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第32話 浄化の蒼光

満月の夜、雲一つない澄み渡った空に青白く輝く月が浮かんでいた。

タリアとルチを乗せた侯爵家の馬車は城門を抜け、城の中庭で止められた。


二人は馬車を降り、月光が冴え冴えと降り注ぐ静かな庭へと歩を進めた。


「陣は、間に合ったわね」


隣でルチが息を呑む。

目の前に広がる光景に圧倒されていた。

彼は初めて見る大規模な魔法陣に胸を高鳴らせつつも、不安な様子を浮かべていた。


中庭の中央には太陽神と月神の加護を与える日月二神守護魔法陣、通称「日月陣」が中心に描かれていた。

その周囲を囲むように六神守護聖陣、通称「六神陣」が配置されている。


これから行われるのは、タリアが日月陣を使った強力な魔法で呪いを浄化し、同時にソラン神官たちが六神陣の強固な守りで、妨害からタリアたちを護るという儀式であった。


強力なまじないには、そのまじないを妨害しようとするものを排除する仕掛けがあることは多々あるのだ。


中庭にはすでにソラン神官が二人の男と共に待っていた。


一人はこの城の当主である侯爵であり、もう一人は侯爵に仕える筆頭魔導士である。

ソランは恭しく彼らを紹介した。


「侯爵様と筆頭魔導士殿です。侯爵様、こちらの方々は事情によって旅の神官とその従者とさせていただいております」


普通、民草が侯爵ほどの高位の貴族に名乗らないなどということは許されない。


ましてや今のタリアたちは、どこの田舎からやってきたのかわからない、旅に汚れた貧しく痛んだ神官衣の姿をしている。衛兵が出てきて、「貴様無礼だぞ!」と床に叩き伏せられてもおかしくないのだ。


しかし、それでも侯爵は一縷の望みにすがったのだろう。静かにタリアを見つめ、ただ一言だけ言った。


「……頼む」


その短い言葉に、タリアは深く頷き、月光を受ける中庭の魔法陣に足を進めた。


日月の魔法陣を使った儀式は、その威力を存分に発揮するために野外で行う必要があり、この広い中庭はそのために選ばれた。


タリアが見たところ、わずかな準備期間しかなかったのにかなりの出来栄えである。

大きさも、仕上がりもよく、陣を描く染料はおそらく魔石を砕いた上等のものだし、要所に配置された法具も威力を秘めた高価なものであるよう見える。


最善を尽くしたのであろう。

侯爵が今日の儀式にかける思いを感じることが出来た。


今夜は侯爵の手勢によって城の内外からあらゆる者が締め出され、守護の兵士たちが厳重な警備を敷いている。


二人は準備が整った空気を感じた。


満月が高く昇り、夜の静寂が深まった時、六神殿の神官たちが次々と中庭に入ってきた。

それぞれの守護神のもとで高位神官に任命される者たちが勢揃いした。ソラン神官が太陽神の位置に立ち、月、地、水、火、風の神官たちが自らの位置を確認して立つ。

彼らの配置は、周囲を護る六神陣の結界を生むために必要だった。さらにその外側には侯爵と筆頭魔導士が位置し、儀式の成り行きを見守る。


筆頭魔導士が合図を送り、城内から侯爵の一人息子キヴァーローヒュが運び込まれた。

少年の顔には苦悶の表情が浮かび、その小さな体は無力に横たわっている。彼はまだ十歳か十一歳ほどの年であろうか。


彼のはっきりと死の気配を感じさせる痛々しい姿に、タリアの胸は切なく締め付けられる思いだった。

彼は日月陣の中央に置かれた簡易のベッドにそっと寝かされ、筆頭魔導士の指示で兵士たちは陣から下がり、周囲の警備を固めた。


ソラン神官が静かに祈りを始めると、高位神官たちもその声に続く。

祈りの声が重なり合い、静かだった夜の空気に魔法の力が満ち始める。六神陣が完成し、青白い光が六つの陣を結んで神々の結界を張り巡らせた。


この六神魔法陣は、キヴァーローヒュの呪いを解くためではなく、これから儀式を行うタリアたちを守護するためのものである。


念には念を入れたものであったが、結果として、この守護陣こそがタリアと少年の命を救うこととなった。


「はじめます」


タリアが呟くと、彼女は満月の光を浴びながら目を閉じ、静かに深呼吸をした。そして、ゆっくりと「月天蒼光浄祓詠」の祈りを唱え始めた。


この祈りは、王都で月の大神殿の古老から密かに伝授を受けた第七位階の浄化の魔法であった。


魔唱の声が響き、青く光る満月に向かって祈りの言葉が放たれる。

言葉一つ一つに魔力が宿り、まるで歌声のように美しく中庭に響き渡る。


タリアが祈りを重ねるごとに、日月陣の中に降り注ぐ月光が増し、神々しい青い光が中庭全体を照らし始めた。

その光は隅々にまで行き届き、次第に日月陣の中心で強く輝き始める。


しかし、その時、六神陣の周囲に黒い影が忍び寄り、結界を取り巻き始めた。

やはり、反撃の魔法が隠されていたのだ。


影は六神守護陣を覆うように広がり、次第に結界を蝕んでいく。


やがて、黒い影がじわじわと結界を傷つけ始め、六神陣からしゅうしゅうと不気味な音が立ち上った。

まさか、高位神官六人で作る強力な守護結界を破る魔法があるはずもないのに、今、目の前でそれが起きているのだ。


高位神官たちは必死に詠唱を続け、辛うじて結界を維持しようとするが、黒い影の侵攻は激しく、長く持たないことは明らかであった。


一方、タリアの魔唱も続いているが、呪いの力は強く、いまだ浄化が完了していない。

タリアの魔力も限界に近づき、顔を歪めながらも必死に詠い続けていた。


六神守護陣を維持する神官たちも、次第に顔に苦悶の色を浮かべ、耐えかねる様子が伝わってくる。


その時、筆頭魔導士が動いた。


彼は侯爵から離れ、いそぎ呪文を完成させた。

彼の手から稲妻の魔法が六神守護陣を包む影を払うように放たれた。


彼は、守護結界の外にいる。

もし攻撃を受けても身を守るすべはないのだが、主家の危機になりふり構わずに行動したのだ。


筆頭魔導士の渾身の稲妻の光が何度も闇を裂き打ち払ったが、黒い影は根強くびたりと守護陣に取り付いている。


だが、その強力な魔法は確実に影の力を弱めたので、神官たちは何とか耐えることが出来ていた。


タリアも必死に祈りを続けるが、限界が近づくにつれ、その顔は青白くなり血の気が失せていた。

まだ呪いを完全に払えていない。

あと一歩、最後の力が必要であった。


(ルチ!お願い!力を貸して!)


タリアが思いを込めたその瞬間、ルチが目を閉じ、静かに祈りを始めた。


彼の魂には太陽神の加護があり、その祈りは月の光に力を与えるのだ。


月の光は太陽の光を受けたものであり、ルチの祈りは太陽の光となり、ほんのわずかな時間であったがタリアが放つ祈りの光を強く強く増した。


タリアは最後の力を振り絞り、呪いを打ち払う祈りを唱え続けた。


日月陣の中心で青白い光が激しく輝き、ついにその光は周囲に広がっていた闇を押し返し、闇は消え去った。


闇が消え影が去り、六神守護陣が解かれると同時に、タリアもルチも、そして祈りを捧げた神官たちも、筆頭魔導士も、その場にいた全員が力を使い果たして倒れ込んだ。


動ける者は誰もいなかった。


侯爵が陣の中央に伏せたままのキヴァーローヒュに駆け寄ると、最愛の息子の表情からは、すでに苦悶の色が消えていた。


再び静寂が戻り、満月の青い光が穏やかに城の中庭を包んでいた。

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