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第20話 危険な狩り

早朝の王宮。

朝露に輝く庭でタリアは深いため息をついた。

今日も眠りが浅かった。


ここ何度か、夢の中で王都が火に包まれ、王子の泣き声と王妃の悲痛な声叫びがこだまする場面が繰り返し現れたのだ。


彼女はこれがただの悪夢ではなく、不吉な未来の予兆であると確信していた。


とはいえ、直接王妃に話すには躊躇があった。

夢を理由に行動するなど、一般的にはバカげているのだ。


聞く人によっては、気にしすぎと言われるかもしれない。

しかし、それでも何か行動しなければならない。


今回の悪夢の原因ははっきりしている。

悪夢を見始めたの日と同じ数日前に、将軍派から王太子と共に行う「王の狩り」の提案が持ち込まれていたのだ。


王の狩りは、よく行われていた慣例行事であったが、今、この時期の提案に、王妃や重臣たちは謀略の匂いを感じ、気がかりとなっていた。


特に王妃は、王都内の安全を優先するため、この行事に疑問を抱いていた。


「王の狩り」は、王都周辺の田畑を野獣や魔獣から守るため、年に一、二度行うものではあるが、この時期にわざわざ開催を強く主張してきたのが将軍派の貴族であったため、その真意がわからなかったのだ。


そもそもにして、王が病で伏せているため、ここ数年行っておらず、鹿や猪が増えているという報告があり、狩りを行うこと自体に否はないのであるが、そうであるならば、将軍自身や代理のものでもよいのだ。王太子がわざわざ自ら行う必要はないのだ。そこが怪しい。


「ルチアーノ王太子様の武威を王都の民に示し人心を安らかにするためー」などとわざわざ言う必要はないのだ。


その日の朝、タリアは王妃の部屋を訪れ、王妃の身支度を手伝い、そのまま会議室へと向かった。

今日も重臣とともに狩りの件で話し合うのだ。


タリアはためらいながらも、王妃に近づき、頭を下げた。


「王妃様、実は……昨夜、少し不安な夢を見まして……」とタリアは一言一言慎重に言葉を選んだ。


王妃は静かに彼女を見つめ、深く息をついた。

「タリア、あなたの不安な夢とは、どういった内容でしたか?遠慮せずに話してみなさい」


タリアは王妃の優しい促しに心が少し軽くなった。

胸の奥に潜む不安を押し殺し、続けた。


「城に火の手が上がり、兵士が乱入し、悲鳴と怒号が響く中で王子様や王妃様が危険にさらされるのを見ました。これはただの悪夢ではなく、女神からのお告げではないかと思います」


予知夢が見れるということは当然秘密であるが、いまは、それでもこの凶事を何とか止めるには、いうしかないと思ったのだ。


重臣の一人が眉をひそめた。

「タリア殿のお言葉であれば信じぬ者はおらぬであろう。なればこそ、この狩りがただの行事ではない可能性もある。やはり、今一度、慎重に検討すべきではないか?」


王妃もその言葉に耳を傾け、しばし考え込んだ。


確かに、ただの行事ならば断る理由もないが、このような状況下で敢えて王太子を狩りに引きずり出すことには危険が伴う。


だが、「王の狩り」と称する行事の中止を要求すれば、将軍派から「王子が臆病である」と攻撃される恐れもあった。

将軍派が待っているのはまさにこうした王家の弱みだろう。


「タリア、あなたの言葉は確かに重要です。しかし、この狩りを断ることで王太子の名誉を傷つけてしまう可能性もあるのです」


王妃はその決断に苦悩し、周囲の重臣たちも何か良い策はないかと頭をひねった。


その時、別の重臣が口を開いた。「王妃様、いっそのこと、この狩りに護衛を大幅に増やしてはどうでしょう?王妃派と国王派の精鋭を揃え、王太子に危険が及ばぬようにするのです」


王妃は目を細め、その案について考え込んだ。

確かにそれは現実的な解決策かもしれないが、それにしても安心はできない。


タリアの言葉を胸に、さらに念を押すべきかもしれないという気持ちが湧いてきた。


「そうですね……ならば護衛はしっかりと配置し、狩りの場でも常に近侍させるようにしましょう。それで少しでも安全が保たれるのであれば、決して無駄にはならないはずです」


タリアは王妃の決断にわずかに安堵しつつも、まだ不安が消えない。

狩りの開催が決まった今、彼女にできることはもうわずかしか残されていなかった。


どうしても胸騒ぎが収まらない彼女は、ある計画を実行した。


以前から考えていたのだが、何かあったときのために、街の情報を手に入れたり、そう、例えば王城から逃げるときのための案内人を探すことにしたのだ。


方法はいたって簡単で、大魔法である月詠を使って、「助けとなる人間との出会いがある日」について何度も問うたのだ。


タリアは「吉」と出た日に、街へ行き、「街に詳しい素敵な紳士」を探していると、方々で言って歩いたところ、ほどなく、何人かの申し出があった。


そんなやり方で身の安全が心配であるが、タリアは強力な魔法の使い手で、悪を見破ることができるのだ。

いざとなれば結界を張って、昔、森で教わった通り、その辺の石や砂、ゴミを目に投げつけて逃げ去るつもりなので軽装できている。


赤く光って見える男が来たら、要注意!と心にとめ、下町の片隅で、何人も彼女なりの「面接」を行った。

夕暮れ近くなり、今日はもう終わりか、と諦めかけた時、ようやく、悪意の赤に光らない男があらわれた。


男は近づくと、冷ややかな目でタリアを見つめ、低く笑った。


「ちょっとおかしな女の方がいると聞いて見に来たのですけど、王宮の侍女様が何のご用ですか?身分を捨ててまで、ごろつきどもに頼みごととは珍しいですね」


彼の名を聞くと、にやりと笑って「街に詳しい素敵なおにいさん」でいいという。


「ひょっとして私のことを知ってるの?どうして?」


「そりゃもう、あなたのことを知ろうとしたことがあるからですよ」


「どういうこと?」


「さる方々は、あなたの情報が欲しくてたまらないのですよ、こんなところに一人でいていいんですかね」


「その時、私の情報はわかったの?」


「それがまーったくわからなかったんですよね…謎のまま終わったんでーす…」


「じゃぁ、あんまり、その、上手じゃないの?調査みたいな…」


「んなわけないわっ!王都に私よりうまい奴なんているわけないです。あなたがおかしいんですよ。誰も近づけないしー。なんかやってんですか?」


それが悪意の発見の魔法のことであるならば、間違いなく何かやっていると言える。


「ちょっとね、すこしですよ、すこし」


「何が少しだかわからないですけど、やってならいいです、ならまぁしゃあないです。で、あなた、ここでなにしてんですかね?わたしはそこそこ街に詳しいですよー」


話を聞くと、彼は報酬さえ支払われれば何でもこなし、街の案内なら任せておいて欲しいと控えめに言った。


危険な賭けであったが、もしもの時に頼れる人物が必要だと感じたのだ。


タリアは背筋を伸ばし、強い意志を込めて告げた。


「もしもの時に、王子と王女、そして王妃を安全に逃がしてほしい。そのための準備を依頼したいのです。報酬はあなたの望むもの、そして私の全財産です」


盗賊はしばらくタリアの顔を見つめ、何を考えているか悟らせない無表情のまま、やがて小さく頷いた。

「全財産は、まぁわかるんですけどわたしの望むもの?」


「そう、何かあるならいってみて。私にできるものなら払うわ」


「ふうん…」

見透かすような視線。


「例えば、病気の家族の治療とかどうかしら」


「…何を知っている?」


「たとえ話よ。私、回復の秘術を使えるのよ。興味あるかしら」


「ありますよ。病気、治せるんですか?なんでも?」


「出来るかどうかはわからないけど、最善を尽くすことはできるわよ、今すぐ、そこへ行きましょうか」


男は無言で踵を返すと、歩き始めた。

ついて来いということだろう。


タリアは街の散策に使う、庶民的な古いローブをしっかりと被り男についていく。


男から悪意は感じないのでまぁ大丈夫であろう。

この男の心をつかむことはきっと大切なことになる。


一週間ほどたち狩りの当日となった。

王宮はいつも以上に騒がしく、狩りの準備で多くの人々が行き交っていた。


王妃や重臣たちも狩りの参加者の顔ぶれや護衛の配置を確認し、慎重に計画を進めている。

タリアは再び王妃に謁見し、最後に訴えた。


「王妃様、行ってまいります。王子の身はわたくしが命に代えてお守りします。もし何か異変が起きたら、すぐに王太子を城に連れ戻します。王妃様も、どうか万全の警護で御身を大切にしてください」


王妃はタリアの必死の訴えに目を伏せ、そっと肩に手を置いた。

「ありがとう、タリア。あなたの忠義と努力を決して無駄にはしないわ」


タリアは深く一礼し、王妃の言葉に勇気を得たものの、まだ消えない胸騒ぎを抱えつつ、出発の準備を続けた。

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