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第27話 寒炉

三人は寒村で暮らしている。


地元の住民が「赤き城山」と呼ぶ大きな山から、冬の冷たい風が吹き降ろし、タリアたちが身を寄せる小さな家は凍えるような寒さに包まれていた。


その北風は、この寒村に住む人々の生活に厳しさをもたらし、空は雲に覆われることが多く、陽が差す日もわずかだった。


タリア、ルチ、そして幼いカリナの三人は、この村の端にある古びた家に身を寄せ、厳しい冬を乗り越えようと助け合って暮らしていた。


ここでのタリアは、神官と狩人の二つの役割をもって生活をするようになっていた。

もちろん、二人の侍女として、母として、教師としての役割もある。


彼女は朝は早起きし、小さくなった暖炉の火が消えないように細かく薪をくべていく。


そうしておいてから、簡単ながら朝の祈りを行い、食事を作る。

小麦がゆだったり、豆がゆだったりするが、たいてい、鹿やウサギの肉が入っていて、なかなか美味しい。


鍋がぐつぐつと音を立て始め、部屋に温かな香りが漂い始めると、子供たちが目を覚まし始める。


タリアは、王族として育った二人の子どもたちがこの寒村での暮らしに耐えられるか心配していたが、ルチもカリナも少しずつ冬の生活に慣れ、積もる雪や風に凍えながらも、文句一つ言わず日々の暮らしに精を出していた。


幼いながらも、カリナは火の番を手伝い、小さな手で食器を並べたり、タリアの後をついて四歳なりに頑張って手伝ったりしている。


王宮で何の不自由もなく暮らしていたのに、今では、たとえ簡素な食事でも、その場にあるものを心から美味しいと言って食べていた。


「これ、昨日とった葉っぱ?」と、カリナが粥に入った山菜に気づいて尋ねた。

「そうよ、名前は覚えてる?」

「うん!こっちは、セリ、こっちはフキノトウ!」

「そうよ、えらいわね、美味しい?」

「にがい……変なかおり…でもおいしい……」

美味しくなさそうな顔をしているのに、そういうので、タリアは思わず吹き出しそうになってしまった。


「カリナ、みんなで頑張って取ったものだからね。だからおいしいんだよ」と、ルチがいう。


「ふふっ、カリナもルチも、無理しなくていいのよ、苦くて変なにおいがするでしょ。でも、栄養があるからちゃんと食べると偉いわよ。なれると美味しいし」というと、ルチは「おいしいよ!大丈夫!おいしい!」といってかきこむ。

背伸びしたい年頃なのだろう。

微笑ましい。


ルチは、時間があると農具や道具を修理する村人たちの傍にいて、その手仕事をじっと見ているかと思えば、食器を洗ったり、タリアが狩ってきた兎や鳥の処理を手伝ったりと、彼なりに出来ることをしている。


彼もまた、暖かい屋敷で育ったはずなのに、不平不満を一切口にせず、じっとタリアの言葉に耳を傾け、ここでの暮らしの一つひとつを覚えようと真剣に取り組んでいた。


タリアは、二人のその健気さに胸を熱くしながらも、決して顔に出さず、ただ静かに見守っていた。



「まき!」と、薪の束を抱えたカリナやってきて、タリアに尋ねる。


「ありがとう。そうね、火のそばに少しだけ置いて、あとは乾燥させておきましょう」とタリアは優しく答え、カリナも元気に頷いて手伝いを続けた。


食事がおわると、タリアは狩りに行かない日はルチとカリナに学問を教える。


ルチには、歴史だったり、計算だったりを教え、そのそばでカリナにも読み書きの勉強に励んでいた。


まだ幼い彼女にとって、タリアの言う通りに文字を書くのは難しいが、彼女はルチに負けないようにと、時折兄をちらりと見ながら、懸命に木の板に炭で文字を書いていた。


「カリナ、それでいいわ。焦らずゆっくり書いてみましょうね」と、タリアが微笑みながら声をかけると、カリナは満足そうに小さく頷き、また木の板に向き直った。


彼女の手元には、細い木の枝に炭のかけらをつけて作った簡素な筆記具。

小さな指先が板の上をそっと動くたび、黒い線が木目の上にゆっくりと浮かび上がり、慎重に描かれていく。


板の表面には文字が並んでは消され、何度も書き直された跡が薄く残っている。


カリナは一文字書くごとに、そっと指でその線をなぞり、小さな声で繰り返し言葉を口にする。

タリアはそんな彼女の横顔を静かに見守りながら、炭で黒くなった指先に少し微笑みを浮かべ見つめていた。


今日は、朝の勉強が終わると、タリアは村の神官としての務めに出かけるため、二人に声をかけた。


「ルチ、今日はお昼まで村の作業を手伝ってみてね。カリナは私と一緒にいくわよ」


「わかったよ、タリア。今日は道具作りを見てくるよ」とルチは胸を張って答えた。

作業場見学は、ルチの最近のお気に入りの日課の一つだった。


タリアがカリナを連れ、村人たちのもとに向かうと、日々の寒さで体調を崩している人々がちらほらと見受けられた。


彼女は神官として簡単な祈りの力を使った治療と、薬草を使った食事の助言をして、村人たちから感謝を受け取った。


午後になると、村の狩人がタリを訪ねてきた、東の山に猪がでているとの話をした。

(猪は…いいわね!)

タリアはナイス情報と喜んで、村の食料を補給するための猪狩りの相談をした。


猪は強く、弓では狩ることができないので、大人数で囲んで槍で仕留めたり、罠で狩るのが普通だが、ここでは、タリアと狩人のおじさんの二名だけなので、罠一択である。


二人は次の日の朝に、山へ罠を仕掛けに出ることに決めた。


村のためにも、そして自分たちのためにも、冬の厳しさを乗り越えるには狩りが欠かせなかった。

あの狼の獣人撃退は、食料補給の意味でも村人の命を救うものであったのだ。


翌日の夜明け前、タリアは冷たい空気の中、手早く準備を済ませ、ルチとカリナを村人に預け、狩人のおじさんと合流し山へと足を運んだ。


雪は少ないとはいえ、日陰には春まで溶けない凍った雪が残り、霜が降りる厳しい寒さの中、凍りついた地面を踏みしめながら、猪の痕跡を注意深く探していった。


山に入ると、一層冷え込みが厳しくなり、耳を刺すような風が木々の隙間から入り込んでくる。

しばらく探索し、割りあい早く、猪の痕跡を見つけることが出来た二人は、手早く、輪の中に足を踏み入れると縄がしまる仕掛けの罠を数か所仕掛けた。


罠猟は獲物が取れるかどうか運次第だが、猪は鹿よりも脂が豊かで断然美味しいし、毛皮も牙も大いに役立つのでとても喜ばれるため、苦労して罠を仕掛ける価値はあるのだ。

結果は明日以降のお楽しみ……


猪のわなを仕掛け終わった二人はしばらく歩き、別の山に狩場を変えた。

せっかくなので、鹿でも狩ろうというのだ。

タリアは熟練の狩人のおじさんが舌を巻くほど、実に静かに移動できる。


二人はしばらくすると木の陰にじっと身を潜めている鹿を見つけた。

獲物がこちらの気配に気づかないよう、息を潜め、静かに弓を引く。


矢が放たれると、鹿の首に命中しすぐに倒れた。

タリアは小さく祈りを捧げた。


その後、二人は川で鹿を冷やし村に持ち帰った。

二人が鹿を携えて村人たちに見せると、喜びと感謝の声が上がった。


約三十人が住むこの集落では、鹿一頭が全員に満足にいきわたるわけではないのだが、たったひとかけらの肉でも嬉しいものなのである。


鹿は、すぐに解体される。

「タリア様、本当にありがとうございます!」と、村の人々は食材を分け合い、感謝の気持ちを込めてそれぞれの家に持ち帰っていった。


日が沈みかけた夕暮れの頃、タリア、ルチ、カリナの三人は火を囲み、温かな食事を共にする時間を迎えていた。


焚火がぽつぽつと小さな音を立てる中、ルチが「タリア、僕も狩りの練習をしたい!」と言うと、タリアは「まだ少し早いと思うわよ」と優しく彼の頭を撫でた。


カリナも「わたしも、いきたい!」と続く。


二人は、タリアが神官として、そして狩人としても村に溶け込み、村の役に立ち、村人に尊敬されるのを見て、何か思うところがあるらしい。


タリアはそんな二人の姿に、安堵と希望を覚えた。


王都での悲劇のあと、心をおかしくせず、よく育ってくれているのだ。

そのことはタリアの心を大きく救っていた。


夜が更けると、山から吹き降ろす冷たい風が吹き荒れ、家の隙間から冷気が入り込む。

今夜も三人は火のそばに寄り添い毛皮にくるまり寝るのであった。

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