第15話 書庫に眠る星
夜も更け、王宮の静寂が深まる中、タリアは灯りを手に、城の書庫を訪れていた。
これで何度目になるのか。
星観の秘術を求め、城の書庫で何度も手がかりを探しているが、求める書物は一向に見つからない。
埃まみれの棚がいくつも並び、重たげな古書が無造作に積まれている。
「まったく、どうしてこんなに乱雑に放置されているのかしら…」
ため息をつきながらひとりごちると、廊下の方からゆっくりと足音が近づいてきた。
書庫の扉がきしむ音とともに開き、灯りを持った占術官のルカがぼんやりとした表情で入ってきた。
彼は、どこか眠たげな表情を浮かべ、ゆるりとした動作でローブを揺らしながらタリアに微笑んだ。
「おやおや、タリア様。またこんな夜更けに書庫にご用ですか」
内心ではルカに対して「無能な占術官」と思っているタリアだが、礼儀として小さく会釈を返す。
ルカは無能と評判にもかかわらず、占術官の役目に加え、書庫の管理も任されていると聞いていた。
占術官としての技量はともかくとして、この書物に積もる大量の埃と、整理とは程遠い雑然とした書棚を見る限り、書庫の管理官としては確実に無能であるように思えた。
「ルカ様も、こんな夜遅くまでお勤めとは、ご苦労なことですね」
「いやいや、勤めといっても、これといって大したことはしていないのですよ」とぼけた様子で笑い、埃まみれの棚を指先でなぞってみせる。
「ほら、この通り、何も役に立っていないんですよ、埃は立ってますけどね」
その指先から舞い上がった埃を見て、タリアは改めて深いため息をついた。
「本当になにしているのかしら」と疑念がよぎるが、考えても仕方ないと意識を逸らす。
「ところで、何かお探しでしょうか。不肖の身ではございますがこれでもこの書庫の管理者です。お探しの書物を探すお手伝いをさせていただきますよ」とルカが言った。
まさか、古の星観の秘伝書を探しているなんて言えるはずがない。
王妃派の侍女がそんなものを探しているなどと敵に知られるわけにはいかないのだ。
この男がいかに無能とはいえ、口がついている限り、油断はできない。
ここにいて何かを探している理由をどう伝えようかと考えた挙句、タリアは自分が嘘が苦手なのを忘れて無理な言い訳を口にしてしまった。
「えっと、その、実は、侍女仲間で恋占いが流行っていて、星の動きとか、ああっ、いえ、その、ええと、そう、何か恋の運勢がわかる占いの書があればと……」
「おや、恋占いですか?」ルカが目を丸くしてタリアの顔を覗き込むと、彼女は顔を少し赤らめて視線を逸らした。
「ええ…それで、書庫に少し星占いの本があればいいな、なんて…」
「そうですか、恋占いとは乙女にぴったりですねぇ」
ルカは目を細め、どこか意味深に棚を指さした。
「まあ、ここは整理されていないので、占いの本も見つけるのが一苦労でしょうけれどね。もっとも、こうして雑然としているおかげで、逆に重要な書がうっかり敵の手に渡らずに済んでいるとも言えるのですよ」
「……逆に?敵に?ですか?」
「ええ、こうしてどこに何があるかわからない状態ですからね、探すのも一苦労でしょう?特に、無造作に積まれた古書に目をつける者なんて、そうそういないものです」
ルカの言葉にタリアは返事をするべきか迷ったが、彼の言葉には一理あるとも思えて、ただ小さく頷いた。ルカはニコニコと笑顔を浮かべたまま、埃の積もる棚を適当に眺めながら、一冊の本を手に取った。
「さあて、こちらなんかどうですかねぇ?」
ようやく、タリアが差し出されたのは、ただの占星術の基礎が書かれた本だった。
期待外れに感じつつも一応手に取るが、求めている知識とは程遠い初歩的な内容に思わず失望のため息をついてしまった。
ルカはタリアの様子を見て「うーん……ちょっと違いましたか。これも、ちょっと違うかもしれませんね」と頷いた。
ルカは、書庫の奥のほうの、とりわけ乱雑に積まれた本の山をいくつか動かして通り道を作って進んで行った。
そして埃を払いながらもう一歩棚の奥に足を踏み入れた。
それから、ふと思い出したように上の棚の方を手でまさぐり、奥のほうへ手を突っ込んで、うんうんとうなりながら一冊の厚みのある本を引っ張り出してきて、タリアに差し出した。
「これなんかどうですか、ちょっと珍しい書物ですよ」
タリアの目の前に差し出された本は、重厚な表紙に複雑な星の模様が施され、異国の雰囲気が漂っている厚い書物だ。彼女は驚きに息を呑みながら手に取り、そっと表紙を撫でた。
「なんでも原書は西の方からのきたようでして、三百年ほど前に王家に献上されたものだそうです。もちろん原書はとても古い西の国の言葉で書かれていたようで、そこからいくつもの国、いくつもの言葉を経由して、我が国にたどりついて、この国の言葉に書き直された本だと聞いています。長い時を経ても必要とする誰かに届くように、当時の最高技術で装丁されているとか」
タリアは本の装丁の感触を確かめながら表紙を開く。
するとそこには、元の国の言葉であろうタリアが読めない原文があり、それとは別に、実に丁寧に、この国の言葉で書き写された文章が読み取れた。
かなり古めかしい言い回しが多いが、意味を読み取ることができる。
そこにはタリアがよく知る太陽の神、月の女神、地水火風の六神だけではなく、タリアが知らない神々、今やこの国では忘れられた古い神々への祈りや儀式、神託を授かるための祈祷法が記されていた。
今まで見たどの書物をも、はるかに超える見たことのない知識が書かれていることに、彼女は胸が高鳴るのを感じた。
(まさに……これなんじゃない?秘伝の書って……まさかこんなものが、ここにあったなんて……!)
「なにやら、奥のほうに落ちてましたねえ、それ、恋占いに役立ちますか」
ルカは相変わらずとぼけた様子で、タリアが探し求めていた書物を手にしたことを気にしていないように見えた。
彼女が無言でルカを見つめていると、彼はにっこりと笑って肩をすくめる。
「いやはや、世の中、こうして偶然のように見つかることもあるんですよ。お探しのものが見つかってよかった」
「ルカ様、もしや……もしかして、わざとここに?」
「おや、何かおっしゃいましたか?わたし、ちょっと無能なんですよ、あまり難しいこと言わないでくださいね」
タリアは彼のとぼけた表情に少し呆れながらも、彼が本当にただの無能な占術官であるのか、大きな疑念が胸に湧き上がった。
ルカは彼女の視線を感じているのかいないのか、うやむやな笑顔のまま書庫を出て行こうとする。
その直前、ふと思い出したように振り返り、軽く首を傾げながら口を開いた。
「そういえば…もう十年以上前になりますかねぇ。夜空にとても美しい星が流れていったのですよ。まるで導くような美しい星が…ね」
その含みある言葉に、タリアは思わず息を飲んだ。
目の前の男が、無能の仮面の下にどんな意図を秘めているのか、疑問が一層深まる。
彼女が返す言葉を探している間に、ルカは軽く手を振りながら、再びふらりとした足取りで書庫の外へと向かっていく。
ルカの姿が書庫の扉の向こうへ消えると、タリアは視線を手にした書物に戻した。
(星が導く……私も、この力で国を守るために進むべき道を探し出してみせるわ)
その後、静寂が戻った書庫には、ページをめくる微かな音が響くだけだった。




