第17話 太陽の女神
朝の光が王宮の庭に降り注ぎ、二歳のカリナ王女が元気いっぱいに走り回っていた。
楽しそうな笑い声が庭中に響く。
その無邪気な姿を、タリアや侍女、護衛の騎士たちは警戒を怠らぬよう見守っている。
「カリナ様、あまり遠くへ行ってはいけません!」
侍女の一人が慌てて声をかけるが、カリナは気にも留めず、まるで自分の冒険を続けるかのように庭の端へと駆け寄っていった。
タリアもまた、彼女の可愛らしさに目を細めながらも心配を隠しきれず、ため息を漏らす。
「王女様は本当にお元気ですこと…」
すると、その時、ちょうどルチが庭に姿を現した。
ルチはカリナが花壇の中に足を踏み入れているのを見つけると、小さく眉をひそめ、しっかりとした口調で言った。「カリナ、そこは入っちゃダメだよ」ルチの鋭い声に驚いたカリナは、はっとした表情を見せ、ゆっくりと花壇から足を引いた。
タリアはその光景を見て微笑みながら呟いた。
「ルチ様は立派ですね。もうカリナ様をたしなめることができるなんて」
ルチはカリナに駆け寄り、「花壇はだめなんだ」といって、彼女の手を取りながら優しく誘いかけるように言った。
「こっちで遊ぼう、カリナ」それを聞いたカリナはすぐににっこり笑って頷き、兄の手を握り返した。
ルチが向かったのは池だ。
「池なら怒られないよ」
「池もダメです!」と侍女が二人を取り押さえようとすると、二人は芝生の上を手を繋いで駆け回り、笑い声が響く。
二人を追いかけている侍女を除いた、タリアと侍女たちはその微笑ましい光景を見つめながら、自然と笑顔がこぼれた。
ある日、タリアは、ルチに太陽の神の魔法を教えられる指導者を探すため、ひそかに月の大神殿を訪れた。
信頼するソフィアから助言を受けるためだ。
ルチが魔法の才能を見せ始めている以上、適切な師を見つけなければならない。
しかし、それは王家の未来を左右する重要な決断でもある。
タリアの不安を察した師のソフィアが、静かな声で尋ねた。「タリア、今日は一体どうなさいましたか?」
タリアは深い息をつき、心に浮かんでいる不安を正直に打ち明けた。
「ルチ様に、太陽の女神アリエラの教えを受けさせることを考えているのですが…王家派で信頼できる方が果たしているのかどうか……」
ソフィアはしばらく考えた後、目を細めて微笑み、タリアに一つの提案をした。
「確かに、太陽神の教えを伝えられる神官は少ないですし、誰を選ぶかは慎重でなければなりませんね。でも、タリア。あなたには、頼るべき存在がいるのではありませんか?」
「頼るべき存在…?」
「太陽神アリエラ様ご自身に相談してみるのが最も確実でしょう。女神はきっと、必要な答えを示してくださるはずです」
タリアはその助言にハッとした。
月の女神様以外の神様に尋ねるということは、考えたことが無かったが確かにやってみる価値はあるかもしれない。
「先生、ありがとうございます。私に足りないものが少し見えた気がします。早速、太陽神殿でお導きをいただけるように祈ってみます」
太陽の女神アリエラは、神話の中では月の女神セレネリアの姉として伝えられており、仲睦まじい姉妹で、昼の世界を守る姉の、命をはぐくむ日の光を、夜の世界に届けるために、泣く泣く離れ離れになったという言い伝えがある。
タリアは月の大神殿を出ると、すぐに馬車で太陽の大神殿に赴き、太陽神アリエラに祈りを捧げ、王子の師となる神官についての導きを願った。
女神さまからの返事はなかったが、タリアは心を落ち着け、アリエラの慈悲深い光が自分を包んでいるような感覚を覚えた。
大神殿の厳かな空気に身を置くと、迷いが少しずつ晴れていくように感じられた。
(もし、ルチが、アリエラ様にとっても必要な存在ならば、きっと何かしらの形で答えをお示しくださるはず…)
そう自分に言い聞かせ、深く一礼して祭壇から下がった。
その翌日、タリアは王都の行事の打ち合わせに同席した。
城の会議室には王妃や宮廷の重臣たちの他、王都の六神の大神官が集まり、次の大祭に向けた準備について相談がされていた。
タリアは、王妃の背後に立ち、王妃の信任厚い存在として席に加わっていた。
その打ち合わせの席で、話題が尽きた時に太陽神の大神官がふと、静かに口を開いた。
「王妃様、大祭の話ではないのですが、そろそろルチアーノ王太子に太陽神アリエラ様の教えを学ばせることをお考えになってはいかがでしょうか。将来を担うお方に、太陽の女神の教えを正しくお伝えすることが必要かと考えております」
タリアは少し驚いた。
こんな早くに、願いが叶うことはあるのだろうか。
思いがけない提案にタリアの心は揺れるが、この申し出が王家のためのものなのか、あるいは将軍派による策略かどうかの確証は、まだないのだ。
もしかしたら、タリアの願いとは別の、王子のもとに暗殺者を向かわせる将軍派の陰謀であるかもしれないのだ。
「ありがとうございます。太陽神の教えを学ぶことは王族にとって必要なことです。前向きに検討して返事をします」
そう王妃が答えたところで会議が終了した。
参列者たちが次々と退席していく中で、タリアは内心の不安を抱えたまま残っていた。
この申し出によってやってくる神官が王家にとって吉と出るか否かを確認しなければならない。
それには月詠なのだが、こういう時に限って天気が悪いのだ。
数日続いた雨がようやくやみ、雲の間に出た月に問いかけると、吉という返事を得た。
タリアが王妃に「太陽神殿の神官に来ていただくお話は賛成です」と伝えると、さっそく、数日後に、太陽神殿から神官が王宮にやってきた。
タリアは、王子の教育係として選ばれた神官がどのような人物かを確認するため、期待と緊張を抱きつつ出迎えに立った。
王宮の門に姿を現したのは、古びたローブをまとい、ぼさぼさの髪を無造作に束ね、粗末な姿をした神官だった。
彼は控えめな態度で歩み寄り、静かに頭を下げる。
「お初にお目にかかります。太陽神殿より参りました、ソラン・エウレシウスと申します」
彼の背は低く、やせており、声も低く、華やかさや威厳には程遠い雰囲気だった。
太陽の女神は、愛と美の女神でもあり、音楽の守護者でもある黄金の女神であるのに、神殿を代表して城にやってきた神官が、輝きをまるで感じさせないその容貌であるのは、一体どうしたことだろうか。
タリアは思わず言葉を失い、彼の平凡で凡庸な姿をまじまじと見つめた。
周りの侍女や騎士たちもまた、同様にがっかりとした表情を浮かべ、誰もが期待外れに感じている様子だった。
(この方が、本当にルチの師となるべき神官なのかしら……)
タリアは内心で失望しながらも、月の女神の祈りで得た吉兆を思い出し、ひとまずは彼を信じてみようと心を決めた。




