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第3話 誕生

のちにタリアが家族や仲間にきいたところでは、彼女が生まれた日は特別であった。

やりすぎではないか、と思うほどに。


いわく、星が流れ、先祖が現れ、神からお言葉を(たまわ)ったとのことである。

ただ、その事象は後年、さらに誇大に伝わることになるのであるが。



父と母によると、その晩は月が特に美しく照らす雲一つない夜であったという。


その夜のことを覚えている者がいるかもしれないのは、月明かりで明るい空にもはっきり見える、強く輝く一筋の流れ星が流れたことによる。


この流れ星こそが月の女神から、特別な出来事であることの知らせであり、それは王宮の占星官やハイランドの星観の博士だけでなく、神との絆を持つわずかな神官たちにも伝わったようだった。


流れた星の落ちた先は母エレノアだった。


彼女が三人目となる子供を身ごもったのは、天から降り注ぐ青い月光が柔らかく照らしていた晩であった。


彼女は不思議な夢を見ていた。

きらめく流れ星が一すじ夜空から降ってきて、胸の中にまっすぐ入ってくる夢だ。


エレノアの胸に飛び込んだ星の熱が、夢であるはずなのにあまりにも熱く苦しくて息が詰まり、慌てて目を覚ましてしまった。


そして彼女は胸を押さえた。

『夢ではない』と思うほどに、彼女の胸は熱く脈打っていたからだ。


エレノアの横で眠っていた夫であり富裕な伯爵領の領主である、ダグラスはその夜、先祖の霊から夢で語りかけられていた。


「ダグラス、お前たちに特別な子が生まれるだろう。その子を悪しき者たちから隠し、慎重に育てるのだ。彼女は、この国を守るための重要な役割を果たすことになる。必ずそうするのだ」


先祖からの夢のお告げは、夢に現れる先祖が古い先祖であるほど重要で深刻だと言い伝えられている。

その日ダグラスが見た夢には肖像画で見たことがあるずっと昔の先祖が現れたのだ。


翌朝、彼が目覚め、先祖の夢の話を妻に伝えるよりも先に、興奮のあまり起き続けていたエレノアから、彼女の『胸に星が飛び込んできた話』を聞かされると、彼は夢の話に確信を持った。


彼はすぐにこれから生まれる子供を守るためどうするかを考えるため、家族や信頼のおける家臣たちに集まるように指示を出した。


そして月日が過ぎ、ついに伯爵家に子供が生まれた。

その子が生まれたのも月が美しく輝く夜であった。


その夜、伯爵領から東に四つの貴族領を越えた場所にある王都の月の女神の大神殿では、神官たちが満月の晩に行う儀式で祈りを捧げていた。


夜空に輝く月の青い光が神殿を照らし出していた。

祈りの最中、突如として神官長は立ち上がり、声を震わせながら告げた。


「今、女神セレネリア様の御声を聞いた! 西の地に生まれし特別な子を守り、育てよ。彼女は邪悪と対峙し、この地を守るために生まれた者だ、悪の手から守るべし!」


女神からの言葉は、実は神官長だけではなく、祈りの儀式に出ていたすべての神官達も同じ言葉を聞いたのだ。


それは稀有(けう)な出来事であった。


肉体を失い魂だけとなり地上から去った神々が、信徒たちに直接語りかけることはほとんどなく、その御声を受けることは重大な(きざ)しとされていた。


それが起こっただけでなく、たくさんの神官が同時に神託を受けたのは神殿中がひっくり返るような大事件であったのだ。


神官たちは王都から使いを出し、すぐに伯爵家にそのことを報告し、子供を守るためにあらゆる協力をすることを伝えた。


そして彼らは、来るべき日に備え、準備を始めた。


伯爵家に新たに生まれたのは女の子供で、美しい月夜に天から降ってきた星にちなんでタリアセレステと名付けられた。

その音は、この国の古い言葉で天の星という意味を持っていた。

少し大げさで派手な名前ではあったが、両親はその名こそが彼女にふさわしいと考えたのだ。


彼女が生まれたビッグワイドランド伯爵領は、王都から西に四つの貴族領を越えた先にある山と海に挟まれた、穏やかで豊かな自然に恵まれた土地だった。


彼女は愛らしい容姿で、やや小柄であったが、病気はせず丈夫で、両親や兄姉に大切に育てられ、みなに愛される素直で愛らしい少女へと成長していった。


タリアが生まれる前後に起こったいくつかの特別な兆しは、家族と一部の家臣、そして月の神殿の神官達だけが知る特別な秘密であったが、その他にも、実はまだ知られていない秘密があった。


それは、彼女の魂の中には、別の世界――日本の星空(せいら)として生まれ育った記憶が眠っていることだった。


それがついに目覚める時が来た。


タリアが六歳になった日、彼女は父母と共に月の神殿へ特別な参拝に出かけた時のことである。


たくさんの神様がいる中で、ブラッグマシュ家は創始の時代から代々、月の女神セレネリアを守護神としている。


女の子が六歳で行う「月夜の参拝」は、女の子が六歳になった年の満月に月の神殿へ行き、女性の守り神でもある月の女神さまと顔合わせする儀式である。


伯爵家の守護神は月の女神であるので、通常であれば必ず執り行うのであるが、先祖からその身の安全を必ず守るようにと釘を刺されていた伯爵は、タリアを夜に外出させるのは警護の観点から反対であった。


しかし今回は月の神殿から伯爵家に対して直々に、是非に、必ず来て欲しいとの申し出があった。


それも、伯爵領の領都の月の神殿の神官長には、王都でも特に修行を修めた身分高い大神官が赴任してきており、彼から特に申し出があったこともあり、伯爵みずからが率いる護衛隊を同行させ、厳重な警護のもと執り行われることとなった。


そんな周りの騒動はつゆ知らず、のんきにしていたタリアは、小さな頃から月の神殿が大好きだったので喜んでいた。


神殿は小さなころから何度もお参りに行っているのだ。

むろん、安全な昼の間であったが。


神殿に行くこと自体も好きだったし、神殿でお祈りをしていると、上手く説明できないが幸せな気持ちになるのだ。


母によれば、今夜は特別な夜の参拝だという。


タリアの周りを父ダグラスと選ばれた精鋭の騎士が周りを囲み、特別な雰囲気を出していて、それが彼女を興奮させていた。


そして彼女は、昼とは違う、道中にたかれたかがり火や、闇の中に浮かび上がる月に照らされ輝く小さな神殿を見て心を躍らせ、かがり火に照らされる石の柱や、壁に刻まれた彫刻、荘厳な建物に目を奪われていた。


満月の月明かりが差し込む神殿は神秘的な様子は、まだ幼いタリアにも厳粛に感じられ、中央の女神像の前でおとなしくひざまずく中、儀式は無事に、厳かに進められた。


神への祈りの中、タリアは突然、頭が痛むのを感じた。


(痛い……なにこれ……)


その痛みは一瞬で去り、代わりに脳裏に浮かんだのは、現代の日本、東京の風景だった。


高層マンションが立ち並び、コンクリートのビル群が空を覆うように広がっている。


道路を走る車のライト、コンビニやカフェの明るいネオン、そして人々が行き交う賑やかな街の風景。

夜になると、街灯やビルの窓から漏れる光が煌めき、星がわずかに見える都会の夜空。そんな都会の喧騒と人工的な光に包まれた、あの東京の夜が脳裏に浮かんだ。


(えっ、なにこれ……ここ、どこ?)


それは、彼女が今まで一度も見たことのない風景でありながら、どこか懐かしく感じられるものだった。だが、確かに見覚えがあった。星空としての記憶が、少しずつ甦り始めていたのだ。


(私は……星空(せいら)?)


タリアは困惑しつつも、タリアは自分が何者なのか分からなくなり、胸が締め付けられるような感覚に襲われながらも、その記憶を受け入れようとしていた。


神殿での祈りが進む中、彼女は日本で過ごした記憶が、次々と浮かんでは消えていくのを感じた。そして、セレネリアの声が彼女の心に響いた。


(タリアセレステ、あなたの魂は、ようやく覚醒したのです。今こそあなたに使命を授けます。かつての星空の記憶とともに、役割を果たす時が来たのです)


タリアは小さな胸に手を当て、深呼吸をした。星空としての記憶を思い出し、自分が特別な使命を持って生まれてきたことを受け入れたのだった。


(あなたは、この国を守るために日本からきて生まれたのです。そして、あなたは決して一人ではありません。あなたの家族や周りの人々、そして私も、常にあなたを支えるでしょう)


タリアは自らの魂の中で、星空としての記憶とタリアとしての使命が、少しずつ一つに重なり合っていくのを感じた。


『みなも、タリアを助けてください。どうかお願いします』


最後の言葉はどうやらタリアだけではなく、その場にいたみなにも聞こえたようだった。


父親や騎士たちだけでなく、驚いて祈りの儀式を中断してしまった神官たちまでもが、唖然とした表情でタリアを見つめているのが見えたのだ。

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