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第2話 魂の帰還

ある夜、星空は誰かに起こされたような気がして、目を覚ました。


(部屋には誰もいない。……そんなわけないか。夢でも見たのかな?)


よく考えてみれば、寝てる間に誰かが部屋に入ってくるなんてありえないのだ。


(寝よ)


再び布団に包まると、おかしなことに気がついた。


カーテンを閉めたはずなのに、月明かりが差し込んでるのだ。

青い光がぼんやりと部屋中に広がってる。


(やっぱりなんか変よね)

異変を感じ、星空は再びからだを起こす。


すると、知らない女性の声が、そっと響いた。

星空(せいら)……」


(!!!)


「星空、愛しきルミナリアの魂を持つ者よ」


(……ルミナリア? 誰それ)


いつの間にか、部屋の真ん中に知らない女性が立っていた。


しかも、いかにも神様とでもいうような、歴史ドラマで見たような古めかしいひらひらとした薄い服を着た、美しい女の人であった。


(え、なにこれ…悲鳴をあげたほうがいいのかしら)


星空は、現代日本で正しく育てられた女性だったので、真夜中に知らない人が部屋に入ってきた場合の対応を行おうとしたので、彼女は慌てたように、言葉を続けた。


「ど、どうか話しを聞いてください、私はセレネリア。地球がある宇宙とは異なる世界の女神です……そして、かつてルミナリアだったあなたを迎えに来ました」


(うん。ぜんぜんわがんない。)


「ええと……あのう、すみません、せっかく名乗っていただけましたけど、失礼ながらどなたでしょうか……」


困惑しつつ答えると、セレネリア――と名乗った彼女は、少し悲しげに私を見つめた。


「あなたの記憶は失われています。それは、あなたの魂を癒すために必要なことでした……」


(……癒す?私が?なんのこと?)


「あなたの魂は輪廻転生(りんねてんせい)を繰り返し、少しずつ癒されていき、ようやく元の大きさに近づいてきたのです。どうか、私の話を聞いてください」


(え!あれ?!ひょっとして私の心、読んでます?!)


「はい、念話です。口を開かなくとも直接、頭の中で会話が出来ます」


そう言ってセレネリアが語り始めたのは、違う世界のとある国を救う使命を受けた女性が、長くつらい旅をして、命を落とすという悲しい物語だった。


出てくるのは神様、悪魔、魔法、呪い、そして恐ろしい怪物たち。

異世界ファンタジーとしてはなかなか壮大で面白くもあったが、正直、頭がついていかない。



しかし目の前で、不法侵入の彼女が真剣に話しているのは確かなのだ……


夢にしては、存在感が強い。

しかも、よく見ると彼女はうっすらと光っているように見える。


神様なのか、夢なのか。

星空が出した結論はー……


(これって、やっぱり夢、だよね?よし、寝なおそう)


「ま、待ってください、信じられないのは無理もありません。あなたは長い長い時間の中でたくさん生まれ変わりをして、あなたの記憶はすべて失われているのですから。それでも、どうしてもあなたに戻ってきてもらわなければならないのです、どうか話しを聞いてください」


(しつこいわね……)

彼女の必死さに、心優しい星空は押され、最後まで話を聞くこととなった。


よーく、話を聞いた結果、要はこの女神様の世界に来て欲しいということであった。


「実感はないかも知れませんが、行くのではなく、戻るというのが正しいのです」


(戻る……戻るねえ)

(戻るって全然覚えてないけど私の故郷だっていう別の世界の国へってことでしょ)

(困るなぁ)


「あなたしかいないのです。私の国で、今すぐに私の力を宿すことができる器となる魂は、もう見つからないのです」


彼女の真剣な眼差しと、訴えかける言葉にたじろいでしまう。


(信じがたいんですけど……どうしよう……)


最初は「夢だし、まあいっか」と思ってたけど、夢ならもう覚めてもいい頃合いじゃない?

なのに何も変わらない。

部屋の雰囲気も、彼女の言葉も、すべてが現実みたいに鮮明に感じられる。


(じゃあ、もし、わたしがその国の人を助けるって決めたとして、異世界に行くってことになったら、こっちの私はどうなるの?)


当然の疑問が頭に浮かんだ。


魂が異世界に行ったら、こっちの私はどうなっちゃうんだろう?


この質問に対して、セレネリアは少し表情を曇らせながらも静かに答えた。


「あなたの魂が異世界へと移ると、この世界での肉体は……本来なら動かなくなってしまうのです」


(なるほど、肉体が動かなくなるのかあ。それって……)


「え、ちょっと待って!それって、私が……死ぬってこと?」


思わず声を上げてしまう。だって、そんなの困る。


いきなり死ぬなんて……家族や友人に迷惑がかかるし、仕事だってあるのに。セレネリアは私の驚きに気づき、優しく続けた。


「はい。ですが……あなたが自分の肉体の死ではなく、生を選ぶのであれば手立てがあります。別の魂を、あなたの体に宿らせることで、あなたの肉体は生き続けることができます」


(別の魂を私の体に?)


「はい。あなたが異世界に行った後に、この世界に残るあなたの体に宿ることができる魂を探し出しました。その魂にお願いしてあなたの代わりにあなたとして生きてもらうのです。そうすることでこの世界でのあなたの家族や友人はあなたを失うことなく、共に生きることができます」


(なるほど……つまり、私の魂はこの世界からいなくなっちゃうけど、私の体は別の人の魂が入って残るってことか)


(うーん……それなら死ななくて済むし、家族も混乱しないね。私がいなくなることに気づかれずに済むのは、確かに安心だ。だけど、少し不安よね)


(でも、その魂って誰なの?大丈夫なのかな?)

(変な人が入ったら困るんじゃない?お父さんお母さんも、友達も会社の人もみんな混乱しない?)


セレネリアはゆっくりとうなずきながら説明を続けた。


「あなたの肉体に宿ることができる相性の良い魂の中でも、より良い資質を持った女性の魂を探してあります。その女性はつい最近命を失ったばかりで健全な魂です。彼女はとてもとても優しく、賢い女性で、あなたの役割のことを理解し協力してくれるよう相談が済んでいます。それに生前の彼女は長いあいだ血のつながった家族からひどく疎まれ、世の片隅においやられ、寒さに震え飢えて寂しく不幸な人生を送っていました。彼女の魂があなたの代わりにこの世界で新たな人生を送る機会を得ることは、きっと彼女にとって幸福をもたらすと思います。特に、彼女があなたとして、あなたの家族や友人たちの愛情に触れることは得難い経験となるでしょう」


(……なるほど。そんな魂なら、確かにこの体を任せることに違和感はないかもしれない)

(もしその人が幸せになれるなら、私も少し救われる気がする)


(わかりました。それなら、その人に私の体を預けてもいいです)

(まだ行くと決めたわけじゃないけどね)


セレネリアは神々しい姿によく似合う、真面目な表情で、深くうなずいた。

「もちろん、彼女があなたの家族に溶け込むよう、私も助力を惜しみません。彼女もまた、あなたの代わりとして誠実に生きてくれるでしょう」


(……あと、聞いておきたいんだけど、異世界に行って、私がもし……その、失敗してしまったらどうなるの?)


私が不安げに問いかけると、セレネリアの顔がさらに深刻になった。

彼女は少しの間、考える素振りを見せた後、真剣な目で私を見つめて言った。


「もし、あなたがその国で倒れれば……おそらく、国は悪しき者たちに飲み込まれ、やがて悪魔を呼び出して国を支配するようになります。そして民は悪魔の家畜となり魂と血を死ぬまで吸われ続けることになってしまいます」


予想よりも重い返事が来たのでびっくりしてしまった。

(そ、そんなにひどい目に遭うの?)


恐る恐る尋ねると、セレネリアは深く頷いた。


「その通りです。国中が明けない夜の暗黒に包まれ、逃れる術がない滅びの運命をたどることとなるでしょう」


言葉が胸に刺さる。

セレネリアの真剣な目に、私はもう後戻りできないことを感じ取った。


「あなたを迎えに来ることを決めるのは、私にとっても大きな覚悟がいることでした。異世界を行き来するのは、力を大きく消耗してしまうからです」


彼女は決断を下して私のもとに来たのだ。

セレネリアは私に頼るしかないと言ったのだ。


(ねえ、ちょっと重すぎない?)


そして、もし私が行かなければ、私の故郷だっていうその場所で、たくさんの人がひどい目に遭っちゃう……。それを止められるのは、私しか……いないのか。


「星空、あなたひとりがその国を守るわけではありません。あとで説明しますが、悪を討つように選ばれた者たちがいるのです。その者たちの手助けをして欲しいのです。それに他の神々やその眷属も既に動き出しておりますし、あなたや選ばれた者を助けるために生を受けた者たちもおります。もちろん、私も全力であなたを支えます。あなたがひとりで戦うのではないということを、どうか忘れないでください」


その言葉を聞いて、私は少しだけ肩の力が抜けた。自分が一人で全てを背負うわけじゃないんだ、って思えたから。


(……わかったよ。やる)


私が覚悟を決めたその瞬間、セレネリアの表情が少しだけ柔らいだ。


「助かります、星空。ありがとう……あなたの決断が、あの国の人々にとって最後の希望となるのです」


セレネリアがそう言って、私に感謝の言葉を伝えた。


(いついくの?その世界に)


「できれば今すぐに。私の力は今こうしているだけでどんどん失われているのです。ごめんなさい」


なんと。

じゃ、じゃぁ。


(ねぇ、セレネリア。最後にお願いがあるんだけど……家族や友達と一度だけ会わせてくれないかな?)


少しの間、セレネリアは黙って考えていたが、やがて静かに頷いた。


「それならできます。かれらの夢の中に行きましょう」


夢か。夢でもいいか。

会えるならばそれでもいいや。

お父さんお母さんお姉ちゃん。もう戻れないみたいだけどけれど、最後に会える。

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