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第28話 星観の洞窟

寒さの厳しい冬のある日。

タリアが村の北の山で獲物を探していると、一頭の鹿が姿を現した。


その鹿はタリアが弓を構えると、さっと飛ぶように去った。


しかし、鹿は逃げ去らず、すぐ先で立ち止まりタリアを見つめたので、タリアは弓をもって追いかけた。

その鹿に追いつきそうでいて追い付かず、タリアはついつい深追いしてしまった。


ふと、鹿が山腹の岩場の前で立ち止まると、タリアの目に、木々の間にひっそりと口を開けた小さな裂け目が映った。


(あっ…)


鹿は、タリアが洞窟にほんの一瞬気を取られた隙に消え去ってしまった。


しかし、タリアは鹿を追うことなく、吸い込まれるように穴の入り口を見た。


(穴…大きいね…)


近寄ってみると、苔むした岩肌の隙間がぽっかりとあいており、奥に続いているようだった。


(村の人はこの穴のこと何も言ってなかったけど…いやな気配はないわね…)


タリアは好奇心に駆られて、そのまま洞窟の中へ足を踏み入れた。


中に入ると、洞窟内は外よりもさらにひっそりと静まり返っている。

ごつごつとした岩肌が洞窟内に荒々しく露出し、一部は苔や暗所に生える丈の低い草などに覆われていた。


岩の一部の色味は黒や赤茶で、どこか焼け焦げたような独特の風合いがあり、まるで大昔に山が火を噴いた痕跡がそのまま残されているかのようだ。


(ここ…ずいぶん昔に火山が作った洞窟みたいね)


心を決めて穴の奥へと進むと、すぐに行き止まりになった。

そこは広間のようになっており、頭上に大きな穴が開いて、光が差していることに気づいた。


タリアの目には、その穴が、まるで夜空を映すために開けられたかのように映った。

ぽっかりと広がった天井の穴の向こうに、寒空にたなびく灰色の雲が見えた


(天井が開いてる洞窟なんて珍しいな…)


改めて洞窟の中を調べると、人間や動物が立ち入った気配が無かった。

そして、洞窟の周囲が密集した木々に覆われているため、外からこの洞窟が見えることはほぼなさそうなことを思い出した。


(なんか…いい感じじゃない?ここ、星観(ほしみ)の儀式にちょうどいいかも)


夜空を望める天井の開口部、周囲から隔絶された静寂、そして火山性の岩壁が放つ重厚な雰囲気が、この場所をいっそう特別なものにしているように思えたのだ。


静かで誰にも知られず、誰からも邪魔されず、屋根と壁があるのに天井が開いているというのが星観を行う上で最適な場所で、それがこんな森の中に見つかるとは思ってもみなかったので喜んだ。


(好物件!)


タリアはそれからというもの、狩りの間に何度も洞窟に立ち寄り、星観の儀式の準備を行った。


しっかりと準備をして行う星観は、今までは場所と時間が無くてできなかったが、ここでならできる。


もちろん、山の中なので、王都の儀式のように威力を秘めた法具などはないが、以前王都の書庫で見つけた星観の古文書の写しから学んだ、神々や精霊の力を引き出すための魔法陣や、障害を減らすための結界陣は十分作ることが出来る。


それに何より、今年の立春は新月が重なり、星観にはこの上なく良い条件の夜となるのだ。


タリアは、立春の夜に星詠みの儀式が行えるように、コツコツと魔法陣や結界陣の準備を続けた。



立春の晩は、ありがたいことに雲一つない星空となった。


その夜、タリアはルチとカリナが寝付いたあと、こっそりと寝床から抜け出し、月なき夜に星々が瞬くのを木々の間に見ながら洞窟に向かった。


真夜中ごろに洞窟に入り、最奥の開口部から見える夜空を仰ぎながら、タリアはまず、中央に描いた日月(じつげつ)の二神を象徴する魔法陣に祈りの言葉を捧げながら魔力を注いだ。


さらに周囲を守るように配した、地水火風の四神の力を合わせた魔法陣にも力を注ぎ入れる。


タリアの青い美しい魔力に満たされた儀式陣は、限られた時間と場所とはいえ、タリアの力作である。


最後にタリアが岩壁にほどこした七星と五星の守護結界陣にも魔力を注ぎ入れると、結界陣の模様に青い光がともった。


これで、儀式の準備は万端となった。


(欲を言えば、火星と土星もこっち側にいてくれたほうが良かったんだけどね…)と、タリアはつぶやいたが、立春と新月が重なることだけでも十分ありがたいのに、それ以上を欲しがるなんて贅沢というものであることも知っていた。


立春の日は、昼の時間と夜の時間がほぼ同じになり、光と闇の魔法的な均衡がとれるため、ある種の魔法、特に探知や予知などの魔法をつかうには良い条件となるとされている。

そして、新月の晩は、月の光に邪魔されないため、星々の力を使った魔法を行うのには最適の日なのだ。


タリアは古い言葉で祈りの言葉を捧げ、儀式を始める準備を整えた。


タリアはかつて王宮で見つけた西の賢者の秘伝書で、完全ではないものの多くの秘儀を学び取ることが出来た。その書は残念ながら、持ち出すことはできなかったが、学んだことの多くは身についていた。


その秘伝書の最初に説明されていたのは、異国の神に祈る時は、その神が暮らした国の言葉で語り掛け、古い神に尋ねる時は、神が生きた時代、昔に話されていた古い言葉で尋ねよということがかかれていた。


「占星術師たるもの、外国語、古語に堪能たれ!」ということであった。

そのため、タリアはセレネリアに呼びかけるための古い言葉を学んでいた。


また、祈りに使う言い回しにも、お願いをする相手に、しっかりと伝わるように細やかな配慮を凝らすことで、心を引き寄せる、よい結果を生む確率を上げることが出来る、と書かれていたのだ。

頼まれるのが好きな神もいれば、命令されるのが好きな神もいるという…実に奥深い内容であった。


もちろん、タリアの祈りの相手は月の女神セレネリアである。

古書には彼女のことも記されており、そこには彼女は多少いかめしい言葉遣いを好むと書かれていた。


ゆっくりと、セレネリアが好むように、古い言葉で、歌うように美しい声で祈りを捧げると、しだいに魔法陣の光りが増していき始め、洞窟の空間を取り囲んでいた結界の輝きが強く増す。


その光に合わせるように、天井の開口部から差し込む星の光が彼女の周囲に集まり、タリアを中心にふわりと回り始めた。無数の星明かりが、まるでタリアに応じるように瞬き、静かながらも壮麗な輝きを放つ。


「我、神々の導きを賜り、東の地へ参上せり。この地より、いかに歩み進むべきか、ご教示賜りたく願い奉る」


静かに、強く魔力を込めた言葉で月の女神に問いかけると、タリアを包む星の輝きがさらに強くなり、タリアは自らに力が集まるのを感じた。


(いまよ!)


タリアが上を見上げると、冬と春の間の、まだ凍てつく澄んだ星空に導きが示された。


まず、見て取れたのは、自分とルチ、カリナを示す星が地に堕ちている様子であった。

しかしそれは不吉ではなく、地に潜み、光は消えず、先の幸いを暗示するものであった。


つまり、「ここにとどまるべし」ということであろう。

「成長」をしなければならないようだ。


そして、他の知らせも見える。


タリアたちの星の近くに闇となっている空座がある。


その何もない暗い場所は、今は空位であるが、時が来た時に光る星が現れ収まる暗示である。

「人あり、いまだ現れず、しばし待つべし」と読める。


場所の知らせもある。


「力の地を見つけるべし。近からず遠からず」

南と西には、違う星々がきらめいているので、北か東にそれはありそうだが、どの星が、それなのかがわからない。まだ時期ではないということだろうか…


はるか西を表す場所を見る。

王都の空は、いまだ闇に包まれ見通すことが出来ない。


あの時はわからなかったが、いま、この特別な日に儀式を使ってみたのでわかる。

王都を示す西の空は闇の魔術と、それに対抗する魔術同士の力のぶつかり合いで、大きく荒れ、乱れており、あの時のタリアごときの星観の力で、その先を読み通すことなどできなかったのだ。


しかし、闇の影の中にも、赤く光る凶星や、力を失う星々や対抗する青い星がわずかながら見え隠れしている。

それらは、いま、こうして遠くから、強い儀式で観たからそれがわかったのだ。

それらは今もせめぎ合っている。


そして、重要な(きざ)しがあった。


カリナの星の上に現れているひそかな兆しを見つけることが出来たのだ。


カリナを示す星に太陽と月の和合の兆しが見えている。

普通に読み取るなら、もちろん大吉兆であるが…しかし、これは…


光が消え、洞窟の中に暗闇と静寂が戻ったとき、タリアは、魔力、すなわち魂の力を大きく使い果たし、脱力して地面にうずくまっていた。


「……」


星観の儀式はうまくいった。

大成功と言っていい。

わずかな時間であったが、得た情報は大きかった。

それは、今日という日だけではなく、鹿が導いてくれたこの洞窟と、古文書で知った知識のおかげでもあった。


しかし、先が見えるということは、見えた先にある、その先にある見えない未来があることを知ることでもある。


タリアはしばらく休んだ後、星が降るように美しい空を見ながら家路についた。


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