルトヴィンが手を挙げ、軍勢が静止した。

「全軍、武器を構え!戦闘準備!」


ハルトヴィンが大声で指示を出すより早いか、森から獣人たちの咆哮が響きわたり、次々と木々の間から赤い目をぎらつかせた獣人たちが飛び出してきた。


タリアは弓を握りしめたが、手が震えているのを感じた。


(多い…なんて数!)


四方から迫る獣人の群れ。


兵士たちの間に緊張が走り、タリアの心臓は恐怖で強く鼓動していた。

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