第26話 凍つ星の隠れ家
獣人による襲撃の夜が明けた。
戦いの後、タリアは寝床に戻り少し眠ったのだが、昨夜の激闘の疲れがまだ癒えず、重い体を引きずるようにして起き上がった。
体の芯に残る鈍い疲労を感じながらも、旅立ちの準備を整えていると、外にひらひらと雪が舞っているのが目に入った。
(雪……きれいだけど、まずいわね……)
外の空気は昨日とは明らかに違い、刺すような寒気が身を引き締める。
雪は美しいが、これからの旅路にとって厳しい障害となりそうだ。
出発の準備をするタリアたちを、村の長老や数人の村人たちが訪ねてきた。
彼らは、冷え込みを増す空気の中、あらたまった表情でタリアに話しかける。
「おはようさんでございます、タリア様。昨日はありがとうございました。それで、ちょっとばかし、お話があるんじゃが、ええかね?」
タリアが頷くと、長老は続けて言った。
「東に向かってると聞きましたが、あー、昨日も言うたかもしれんが、ここから先は、山を三つばかし越えりゃあ、人里はなくなってのう。その先は狩人しか踏み込まんような深山でしてな。いるのは獣や獣人ばかりで、もっと奥から魔獣もでてくる危ない場所じゃ。そんで、今の季節だと、雪がすぐに降り積もっちまう。なんか探し物があるっちゅー話だけんども、そんなとこへタリア様が行くっちゅうのは、どうも忍びねえなぁって、皆で話しとったんじゃよ」
長老の言葉に村人たちも頷き、続けて口を開いた。
「タリア様は、あの恐ろしい獣人を倒してくれて、葬式まで手伝うてくださった。えらい若いのに立派な神官様が、可愛い子ども二人を連れて村を救ってくれたなんて、信じらんねえけんども、皆がこの目でしっかり見たけえ、疑うもんは誰もおりゃせんのです」
長老は、村人たちにとってタリアたちがどれほど大切な存在かを伝え、深く頭を下げた。
「どがなもんか、ここで春までおらんかね?もしよければ、村の端っこの空いとる家を使うてもらえたら、わしらも助かるし、タリア様も楽になるんじゃねえかと」
タリアは思いがけない申し出に胸が温かくなり、しばらく無言で村人たちの顔を見渡した。
この申し出はありがたい。
もう、ここまで辺境へ来たなら、将軍派の追手もやってこないであろうし、この地は星が向かえと導いた、東の地でもある。
なにより、あの二人を連れてこれ以上、東へ行くことは非常に危険だと思い始めていたのだから。
村人たちの厚意に心が揺れた。
「とりあえず、家を見ませんかね」と村人に誘われ、タリアは村の端へと案内された。
そこには、つい先日、獣人に命を奪われたという、木こりの家がぽつんと建っていた。
一人暮らしであったという、木こりの木造の小屋は古びてはいたが、今のタリアたちには問題ない広さの住まいで、村長によれば、雨漏りも隙間風も、まぁ、許容の範囲だとのこと。ないわけではない。
それでも冬を越すには十分に心強い場所だった。
それに、木こりが住んでいた家だけあって、裏にはひと冬分の薪が備えられているのもありがたい。
長老は話を続ける。
「なんちゅうてもタリア様のような立派な神官様がこの村にいてくださるだけで、村中がほっとするんじゃよ。昨日の葬式も、それはもうありがたいもんでのぅ。このあたりの近くの集落には神官様がおらんから、もし葬式をお願いできるなら、そこいらの皆んなもきっと喜ぶじゃろうて」
すると、村人の中の一人が、照れ臭そうに冗談を交えた。
「ほれほれ、神官様が来たーっちゅうて、みんな喜んで死ぬかもしれんぞ、なんちて!」
「おい、ばか者!神官様の前で、そがなことを言うもんじゃねえ!」
タリアは自分がこの村で神官としてどのような役割を果たせるのか考えつつも、村人たちの温かい視線にふれるうちに、少しずつ心の重荷が和らいでいくのを感じていた。
「そうですね……私たちがここで過ごすことで村の皆さんに役立てるのであれば、春まで滞在させていただくのも良いかもしれません」
その言葉に、村人たちは顔を見合わせ、安堵の表情を浮かべた。
「春までと言わず、ずっといてくれていいんですよ」「んだんだ!」と、村人たちは口々いい、タリアの決断を喜んでくれた。
ルチとカリナに冬の間はここで過ごすことを告げた。
二人はほっとした様子で、これから住むことになる家に、少ない旅の荷物を置いた。
そのあと村人たちは、タリアたちの小屋に食料だけでなく、タリアや子供たちが使う毛皮の服や寝具を持ってきてくれ、冬支度や雪の日の過ごし方について丁寧に教えてくれた。
そのあと、タリアが家の掃除をしていると、小屋に狩人だという男がやってきた。
「タリア様のおかげでな、悪い獣人の心配もなくなったけえ、怖くて行けなかった向こうの山で狩りができるようになったんじゃ。」
「そうですか……私も狩りは得意ですし、お手伝いします」
「おお、あんた、若ぇのに大したもんじゃ!んじゃ、わしの昔使っとった弓を、手入れしといてやらぁ!」
タリアが微笑むと、狩人の男もはりきって、すぐに家へ戻って行った。
夕方になると、冷え込みがいよいよ厳しくなり、空からは大きな雪片が静かに、絶え間なく降り始めた。
タリアたちが旅の間ずっと耐え忍んできた夜の寒さが、雪の冷気とともにまた思い出されるようだった。
村人が届けてくれた厚手の毛皮をタリアが肩に掛けると、まるで凍えた体が毛皮の中に溶け込んでいくような温もりがじわりと広がっていく。
ルチもカリナも、ふかふかの毛皮に顔を埋めながら「あったかい…」「あったかい…」と同じ言葉を言った。
「本当に…こんなに暖かいなんて……」タリアもふと目を伏せて、毛皮の感触に浸りながら微笑んだ。
その夜は、塩を多めに入れた牛の乳と、豆と肉のスープをたっぷり食べ、焚火のそばに毛皮を敷いてみんなで一緒に眠った。
これまでの旅では決して味わえなかった温もりが、体だけでなく心の奥まで染み渡り、二か月前に王都を出て以来、初めての安らぎが胸いっぱいに広がっていくようだった。
翌朝、タリアはルチとカリナと共に小屋の窓から外を眺めた。
夜の間に降り積もった雪が村全体を覆い、村全体が真っ白な雪に包まれていた。
外の空気はさらに冷たく、息を吸うたびに喉を刺すような冷気が感じられる。
「つもってる!」
「ゆき!」
ルチが無邪気に喜んでカリナの手を引き飛び出していく。
二人の小さな足跡が雪に刻まれる。
タリアはそんな二人を微笑ましく見守った。




