第16話 守りの星
夜も更け、王宮が静まりかえるころ、タリアは部屋に隠してある星観の古書を開いていた。
優秀な彼女にとってもその本に書かれた内容は難解で、読めば読むほどその奥深さに圧倒される。
未来を見通すということは、様々な因果の積み重ねの先にある出来事を読むということで、神であっても難しいことなのである。
その書によれば、より正確に未来を見通すには、今までタリアが行ってきた簡単な魔力の操作だけではなく、星の動きや配置を追い、その星の力を利用することも求められるようだ。
未来の兆しを見出すためには、膨大な天文の知識と、さらに精密な計算が必要とされる。
そして、忘れられた古い神への祈り、助力を乞うことも必要なようなのだ。
神はそれぞれ話す言葉が異なる。
自分の国の六神であれば、もちろん自分の国の言葉で話しかけることができるのだが、西の国の神であるならば、その西の国の言葉で話しかけねばならず、古い神であるならば、もちろん古い言葉で語りかけねばならない。
古書に翻訳した自国語だけではなく、西の古語がそのまま写されていたのには理由がある。
夜ごと書物を開いては、古語を読み込み、単語を覚える勉強を何時間も続けるものの、まだ確かな知識を得られていないと感じていた。
(むずかしい、でも、この知識を身につけられれば…もっと王家を護る力となれるはず)
学びの道のりは長く、まだ先が見えなかった。
だが、タリアは夜を勉強だけして過ごしているわけではなかった。
彼女は密かに月詠を行い、近い未来に起こる、王家に降りかかる危機を未然に防いでいたからだ。
誰にも知られぬよう、月の女神の魔法を用い、王家を影から護ることが、彼女の日々の務めだった。
その夜もタリアが部屋で勉強に没頭していると、遠くから聞こえる声に気づいた。
聞き耳の魔法と、月の女神の魔法の秘伝である、悪を発見する魔法を組み合わせて使うことで、ひそやかに進む悪事を見つけるのだ。
声の方向に集中し、耳を澄ませると、どうやらこの夜、再び王家に対する密かな計画が進行しているらしいと察した。
タリアは息を呑み、会話の断片を拾い上げる。
「……明日の晩餐に毒を……」
「成功すれば、王妃派の弱体化に……」
「毒見には効かないように……」
タリアの目が冷たい光を帯びた。
王妃や王子の食事の毒見役を、気づかれぬよう薬か魔法かを使って、毒が効かないようにして、毒の入った食事を気付かせずに通してしまい……というような内容である。
簡単だけど実に効果的な作戦だとタリアは思った。
でも、そのことがわかっているならば防ぐ手立てはある。
王子や王妃にも毒が効かないように魔法をかけることができるし、それよりも、そんなことをさせないように、厨房に特別な見張りを立てて警戒させるのも手だ。
王子の筆頭侍女の命令であれば、ほとんどの命令は実行されるのだ。
ましてや、タリアは王妃やロザリナからの信任も厚いし、護衛の騎士たちからも一目置かれているのだから。
部屋に差すやわらかな月光の下、王家への忠誠を胸に秘めたタリアは静かに、今宵も静かに古書をめくるのだ。
ある朝、タリアは王子ルチと共に学ぶために、東の塔の下の階にある、学びの間へと向かった。
ルチは五歳になって、教師に習うことも増えてきているが、同じ年の他の子供たちと比べても特に優秀だと言われていた。
彼は幼いながらも王家の一員として、国の歴史や文化、基礎的な読み書きに加え、地理や人々の暮らしにまで関心を示し、教師の授業に興味深く耳を傾けている。
「タリア、今日も一緒に授業を受けるの?」
タリアは護衛役も兼ねて、ルチと過ごすことが多かった。
ルチはタリアの存在を喜びながらも、幼さを隠せない微笑を見せた。
タリアもまた、微笑を返す。
「ええ、ルチと一緒に学ぶことは、私にとってもとても大切なことなのです」
そう言って席につくと、王子の教師が静かに授業を始めた。
王族が知るべき教養や歴史の話が続くが、ルチは熱心に聞き入り、子供らしい、しかし鋭い質問を投げかけた。
「なんでそうなったの?」
「そのあとどうなったの?」
「それっていいこと?わるいこと?」
「どうすればよかったのかな?」
ルチは好奇心の塊で、なんでも満足するまで聞き、時には王国指折りの学者である教師を困らせることもあった。
彼の真剣なまなざしに、タリアは王子としての未来の姿を重ねるように感じた。
(きっとこの方は、将来立派な王になるだろう…)
タリアはそんな希望を抱きつつも、一方で彼が王宮の外の世界を知らずに成長していることに心を痛めていた。
広い世界に出て、外の人々の暮らしや苦労を知る機会を与えられぬまま、城の中のその中でも厳重に警護された保護下で育っている。
外の世界に触れることで、彼は真の王としての視野を持てるはずなのに。
タリアはそんな思いを秘めながら、心の奥で王家の未来を憂う自分を感じていた。
歴史の授業が終わり、休憩時間に入った。
ルチが席を立ち、ふと手にした紙片が机から落ちてしまったのだが、ルチが手をかざすとその紙片が宙に浮いて机の上に戻ってきたのだ。
タリアは驚いてその様子を見つめ、思わず息を呑んだ。
(これは魔法だ!念動力だ!)
ルチが無意識に魔法を使ったことに気づき、タリアは瞬時に他の人の目から気づかれていないか周りを確認した。
(ルチが魔法を使った……)
タリアは心の中で驚きを隠しきれなかった。
魔法は千人に一人歩かないかの力であるので、王族がその才能を持つこともあることはあるのだが、教えられもせずに彼の年齢で無意識に魔力を扱うことができるなど、普通では考えられないことなのだ。
彼が持つその力を知られることは危険でもあった。
学問が優秀で、素直で、しかも魔法の才能まであるとなれば、将軍派は、大きくなる前に何としても殺そうとするだろう。
タリアはルチに歩み寄り、優しく語りかけた。
「ルチ、少しこっちへきてください」
タリアは彼を部屋の隅へと連れて行き、静かに彼の肩に手を置いた。
「ルチ…さっき、紙が浮いていたのはルチがやったの?」とささやき声で聞いた。
ルチは少し首をかしげ、「何かまずかったかな?」と無邪気に返事をした。
タリアはその無邪気さに微笑みつつ、心を落ち着けて説明を始めた。
「ルチには、特別な力があるのかもしれません。これを上手に使いこなせば、きっと国のために大きな役割を果たせるようになりますよ。でも…今はまだ、この力について他の人には話してほしくないのです」
「どうして?」とルチは聞く。
「ルチに特別な力があるとだれかに知られると、悪い悪魔がルチをいじめにくるのよ」
「あ、あくまっ」
「こわい悪魔がきちゃうんですよ」
「わかったよ、もうしないよ」
「いいえ、そうではないんですよ。じつは悪い悪魔をやっつけるために、その力を使えるように練習しなくてはいけないんです」
「でも、あくまが怒るんでしょ?」
「そう、タリアと一緒にあくまに見つからないように練習しましょうね、見つからなければ平気なのよ」
ルチは小さく頷き、「わかったよ、タリア」と答えた。
その目には、幼いながらも真剣なまなざしが宿っていた。
タリアはその表情に、希望を感じ彼の成長を心から願った。
それからというもの、タリアは密かにルチに魔法の基礎を教えるようになった。
まずは魔力の扱い方や制御の重要性について、彼が理解しやすい言葉で教える。
ルチはまるで遊びを学ぶように魔法に興味を示し、少しずつではあるが魔力を意識的に制御する術を覚え始めた。
タリアはその成長を見守りながらも、常に慎重に、彼が誤って力を漏らさないよう細心の注意を払って指導していった。
タリアは王子が持つ潜在的な才能に驚きつつも、今はまだ彼の幼さを見守ることが必要だと感じていた。
彼が無意識に魔法を使うことで、万が一にも危険が及ぶことがないようにと、ひたすら慎重を心がけながら、毎日のわずかな時間を使って彼に魔法の基礎を教えていく。
「できたよタリア!」
「あーっ、ルチ、しずかにしずかに、いけませんよ大きな声を出しては」
「ごめんよ」と小さな声でつぶやくルチ。
こういう素直なところは実にかわいいのだ。
「でも、よくできましたね、えらいですよ」
かわいさとはともかく、才能は恐るべきものがある。
この調子では簡単な魔法はすぐに覚えてしまうだろう。
魔法については早急に新たな教師を探さねばならない。
なぜなら、王家の守護神は太陽の神アリエラで、ルチが真の魔法の力を得るならば、アリエラの魔法を使える師につかねばならないのだ。
タリアは、将軍派に感づかれず、王子に魔法を教えることの難しさに頭を悩ませるのだった。




