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第30話 偽名

タリアたちがこの村に来て三年がたった。


十一歳になったルチは成長し、体つきもたくましくなり、いつの間にか小柄なタリアの背にほとんど届くほどになっていた。


ルチは生真面目で、農作業や薪割りなどの力仕事に加え、水汲みや家の掃除などもよく手伝ってくれる。


さらに、仕事の合間を見つけては歴史や知識の勉強にも熱心に取り組み、教えたことをしっかり吸収しているが、それでも満足していない様子だ。


彼には確かな才能があり、学びに飢えているように見える。


しかし、この寒村で教えられることには限りがある。彼にはもっと良い教師と豊富な書物が必要なのだ。


特に、騎士としての修業と魔法の修業が必要な時期に差し掛かっている。


彼が王になるためには、軍を率いなければならない。軍を率いるには、騎士としての力と知識が求められる。


彼の父である亡き国王も、病に倒れる前は優れた騎士であったと伝えられている。

騎士としてのあり方を学ぶには、信頼できる騎士の従士となり修練を積むのが一番だろう。

タリアも神殿騎士であったソフィア先生からある程度学んでいたが、彼に教えなければならない知識にはまだ遠く及ばない。

ルチには騎士の指導が必要なのだ。


それだけではなく、ルチは魔法も学ばなければならない。

彼は独学である程度の魔力を身につけているが、正式な教えを受けていないため、上達に限界を感じているようだ。

彼が太陽神の加護をもっているのは、きっと悪と対峙するために必要な力だからだろう。

その力を伸ばしてやらなければならない。


ルチの教育をどうすべきかずっと考え続けていたが、ついに答えが()ってきた。


ある夜、あの洞窟で星観(ほしみ)をすると、今までにない予兆を得た。


タリアは南に良い出会いがあるという(きざ)しを見たのだ。

南の空に目を向けると、強く光る星が一つあり、そのすぐそばに闇に侵され陰りのある星が一つ。


おそらく、その光る星こそがタリアが望んだ、ルチに必要な出会いであろう。


一つはいまは敵でも味方でもない、強く瞬く星。

他を圧する影響力を持つ存在で、おそらく貴族だ。


そのそばにあるもう一つの星は闇に侵され暗く明滅し、消えてしまいそうな儚さを感じる。

この星の主が命を落とすのは時間の問題だろう。


星空がこの二つの星をタリアに見せたということは、きっとこの星たちこそが運命の一つなのだ。

急ぎ向かわねばならない。


タリアたちが住むグンマー伯爵領から大人の足で四、五日ほど南へ行った先に、メンストグロッド侯爵領がある。星が導く地は、東国で最大の城を擁するこの地となるはずだ。


ルチに関わる問題でもあり、彼は魔法も使え、大人並みの力強さもあるため同行させることにしたが、まだ七歳のカリナは連れていけない。


そのことを伝えればきっと怒るだろうと思っていたが、案の定「ルチと二人だけで十日から二週間ほど家を空ける」と言うと、カリナはむくれてしまった。


けれども、近所に住む大親友ハンカの家に預かってもらうと伝えると、夜に二人で過ごせることを想い、しぶしぶながらも納得してくれた。


南への道中、運よく荷馬車に乗せてもらえたので、村を出て四日後の夕方近くにはメンストグロッド侯爵領の中心地であるリヴァゲイト城に到着した。


リヴァゲイトの街は王都と比べるべくもないが、東国一といわれる賑わいを誇り、夕方近くのこの時間になっても多くの人々が行き交っている。


タリアとルチは、この地では「旅の神官とその従者」ということで過ごすことにしていた。


実際にはタリアが侍女でルチが主なのだが、今やその関係性も失われ、家族のように自然に過ごしている。


「ルチ、わかっているわね」


「うん、おとなしくしてるよ」とにっこりと笑った。ルチは「従者の役を演じる」ことが楽しいようだ。


目標は、二つの星、まずは情報収集が必要だ。

しかし何の伝手もない、路銀もない、この街のことを何も知らないタリアが向かう場所はただ一つしかない。


この王国では主に太陽と月、地・水・火・風の六神が崇められており、この街にもそれぞれの神殿がある。

タリアが向かうのはもちろん、月の女神セレネリアを祀る月神殿だ。


月神殿は女性の守護神であるため、特に女性の参拝者が多く、神官も女性が多い。

旅の神官が神殿を訪れ、宿を乞うことはよくあるため、きっと受け入れてもらえるだろう。


そこで、星の陰りに関する情報が手に入ればよいのだが。


タリアは月神殿を訪れ、旅の神官であることを告げる。


「グンマーから来た神官、タナでございます。こちらはわたくしの従者のモチです。一晩の宿をお借りしたく、どうかお許しくださいませ」


「それはどうも、お疲れでしょう。中へどうぞ……」


月の神殿の女性神官はとても優しく迎えてくれたため、思っていたよりもあっさりと宿泊できることになった。せっかく偽名まで考えたのに。


「タナ殿はグンマーから来たとおっしゃいましたが、師匠はどなたですか?」部屋へ案内する途中、軽い調子で尋ねられた。


「わたくしの師匠はソ…」


「ソ?」


「ソファー師です、ソファー」


「ソファー師ですか、珍しいお名前の方ですね、残念ながらその方は存じ上げません……」


「あ、はい、あの、人見知りな方だったので……その……あまり知られていないかもしれません……」


「なるほど……」


タリアは嘘が苦手である。自分たちの名前の偽名くらいは考えていたが、師匠を聞かれるとは思っておらず、しどろもどろになってしまった。


幸い、その神官もあまり興味がなかったのか、深く追及されることはなかった。


(う、嘘は苦手だわ……!)


宿坊は大部屋になっており、ベッドが並び、自分たち以外にも何人かの旅の神官が休んでいた。


「今夜はここでお休みください。井戸はあちら。夕食はもうすぐで、そちらの部屋です。夜の祈りには出られますか?」


「もちろん参加させていただきます、ありがとうございます、姉妹(シスター)


「それではまた、夜の祈りで。ゆっくりお休みください、姉妹(シスター)


二人きりになると、そっとルチが話しかけてきた。


「ねえ」

「なによ」

「ソファーはないんじゃないかな」

「......」

「椅子みたいな名前」

「......」


ルチと荷ほどきをし、しばし休んだ。




夕食は、粥とスープの質素な食事であったが、十分満足できるものであった。


夜更けになり、タリアは夜の祈りの儀式に出るため拝礼の間へ向かった。


今夜は月ののぼりが遅いので、真夜中少し前に祈りが行われた。


タリアは、神殿の神官たちとともに、月の女神セレネリアの石像の前で拝礼を行った。

他の神官たちとともに、月神への感謝と家族の安寧を祈り、心を込めて祈りの言葉を紡いだ。

今日は彼女が特に好きな、優しい調べのような祈りだった。


祈りの歌が終わり、神官たちは最後に一斉にひざまずき、礼をした。


(セレネリア様、どうかお守りください)


タリアが静かに祈りを終えると、儀式も終わり、神官たちはそれぞれの部屋へと帰っていくが、数人の神官たちは立ち去らず残っていて、どうやらタリアをちらちらと見ているようだった。


(…何かこっちを見てるわね……大丈夫かしら。師匠の名前を偽ったからって怒られたりしないわよね……)


タリアは、自分の師であるソフィアの名前をごまかそうとし、「ソファー」としてしまったことが心に残っていた。


「失礼ですが、タナ神官、少しお時間をよろしいでしょうか」と、三人の年配の神官の一人が声をかけてきた。


「は、はい、なにか……」


「そんなにかしこまらずに。あの、タナ神官……様」


(様?)


「その、なんと言えばいいか……その……わたくしたちは、いま、お声をいただきました」


タリアに近づき、耳打ちするように「セレネリア様から」と言った。


「あなたの力になるように、そうお告げをいただきました。何かお役に立てることがあればお話しくださいませ」

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