第19話 運命の光
夏至の日。
王宮の一角では早朝から特別な緊張と慌ただしさがあった。
この年、六歳を迎えた王太子ルチアーノが太陽神アリエラの大神殿に参拝しお目見えする儀式を行うのである。
そこには六歳以上の家族全員が出ることになるので、王妃も同行することから、王家にとって一大行事であった。
「今日は、王家にとって重要な日です。警護を強化して、少しの隙もないように」
王妃は騎士に指示を出し、護衛体制を入念に整えた。
タリアはなんといっても王太子の筆頭侍女なので、衣装の準備や儀式の作法まで手配し、そのうえで、周囲の警戒を高めるよう配慮した。
太陽神殿とのやり取りや、作法の確認についてはソラン神官が大変役に立ってくれたのはありがたかった。
しかも彼はタリアを安心させるように、当日はきちんと身を清めて、神官の正装で側に控えてくれるとの申し出をしてくれたので、非常に喜んだ。
……いつもはきちんと身を清めず、正装でもなんでもない格好で王宮に来ていたという自覚があった事もわかってしまったのだが。こいつ何なんだ、と思わないでもなかった。
ルチの儀式自体は、通例のとおり短時間で行われる、形式的なものに過ぎない。
王家の子どもたちが成長の一環として太陽神に会う儀礼で、深刻な事態が起きる可能性は極めて低いと誰もが思っていた。
正午近く、神殿には王族や重臣、多くの神官が参列していた。
周囲には侍女や衛兵も囲んでいる。
静寂の中、太陽が最も高く昇る時を待っていると、ついに正午になったのだろう、神殿の天井に開いた窓から、一筋の光が中央の石床に差し込んできた。
その光の中心に立たされたルチアーノ王太子の姿が神々しく輝き、周囲にいる者たちは畏敬の念を抱かずにはいられなかった。
ルチは教えられた作法通り、太陽神への敬意と誓いの言葉を静かに述べた。
緊張した面持ちで儀式の進行を見守るタリアもまた、心の中で月の女神に祈りを捧げ、儀式が無事に終わることを願っていた。
儀式が終わりに差し掛かり、参列者たちが敬礼のために首を垂れ目を伏せると、神殿に静けさが戻った。
誰もが、このまま何事もなく終了するだろうと思っていた。
その時だった。
『加護を授ける』
どの神官の声とも異なる、しかし力強く厳かな女性の声が神殿に響き渡った。
(まさか、女神さまの声……)
それは特別な声であった。
聞いたものはみな体が熱くなる、人ならざる圧倒的な存在感を持つ声が、その場にいた全員の耳に届いた瞬間、参列者たちはざわめき、顔を上げた。
ルチアーノは神殿の光の中に佇み、まるで何者かと対話しているかのように見えた。
タリアたちは驚き、息を飲みそれを見守った。
やがて、光は消え、儀式が終わった。
そして、あたりは騒ぎとなった。
参列した神官たちや重臣たちは、これは神託だ、奇跡だと口々に囁き、ざわめきは止まらなかった。
みな、この崇高な出来事に大いに感激しているようだった。
しかし、王妃とタリアは顔を見合わせ、不安の色を浮かべた。
困ったことになった、とタリアは思ったのだ。
冷静に周囲を見渡したが、神殿に居並ぶ重臣や神官、護衛たちは皆一様に興奮と緊張、そして喜びを帯びた熱狂の表情を浮かべていた。
王太子は太陽神の加護を得た!それは大変な出来事だなのだ。
「ルチが授かった…」
王妃が小声で漏らすと、傍らの一部の重臣たちも同様に困惑を隠せない様子だった。
彼らは周囲の喧騒に加わらず、ただただ困惑していた。
目の前の出来事が信じられず、その重大さを理解するのに時間が必要だったのである。
儀式が終わった後、王妃とタリアたちは急いで神殿を後にし、王宮への帰路についた。
タリアの心中には不安が渦巻いていた。
この奇跡とも言える出来事は幸運なことに、そして不幸なことに数多くの列席者に目撃されてしまったのだ。
重臣たちや神官たち、侍女や護衛の騎士たち。
彼らは今日の出来事を感動と共に家族や同僚、友人知人に話すだろう。
将軍派の者たちにも必ず知られる。
王妃はタリアに目配せをし、穏やかな声で話しかけた。
「タリア、私たちはしばらく慎重に行動しなければなりません。どう動くか、目を離さないようにしてください」
(将軍派がどう動くか、ってことよね……だいぶ刺激しちゃったわよね)
タリアは小さくうなずき、王妃の意図を理解した。
ルチが加護を与えられる光景を目撃したり聞いた者たちの中に、彼の存在を危険視する者がいるかもしれない。
いや、いないわけがないのだ。
将軍はどう思うだろうか。
自分が王位につくための競争相手が神の加護を得たのだ。
もしも彼が成長したならば、国民は喜んで王として迎えるだろう。
では、どうするかと問うなら、ひょっとしたら成長する前に、殺すしかないのではないと考えるのではないだろうか。
今日の出来事によって、これまで以上に厳しい監視や圧力がかけられる可能性が高くなったのだ。
警護のため別々の馬車で王宮に戻ったルチは、無邪気な笑顔で王妃に駆け寄った。
「母上、アリエラ様がぼくに加護をくれたんだよ!」と興奮気味に語る彼の言葉に、王妃は優しく微笑み返した。
「ええ、ルチ。あなたにはきっと、大きな役割があるのですよ」
王妃はルチを抱きかかえ、やさしく語りかけながらも、心の中では王家を取り巻く未来の波乱を予感していた。
その後すぐに、王妃は近しい者だけが集う密室で、重臣たちと協議を行った。
「加護は実にありがたいのでが、今はまずい。実にまずい時期に加護を得てしまいましたな」と、困惑した表情の重臣が言った。
その場にいた皆が、その言葉に声を出さずに賛同した。
「幼すぎるのだ、もう少し成長なされてからであれば……」
「しかし、神様に文句を言うわけにもいくまいて」と別の重臣がたしなめる。
沈痛な面持ちの重臣に、別の重臣が返事をする。
「うむ、だが、もう得てしまったものはしょうがあるまい。返せるものでもない。今は、これからどうするか、を考えるのが先決よ」
「しかし、方針ははっきりしたな、神の加護を得た王子である以上、貴族も民も文句なしで喜んで王に迎えるだろう、多少年が若くとも大丈夫、ということになったのだ」
「それはありがたいな、では、王子の成長を待つか。いついけるだろうか」
いける、とは王座につくという意味だろう、とタリアは理解した。
「十六とは言わぬ、十四でもいい、いや、十二歳でもなんとかなるのではないだろうか、なんと言っても神殿の支持があるしな。あと今しばらく、何とか支えるのだ」
「それまで王子の安全を確保せねばならぬ」
「抜け道の件はどうなっている?それと警護に新しい騎士を増やさねばならぬぞ」
「密偵の増員も必要だ、何をしているかを探るのも大事だが、何を探られたかを知るのも大事だ」
王妃たちは遅くまで話し合い、ルチの護衛体制を見直し強化する方針を決めた。
タリアもまた、その話し合いに参加し、筆頭侍女としての役割を再確認した。
「タリア、今後は王子の周囲にいるすべての者に目を光らせ、どんな些細な異変も見逃さないでください」王妃は神妙な面持ちで指示を出した。
(セレネリア様、アリエラ様、どうかルチをお守りください)
タリアは祈られずにはいられなかった。




