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第21話 別離の扉

「王の狩り」に出発である。


狩りの装束をまとった騎士や貴族たちが行き交う。

ルチも王太子としての狩猟用の衣装に身を包み、凛々しく立っていた。


タリアの胸中には消えない不安が渦巻いていた。


(大丈夫かしら…)


数日前から繰り返し見ていた同じ予知夢を今朝も見たのだ。

つまり、悪夢の原因は取り除かれていないのだ。


(なんとかするしかないわ…私が何とかするのよ)


狩り場へ向かう王宮の一行は、将軍派と王妃派が互いに警戒し合いながら、緊張の中で出発した。


到着した狩り場となる王都近くの森では、王子と護衛のために豪華な天幕が設えられ、周囲を精鋭たちが囲んだが、タリアの胸騒ぎは強まるばかりであった。


狩りが始まると、ルチも狩猟隊に加わり、護衛の騎士たちと共に森の中へと進んでいった。


タリアは天幕で彼が戻るのを待ち、周囲に気を配っていた。

もちろん、悪の発見の魔法や、聞き耳の魔法をつかい、ルチの周囲に気を配っていた。


その時、ふと天幕に風が入った。


背後に気配を感じ振り返ると、立っていたのは最近雇ったばかりの「街に詳しい素敵なおにいさん」であった。


「どーも」

「あなた!よくここにこれたわね!どうやってきたの?!」


「森にもちょっと詳しいんですよ。それよりあなた、ここ、やべーですけど大丈夫?」


「どういうこと?」


「あなたの敵にもう囲まれてー、いますぐ天幕から逃げたほうがいいかんじー」


「そんな、敵の気配はないわよ?」


「なら、あなたに気づかれないようにやったんじゃないですかね?間違いなくうようよしてますよー」


「じゃ、じゃぁ味方の騎士たちに警告しなければ、やられてしまう!」


「そりゃそうですけどー、あなたの一番大事なものを守りに行ったほうがいいんじゃないんですかねー?」


はっと気づいた。

そうである、何より大事なのは王子の命。


もしも、彼らが何らかの手段で、タリアの悪の気配を見つける魔法を無効化したとしたならば、ルチの周りに危険が迫っているかもしれないのだ!急がなくちゃ!


彼は手招きし、天幕の布を持ち上げて見せた。

なんと大胆にも天幕の裏手の布に、縦に切れ込みを入れて新たな出口を作ってあるのだ。

高価な布なのに…などと文句を言う場面でもないので、うながされるがままこっそりと天幕を出る。


「王子の場所はわかるの?」とおにいさん。


「うん、大丈夫。音で聞いてるから。あっちよ」と方向を指さす。


「隠れて行くかんじで。みつからないよーに」


彼らは、身をかがめ、木々に潜みながら進む。


しばらくすると、あちこちから武器のぶつかり合う音、喊声や悲鳴が聞こえ始めた。

将軍の反乱が始まったのだ。


おそらく味方は、不意を受けて不利になっているはずだ。

急ぎ王子のもとへ行かねば。


森を走る。

いそげいそげ!


魔法の力と、森の訓練で得た力を使い、さながら森を渡る風のように木々を抜けて駆ける。

途中で街のお兄さんを振り切ってしまったかもしれないが、気にしている場合ではない。


敵を避けつつ森を駆け、ついにルチをのもとに到着した!


ルチたちは包囲されていた。

ルチのまわりには、味方の騎士たちが壁を作り、群がる敵を押し返し、戦っている。


「ルチ!」と大声で呼びかける!


「タリア!」とルチが応える!


その様子に気づいた味方の騎士たちは、えいやと力を振り絞り敵を一度に押し返し道を作った。


タリアは知らないことであったが、護衛の騎士たちは、王妃から事前に、もしものことがあれば西の明星と呼ばれ、聖なる魔法を修めた月の女神の御使いとよばれる王太子筆頭侍女タリアセレステに命運を託すように命令を受けていたのだ。


今がその時、と彼らは力を振り絞り血路を作った。


ルチのそばで敵を防いでいた老騎士が、ルチを抱えタリアのもとに駆けてきた。

この騎士は、王妃の重臣で城の中で何度も見かけたことがある貴族だ。


「タリア殿、我々は謀られたのだ、どうか王子を連れてお逃げください!」

「あなた方は?」

「ここで時間を稼ぎます、王子を追えないように足止めします」


相談の時間はない。

この老練の騎士がそう決めたならそれに従うのが一番だと判断した。


「ご武運をお祈りします」とだけ告げ、ルチを連れて逃げ去った。


ルチを背負い走る。

魔法の力で子供を背負っても軽やかに走ることができる。


どこに行こうか。


やはり王都の城だろうか。

しかし、王都は…予知夢では凶である。死地となるかもしれない。

大丈夫であろうか。


そのとき、ルチが「タリア、お母様とカリナは大丈夫かな?」と言ったのだ。


それもそうだ。

一度、城へ行き、お二人を救わねば。


タリアは王太子をしっかりと背負い、木々や草むらの陰を選びながら森を抜けると、方角を確かめ、王宮への帰路を急いだ。

だが、王宮が近づくにつれて、徐々に騒然とした気配が漂っていることに気づいた。


(やはり、城へ戻るのは危険かも……どうしよう)


迷ったが、王宮に残してきた王妃の身を案じ、彼女は王宮へと続く裏道を使い、なんとか城壁の裏手にたどり着いた。


しかし、そこはすでに戦場と化していた。


将軍派の旗が並び、王宮に向けて攻撃を仕掛けていたのだ。

城門は無傷で開け放たれている。

城内に手引きした者がいたのだろう。


もう、あぶない。


城の内外で騎士たちが剣を交え、凄まじい轟音が響いている。


「敵が来てるんでしょ?お母様無事かな?」


ルチは優しい子である。

こんな時でも家族の心配をしているのだ。

何としても救わねばならない。


タリアたちは、気配を消す魔法、忍び足の魔法、高く飛び上がる魔法、物音を出す魔法や逆に物音を出す魔法など、あらゆる魔法を使って、城内へと潜入した。


城内にもすでに敵が侵入し、もしかしたら以前から侵入していたのかもしれないが、そこかしこで戦闘となっていて、兵士たちが入り乱れ争っていた。


敵味方が入り乱れ、どちらが敵か味方は判断できず、とにかく、どの兵士たちのことも避け、隠れ進み、タリアたちはついに王妃のもとへとたどり着いたが、その代償として魔法の力を多く使ったため、タリアの心の力は消耗して、今にも倒れそうになってしまっていた。


「よくぞ無事であった」

王妃はルチを抱きしめると、頬ずりをした。


「王妃様!急いでください、反乱軍が王宮を包囲しています!」とタリアが(うなが)す。

親子の感激の再会よりも、みんなで脱出してから喜び合ったほうがよいのだ。


「お前たちが無事かどうかを知りたかった、これで脱出できる。すぐに行きますよ」


王妃たちはすでに避難の準備は終えていた。

王妃はタリアや王子と王女、侍女や護衛たちを引き連れ、城から城外に抜け出ることができる秘密の隠し通路へ向かった。


隠し通路へ向かう途中に何度も反乱兵に出くわし、そのたびに護衛が討取られ、侍女たちも散り散りになって逃げることとなった。

通路を抜けるたびに人が減り、最後には王妃のもとには、わずかな供の者しか残っていなかった。


「時間がない、急ぐのだ!」


そんな状況でも気丈にふるまう王妃の導きに従い、一行は城の奥へ奥へと駆け込んだ。


ようやく、あと一歩のところであるのに、行先(いきさき)である狭い通路の先に将軍派の兵たちが行く手を阻んでいた。


(どうしよう、魔法の力はもうわずか……)


タリアはここに至るまでに、多くの魔法を駆使したため、もうわずかな魔力しか残されていなかったのだ。


その時、王妃の侍女ロザリナが前に出た。

彼女は毅然とした表情で、王妃の上着を手に取ると、一礼して言った。


「私が囮となり、兵たちを引き離します。どうかご無事で」


王妃が返事をする前に、ロザリナは彼女と心を同じくする最後に残った数人の侍女を引き連れ、王妃のものである豪華な装飾のついたローブを体にかけて、敵兵の前へと走り出し、逃げ去るそぶりを見せた。


「そこだ、王妃だ、捕えろ!」


敵兵たちはロザリナたちを追いかけ、タリアたちの行く手が開けた。

一行はその隙を突いて通路の奥にある秘密の部屋へと進んでいった。


タリアと王妃、王子と王女の四人だけが、なんとか秘密の抜け道にたどり着くことができた。


「ここです、ルチ、カリナ。急いで抜け道へ!」


王妃が指差す先には、古びた本棚があり、その裏に隠された抜け道があるのだ。

王妃が本棚を動かし、秘密の入り口を開くと、暗い地下道につづく闇が彼らの前をふさいでいた。


「さあ、急いで中へ!」


王子と王女が先に地下道へと入っていくが、タリアがふと後ろを振り返ると、王妃が本棚の扉を閉じようとしていた。


「王妃様、何を…」


「この入り口は外から閉じて、仕掛けを壊せば、もう誰もそなたらを追いかけることが出来なくなります。タリア。この役目は私が果たします」


「いけません王妃様!どうか一緒に!必ずお守りします!どうか!」


「タリア、大義を間違ってはいけません、どうか行ってください」


タリアは愕然(がくぜん)とし、王妃の覚悟を理解し涙が(にじ)んだ。

王妃は微笑み、静かに別れを告げた。


「ルチ、ここでおわかれです。カリナを頼みます。どうか、善き王になるように」


王妃の静かな声が耳に響き、タリアは涙を流しながらも王妃に一礼した。

ルチは、黙って涙だけを流していた。


「カリナ、愛するカリナ、私の愛は常にあなたのそばにあります、どうか元気で」

カリナは大きな声で泣いていた。


「行きなさい」その声を最後に本棚の扉が閉まり、外の音が遮断される。

王妃は一人、兵が迫り来る中でその入り口を固く閉ざし、扉が開く仕掛けを叩き折り、抜け道を守った。


光が差さない暗闇の中、タリアは、まだ泣き叫ぶ王子と王女を必死に励まし、手を引いて、涙を拭いながら暗い抜け道を進んだ。

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