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第25話 寒村の獣人

二か月にわたる旅をし、タリア、ルチ、カリナは山裾の小さな集落へとたどり着いた。


晩秋の冷えた風が村を包み、昼でも暗い雲が垂れ込める、いやな空模様が広がっている。


ここは、東部の領主が支配する、だれも見向きもしないような貧しい村で、粗末な小屋が十軒ほど並ぶだけの集落だった。


「お塩買えるかな」というルチ。しっかり者である。彼は塩の残量にうるさいのだ。

「この辺は内陸だから、売ってくれないかもしれないわね…あまり期待できないわよ」と返事をすると、「そっか…あまり期待できないか」残念がる。


その様子を見ていたカリナ「きたいできない!きたいできない!」と、何が楽しかったのか連呼し始めてしまうので慌てて止める。


「だ、だめよ!カリナ!そんなこといっちゃだめ!」

「きたいできない!」にっこにこである。

やめて…ほんとに…。


タリアは集落に到着し、さっそく誰かと話をしようと人を探すと、村の隅に人が集まっているのが見えた。


そこに漂う沈痛な空気に気づいたタリアは、近づき、尋ねてみた。


すると、村の男が木を伐りに山へ入ったところ、獣人に襲われて命を落とし、ちょうど弔いを終えたところだという。


「獣人が食料を求め、山を越えてきたようだ…この村の近くまで来るのは珍しいのだがな」

と、沈痛な面持ちで教えてくれた。


さらに聞けば、少し前にも、やはり村人が山で襲われて命を奪われたとのこと……このところ続けて襲われているので、どうやら村ごと狙われてしまったのかもしれないと言う。


そして、この集落は小さいので「神官もいませんから、せめて私たちのやり方で、静かに送りました」とのことであった。


村人は肩を落としていた。


その家族であったらしい、女と子供が、出来たばかりであろう、石を積んだだけの粗末な墓の前で泣いていた。


タリアは気の毒に思った。

「あの…もし、月の女神の作法でよければ、弔いをしましょうか」と申し出ると家族も村人も喜んでくれた。


ルチもカリナも村人とともに後ろに下がり、墓の前にはタリアだけとなった。


「こほん…」


月の神殿の葬礼は、死者の弔いに歌を用いることが多い。

祈りの言葉に節をつけて、流れるように言葉を紡ぐのだ。


タリアは晩秋の今の季節に合わせた静かで落ち着いた祈りの歌を選んで弔った。


タリアの弔いは、王都の大神官ソフィアが仕込んだ格別なもので、もともと声がよく、歌の上手いタリアが行うと粗末な墓で行っているとは思えない、素晴らしい葬礼となった。


家族と村人は感激し、タリアに深く感謝した。

この国では輪廻転生(りんねてんせい)の教えが普通で、その人間がいかによく生きたかで来世が良くなると信じられていて、葬儀で、神に仕える神官がきちんと祈りを捧げ送り出してくれれば、その者はよい人生を送ったと神様が思う、と考えられていた。


結局、その日は集落の長の申し出で泊まっていくことになり、タリアたちは久しぶりに屋根と壁がある家で寝ることができたのだ。


夜が更け、村は深い静寂(しじま)に包まれ、時折冷たい風が身を震わせる音を立てて通り過ぎる。


その夜もタリアはいつも欠かしていない警戒のための「敵の発見」と「聞き耳」の魔法を唱えて周囲の音を聞きながらまどろんでいた。


城にいた時から、今もずっとそれは変わらないのだ。

もしも、獣人が近くにいるならば、ルチとカリナが襲われる。

二人も同じ村から襲ったのであれば、ここを餌場と考え、またいつ来てもおかしくないのだ。


まどろみを破ったのは、荒々しい呼吸と地面を踏む低い足音だった。


タリアは急ぎ身を起こし、寝ていた粗末な小屋をでると、魔法の力で気配を消して、木陰に隠れながら物音の先を「夜目(やめ)」の魔法をつかって目を凝らした。


そこに暗闇の中で光る目が見え、そして、汚らしいうなり声も聞こえた。

獣人が来ていた。


それは、小屋の方へと歩を進めた。


(まずい……!)


狼のような風貌(ふうぼう)の獣人が、小屋に飛び込むやいなや、眠る幼い子供をその強靭(きょうじん)な腕で抱え飛び出てきた。


(今日、墓の前で泣いていた子供だ!)

(先に食べたお父さんの臭いがついていたのかも…!)

(同じ家族の子を狙うなんて許せない!)


タリアはすぐさま動き出し、体を強化する魔法を唱え、狼の獣人に向かって猛然と駆け出した。


タリアが接近すると、獣人はタリアの気配に気付き、低い唸り声をあげて振り向いたが、この場面はタリアの勝ちで、タリアはそばにあった木の棒を拾い上げ、棒に「丈夫になる魔法」をかけながら、子供を掴む獣人の腕に向けて渾身の力で叩きつけた。


恐るべき速さで突っ込んだ、タリアの不意打ちはうまく決まり、獣人の腕は子供から離れた。


タリアはすかさず子供を抱きかかえ、その場から飛び離れた。


物音に驚いて出てきた村の人々が、物陰から不安げに見守る。


狼の獣人は一瞬(ひる)んだものの、すぐに鋭い目でタリアを睨み、再び唸り声をあげて襲い掛かってきた。


タリアは子供を背後にかばい、応戦した。


(大きい…そして強くて速い…)


獣人の力は凄まじく、タリアは必死に棒を振るが、棒はなんて事のないその辺の棒なので、タリアの魔法で強化されていても、すぐに折れ砕けそうになり、その圧倒的な体力差に少しずつ追い詰められていった。


(このままでは……!)


獣人の鋭い爪がかすめるたび、棒は木の破片を散らし、服が裂かれ、タリアはじりじりと後退させられてしまう。


闇の中に攻防が続き、一瞬、獣人の強力な一撃を、受けてかわしてしまったタリアが体勢を崩し、足元がぐらついた。


(しまった……!)


獣人がタリアの隙を逃さず襲い掛かろうとしたその時、光の矢が飛び、獣人の背中を打った!


悲鳴を上げ、ひるむ獣人の隙を逃さず、タリアは月の女神に短く祈りを捧げ、聖なる力を引き出す。

「セレネリア様、聖なる雷で悪を打ち払いたまえ!」


閃光が走り、天から聖なる雷が放たれ獣人を直撃した。

獣人はその場で焼け焦げ、倒れ込んで動かなくなった。


普通、強い魔法には長い祈りが必要で、強い魔法を短い祈りで使うと、大きく消耗する。ましてや、強力な獣人を討取るような強い魔法であるなら、その消耗は計り知れないのだ。


「はぁはぁ」


タリアは戦いの疲労と魔法の疲労で体も心も重く沈み、その場にへたり込んだ。


肩で荒い息を整えながらも、小さな擦り傷だけで済んだことにほっとした。



「タリア……!」

ルチが駆け寄り、彼女に抱きついた。

「タリア、大丈夫?」


タリアは微笑んでルチの頭を撫で、「ルチが助けてくれたの?」と聞くと泣きながらうなずいた。


「光の矢、あたったよ、あたった…」そう言ってルチはタリアに抱きついた。


「ありがとう、こわかったよね、助かったよ、ルチのおかげだよ」


「タリア……怖かったよ……」

ついにルチは泣き出してしまった。


「ごめんね怖かったよね、あんな大きな獣人」


「ちがうよ、タリアが死んじゃうかと思って、こわくて…いやだよ、タリア」


(この子は…敵ではなく、私の死を恐れたのね…なんという…)

騒ぎに気付いたのかカリナも泣きながら駆け寄り、タリアにしがみついた。


カリナは「いなくなっちゃやだよ!」と泣きながら怒っていた。

どうやら寝ていたら急にいなくなったことに怒っているようだ。

そういえば、ここ二か月、カリナから離れたことは無かった。


カリナも、私がいなくなることを恐れているのだ。


タリアは二人を優しく抱き寄せ、彼らを安心させるように語りかけた。


「もう大丈夫。おかげで、みんなを守ることができたわ、あなたたちを置いてどこへも行かないわ、ごめんね」


そこへ、救出された子供の親が涙を浮かべて駆け寄り、タリアの手を取り、感謝の言葉を絞り出した。


「本当に、ありがとうございました……あなたがいなければ、子供は……ううっ」


他の村人たちも続々と集まり、深々と頭を下げてタリアへの感謝を伝えた。


集落全体が、タリアの勇敢な戦いとその力に感謝した。


タリアは疲労で座り込み、静かに夜空を見上げた。

体力も魔力も使い果たし、目を閉じると自然と疲れが押し寄せてくる。


(恐ろしい敵だった……これが王国東部領。星が導いた地)


タリアは戦いの余韻と共に子どもたちと寄り添っていた。

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