表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/67

第31話 再会

目の前の石壁に刻まれた月の女神の像が優しく微笑んでいるように感じる。


女性神官たちが思いがけない申し出をしてきた。


「お、お告げですか?」

「は、はい、お告げです。間違いなく、お声をいただきました……その、タナ様のお力になることが喜びであると、セレネリア様が……なんでもおっしゃってください、なんでも」


(前にもこんなことがあったような気がするわね……まあ、考えてもしょうがないわ。この際だから聞いてみましょう)


「実は、教えてほしいことがあるのです。この街か城で変わったことはありませんか?例えば、誰かが病気とか……」


タリアは城の神官に問うた。


神官たちは少し逡巡(しゅんじゅん)し、周囲を確認してからタリアに近づき、静かに(ささや)いた。


「実は……領主のエレニーフォリョー家の当主の一人息子、キヴァーローヒュ様が半年ほど前から病に伏せております。領の内外から高名な薬師(くすし)や治癒の魔法を使う神官が呼ばれましたが、治らないのです……」


(闇に(おか)された星、それが意味するのはただ一つ。病ではなく、呪い……)


「それで、今はどんな状況なんですか?」

タリアは眉を寄せた。


「エレニーフォリョー家は太陽神を守護神としているので、はじめは太陽神殿の神官だけを呼んでいました。しかし、いつまでも治らないので、他の神殿の神官も次々と招かれるようになりました。おかわいそうに」


神官の声に沈痛な響きが加わる。


「実は、ここからも治癒に長けた神官が派遣されましたが、治すことはできなかったのです」


タリアは胸中で深く息を吐いた。

(やはり……あの星観(ほしみ)で見たとおり、ただの病ではなく呪いによるものかもしれないわね)


どうするべきかと考え込むタリアに、神官たちは緊張した声で続けた。


「あの、もしよければ太陽神殿の神官を紹介しましょうか?王都から来た方です。何度もお城に行っていらっしゃるのでいろいろと詳しいと思いますよ」


その言葉にタリアはわずかに驚き、礼を示しつつも恐縮した。


「よいのですか……?」


「あの、その、助力するように内密に命じられましたので、その、わたくしたち、こんなことは……初めてのことですが、光栄です。明日の朝、さっそく使いを出します」


神官たちは頭を深く下げ、タリアに心からの敬意を示した。


翌日の午後、月の神殿に太陽神殿から神官が到着したとの知らせが入り、タリアはルチとともに応接の間へ向かった。


廊下を進む間、二人は目を合わせ、旅の神官と従者という設定を確認し合ったが、それはすぐに不要なものとなった。


部屋に入ると、一人の小柄な男性が待っていた。

彼の顔を見てタリアは驚いた。そして胸に懐かしさが湧き上がった。


「先生!」ルチが声を上げて駆け寄り、男性に抱きついた。

それは、かつて王都でルチの教師だった太陽神殿の神官ソランであった。


「まさか!まさか!ルチなのか!ああ、たしかに大きくなったが!確かにルチだ!ここで出会えるとは!まさか!」

「先生!」

抱き合うルチとソラン。

この二人の師弟には、絆があるのだろう。


「ルチ……本当に、よくぞご無事で……ルチアーノ殿下……」

ソランは感無量で彼を抱きしめ、目に涙を浮かべていた。

タリアはその様子を見守り、胸が温かくなるのを感じた。


「タリア殿、本当によくぞお守りくださった……神よ、感謝いたします、ああ!神よ!」


「カラディア殿下もご無事です。今は将軍の手が及ばない場所に隠れていただいております」


「なんと……なんと……お二人とも無事とは……ああ、神よ!神のご加護に感謝いたします!我々も、もちろん月の神殿のソフィア神官も、皆で姿を消したあなた方を必死にお探ししましたが……将軍派も西の貴族も、だれも皆、あなた方を探して見つけることができなかったのです。星も月も、あなた方の居場所を教えなかったのです!まさか東国にいるとは思いませんでした。本当によかった、よかった!」


そう言ってソランは肩を震わせた。


タリアたちは王都の様子や自身たちの旅について語り合い、しばし旧交を温めた。


ソランは、王子の教師として王妃派とみなされていたため、事件の後、身に危険が降りかかる前にすぐに王都から逃げ出し、東国の神殿に身を寄せていたのだという。


他には、王都からの情報では、将軍は国王の妹である妻との子であり、王家の血を引く自らの息子を王に即位させ、自らは摂政として王宮で威勢を振るって、今では中央の貴族の大半を支配下に収めつつある。


そして、将軍が治める王都では、重税と処刑が横行し、密告が奨励され、賄賂がはびこり、正義は失われ、悪政の闇が覆い、民は暗い日々を送っている。


そんな暗い話をソランは語り、やがて話題はこの城の現状に及んだ。


「この城の侯爵の一人息子、キヴァーローヒュ様が危篤の状態です。表向きは病気ということになっていますが……」


「もしかして……国王陛下を(むしば)んだ呪いと同じものですか?」

タリアの問いにソランは頷き、顔に影を落とした。


「ええ、その通りです。城の神官たちが結界を張り、魔術師たちが呪いの源を断つために尽力していますが、進行を遅らせるのが精一杯。キヴァーローヒュ様はまだ子供で、この呪いに抗う力がありません。あと一週間ももたないでしょう……」


「と、すれば、それは将軍派が仕掛けた呪いなのですよね。なぜそのようなことを……?」

タリアの問いに、ソランは少し沈黙し、重々しく語り始めた。


「侯爵はこの地の名君です。東国の安定を保ち、反乱や獣人の侵略を防いでいます。素晴らしい領主ですが、しかし、唯一の欠点があります。彼には後継者が一人しかいないのです。遅くになってようやく得た男子がキヴァーローヒュで、彼はいま、呪いに体を蝕まれていて明日をもしれない命なのです。もし、彼が死んでしまえば侯爵家の弱体化を招くのです。間違いなく、周囲の血縁のある貴族たちが後継者争いを始めるでしょう。その中には、あの将軍派も含まれているはずです」


ルチの眉が険しくなった。

彼なりに今の話を聞き、憤慨しているのだろう。成長しているのだ。


「いま、将軍派は中央の基盤を固めるのに必死なのです」


ソランはちらりとルチを見やり、一瞬だけ逡巡を見せたが、言葉を続けた。


「あの事件の時に城内にいた王妃派の貴族や騎士や侍女たちは、わずかに逃げ延びた者もいますが、ほとんどの者が、命を失ってしまいました。当然、その縁者である西の諸侯、王妃様やタリア殿のご実家をはじめ、多くの西の有力貴族が将軍派の中央諸侯にはっきりと敵対の姿勢を取っています。将軍派は、エレニーフォリョー家の後継者争いで、将軍派が侯爵の後継者にならなくてもいいのです。ひとたび後継者戦争が起これば、東国の全土が騒乱に包まれ、中央と西の覇権争いに手を出さなくなるでしょう。この件はそういう謀略の一環だと、我々は推測しています」


(なるほど……もし、その子が亡くなれば、東国は荒れちゃうわね……そんな理由であるなら、なおさら助けなければ……)


「ソラン神官、病の原因が呪いであるならば、神聖守護結界は試されましたか?」


「もちろんです。それだけではなく、上位の六神守護結界と十二星結界も試しましたが、それでも呪いを破ることはできなかったのです。何人もの高位の神官や、高名な魔術師が呼び寄せられ手を尽くしたのですが、いまは、万策尽きて、ただその時を待つのみとなっています……」


(六神守護結界を六神殿の高位神官が行って……それでもだめなのね……)


タリアは少し考えてから問いかけた。

「『月天蒼光浄祓詠』をご存じですか?」


ソランの目が驚きに見開かれる。

「い、いえ、初めて耳にしました。そんな祈りがあるのですか……」


「はい、第七位階の浄化の秘儀です。王都にいた時に月神殿の古老から密かに伝授を受けました。あの時は使えませんでしたが、今なら……もしかしたら。それほどの強い呪いを打ち破るのであれば、それしかないかもしれません」


「どんな力があるのでしょうか?」


「……神殿に残された古い言い伝えでは、聖ルミナリアが月の女神から直々に伝授を受けた祈りで、あらゆる邪を破り、毒と瘴気を払ったそうです。聖ルミナリア以後、使える者は現れず、秘儀はごく限られた者に伝えられてきたそうです。私も使うのは初めてですし……私の魂は聖ルミナリア様のように強く、大きくはないのですが、それでも、それを試すしかありません」


タリアの声には決意がこもっていた。


位階の高い魔法を使うには、それに見合った魂の強さが必要である。

もしも、自分の魂の器に合わない魔法を使えば、失敗するだけでなく、一歩間違えば魂の器を傷つけてしまうこともあるのだ。


タリアは『月天蒼光浄祓詠』は第七位階魔法であると言った。

第七位階とは賢者や聖人だけが使うことができる、神秘の領域の魔法である。


国一番の魔法使いでも使用をためらう強力な魔法で、強く大きな魂の器を持つものでなければ身を滅ぼしかねない、恐るべきものなのだ。


それを使うとタリアは言った。

その覚悟を見たソランは真剣なまなざしで問う。


「危険ではありませんか?」

当然、ソランは問う。


「大丈夫です、今回は。神の加護がありますから。セレネリア様だけでなく、アリエラ様の加護も」


「アリエラ様の加護もですか?」


「ええ、姉妹神の加護で成し遂げて見せます」


タリアはちらりとルチを見た。

アリエラの加護を持つルチが、今、ここにいることこそが大切なのだ。


「あなたがそこまでおっしゃるのであれば、かしこまりました。全力で協力させていただきます。いつ祈りを捧げますか?」


「満月の晩に」

タリアがそう答えると、ソランは頷いた。


「よかった、それなら、二日後ですね。二日であればキヴァーローヒュ様もなんとか持ちこたえるでしょう。他に必要なものはありませんか?」


「あります。六神殿の協力も得られますか?六神守護結界を使って助勢してほしいのです。邪魔が入らないとも限りません。儀式では中央に日月陣を置いて、中央にキヴァーローヒュ様を寝かせます。そして、その周囲に守護の六神陣を作ってください」


「わかりました。侯爵に話をつけ、他の神殿に使者を出してもらいましょう。魔法陣は、城の神官と魔導士に。時間がありません、すぐに城へ向かいます」


ソランは深々とルチに礼をして部屋を後にした。


「お父様を殺した悪い呪いと同じ呪いなんでしょう?」

ソランが去り、二人だけとなった部屋でルチがタリアに尋ねた。


「たぶん、そうみたいね。かわいそうに。何の罪もない子供を狙うなんて」


「タリア、その子を助けられる?」

あどけない顔に心配そうな表情を浮かべたルチ。


「大丈夫よ、必ず助けるわ。セレネリア様がついているわ」


そう言いながら、タリアは自分でも知らぬ間にルチを抱き寄せていた。


彼はまだ子供であったが、背はもうタリアと同じである。

少年の成長は早い。

大きくなってしまえば、こうして抱くことはできなくなるだろう。


それはもうすぐだ。


タリアは腕の中に彼の温もりを感じていた。

それこそが今の彼女に必要なものであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ