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第14話 王子の筆頭侍女

王妃暗殺未遂事件があったことは、城内に動揺を与えないために伏せられていた。


ロザリナは、表向きは風邪ということになり、実際は昨日負った怪我の影響で自室で休んでいる。

祈りの力によって傷が癒されたとはいえ、血をたくさん流してしまった影響は大きく、数日は安静にしなければならないというのが侍医の指示だった。


そのため、今日はタリアが王妃の近侍として、離れずについていた。


タリアは王妃に魔法のことを聞かれると思っていた。

昨日、ロザリナを救うために使った魔法を王妃は見たし、周りの護衛たちも見た。

ロザリナは実際に魔法を受けて回復した。


目の前で起こった、まごうことない事実である。


あれほどの癒しの祈りは王都の高位神官でも難しい、特別な魔法の癒しなのだ。


それなのに、そのことについては王妃も、誰も何も言ってこなかったので、タリアはそのことを不思議に思っていた。


その日の午後、ちょうど二人きりになったところで、王妃がタリアに声をかけた。


「タリア、少しいいかしら」


(きたっ……これは、昨日のことだ)


ついにきた、とタリアは思ったが、つづけられた王妃の言葉は予想とは違うものであった。


「タリア、そなたにルチの筆頭侍女になってもらいたいのだ」


「筆頭侍女、わたくしがですか」


「そう、そなたに頼みたい。もちろん、妾の侍女としての務めも続けながらではあるが」


ルチことルチアーノは、もちろん、この王国の王位継承一位の王太子である。


その筆頭侍女ともなれば、養育、保護に重大な責任を持つ。


王子を善き王にするため、食事の毒見から、普段のしつけ、学問、武術の習得から、王としての心得まで、様々な事柄に目配りをする、責任と権力を持った重要な立場となるのである。


そして、それだけではなく、もし筆頭侍女が王子の信頼を受けたまま、彼が成長し王位を継承したならば、筆頭侍女は王の側近として、国政を左右することができる発言ができる立場になることもできるのだ。


国王の妃以外では第一の実力を持った女性となることができる可能性がある。

王子の筆頭侍女とはそのような立場なのだ。


王妃は続けた。

「タリア、どうしてもそなたに頼みたい」


王妃の目は真剣であった。


「妾か王子か、どちらかを選ばなければならない時が来たならば、迷わず王子を選んで欲しいのだ。ルチアーノを助けて欲しい。彼が成人し王になるその日まで、そなたの力で支えて欲しい」


その言葉は命令ではなく、心からの懇願のように聞こえた。


王妃は、昨日、暗殺者に襲われたのだ。


そして、彼女が大切にする侍女ロザリナが身代わりとなり刺され、すんでのところで命を失うところであったのだ。


その命を救ったのは、(まれ)なる癒しの力を持った、ほかならぬタリアだ。


それならば、もし、タリアが王妃についていれば王妃の身に何かがあってもすぐに命を救うことができると考えるのが普通ではないだろうか。


しかし、王妃は自分のそばにいろとは言わず、王子のそばにいろという命令を出したのだ。


タリアは王妃の深い愛情と王国を守る覚悟に胸を打たれ、深く頭を下げた。


「承知いたしました、王妃様。全力でお支えいたします」


「頼む、タリア」


「王妃様……その……」

タリアは、王妃が昨日の出来事、タリアが魔法を使ったことを問わないことを聞こうと思ったのだが、言葉が出てこなかった。


口ごもるタリアに、王妃がもう一言、言葉を与えた。

「タリア、妾は為すべきことをするためにここにいる。妾は昨日、お前もそうであることを知ったのだ。どうか頼む」


「はっ…かしこまりました、王妃様」


王妃の部屋から出たタリアが、次に向かったのはロザリナの自室だった。


ロザリナはまだ横になっていたが、その顔には赤みが戻ってきていた。


タリアが部屋に入ると、ロザリナはにっこりと微笑んで迎えてくれた。

「タリア、来てくれたのね」


タリアも微笑みを返し、ベッドのそばの椅子に腰を下ろした。

「具合はどうですか、ロザリナ?」


ロザリナは少し誇らしげに顎を上げた。

「まあまあってところかしら」


穏やかな笑顔のロザリナである。

彼女は王妃の一つ下の歳で、王妃と同じく西の貴族の娘である。

彼女は王妃が王家にやってくる前から共に過ごしていて、セルビナリカが王妃になることが決まり、彼女を支えるために侍女となって仕えた、まさに第一の家臣である。


そしてロザリナは、昨日、誰よりも早く暗殺者に気づき、王妃と凶刃の間に入り、身をもって王妃の命を守った。


刃は彼女に深く刺さったため、抜くのに時間がかかり、護衛が態勢を整えるわずかな時間を稼いだため、暗殺者は、それ以上の追撃が出来ずすぐにその場を離れたのだ。


彼女の勇気が王妃を守ったのである。


ロザリナは真剣な表情でタリアを見つめた。


「タリア、数日前にあなたが言ってくれた言葉、私は覚えていたのよ。あの言葉がなければ、私は王妃様を守れなかったわ」


ロザリナは、タリアが月詠で得た、凶の気配のことをおざなりにせず、ずっと気にかけていたというのだ。そんなそぶりも見せずに。


しかし、つづけて、『どうしてそのことがわかったの?』とは聞かなかった。

ロザリナも王妃と同様であった。


癒しの魔法のこともロザリナは口にしなかった。

自らの命を救った重要な出来事であるにもかかわらず。

かわりにロザリナが口にしたのはただ感謝の言葉であった。


「あなたのおかげよ。本当にありがとう、タリア。体は大丈夫、私は王妃様のために命を捧げる覚悟ができているの」


一呼吸を入れて言葉をつづけた。

「タリア、どうか、一緒にこの国と王家を守って欲しいの、どうかお願いよ」


そう言ってロザリナは病床に起こした身をかがめ、タリアに(こうべ)を垂れた。



その真摯(しんし)な言葉は、タリアの心を打った。


ロザリナはタリアと同じかそれ以上の家格をもつ西の大領ヴェルディナ家の者で、タリアより年上で、タリナより王家での立場は高い。

そのような高貴な女性は、通常であれば家格が下の、しかも年下の者に頭を下げて懇願するというようなことはしない。


二人きりの部屋とはいえ、それをしたという事は、それほど重要であるという事なのだ。


「もちろんです、ロザリナ。私たちは一緒にこの国を守りましょう」


二人の間に少しの沈黙が流れたが、それは重苦しいものではなく、どこか温かかった。


「ありがとうタリア」


ロザリナが少しおどけて「じゃぁまずは、一緒に、あの廊下の明り取りの窓をふさいでしまいましょうか」という。


「それはいいですね」と笑いながらタリアは返した。


ロザリナは優しげな見かけと違い、勇敢なのだろう。

自分を刺した暗殺者が潜んでいた窓のことを冗談にして、タリアの笑いを誘うとは。


このことがきっかけで、タリアはロザリナのことをすっかり好きになってしまい、二人は年の差を感じさせぬ友人となり、何事も相談し合える関係となった。



王家を守る。

王家を守る仲間も守る。

タリアは星々を見上げ、未来を知るための手段を求める決意を再び固めた。

星観(ほしみ)の知識の秘伝が今こそ必要なのだ。


月詠(つくよみ)の力で、身近に起こる凶事を察知し、それを回避することはできるだろう。


しかし、今後はどうすればいいのか。

もちろん、王妃や大臣たちは国の存続のために必死に知恵を振り絞っている。


その助けとなるのは月詠ではなく星観なのだ。

夜空に散らばる星の中に未来への道を見つける強力な力が必要なのだ。


王都へ来てから、これから進むべき道を見つけるために、何度も星観を試みているものの、この場所は強い闇の陰りに遮られてしまい、これまでなにも見通すことができないでいた。


星の中の道を探すことこそ、王妃と王子を守る道標になると信じていた。


(何とかしなきゃ…)


タリアは道を知るべく、夜空に輝く星々に向かって手を伸ばした。


(星たちよ、そのための道を示して…)

これからの試練を乗り越えるため、タリアは知識を探さねばならないのだ。


夜更けに、タリアはひそかに何度も書庫を訪れた。


星観の秘術を学ぶための書を探すため、皆が寝静まった頃に部屋を抜け出していたのだ。


王家の書庫は、整理がされていない。

乱雑に積み重ねられ、年代も、作者も、分類も種類も何もかもすべてばらばらで、恐ろしいほどにただ置いただけである。


この無秩序ぶりを見て心を痛める人間もいるであろう。

しかし、この状態であるからこそ、貴重な書物がもしかしたら見つかるかもしれないという望みがあった。


星観の奥義書。

昔の文献から価値がありそうな存在があることは探り当てていた。


昔、遠い遠い西の国の偉大な予言者が書き残した書の写本が、王家に献上されたというような記述を見つけていたし、ずっと昔にハイランドの高僧が王家の命令で作成した書もあるはずなのだ。


それらの書を見つけたい。

そう思い数か月も探しているが、まだ見つからない。


心が折れそうになることもあったが、先日の一件もあり、新たな気持ちで書物の探索を行っていた。


それにしても、とタリアは考える。

(王家の占術官は本当にダメねぇ…)


最近では何も助言してないって話じゃない、それならせめて書庫の整理ぐらいすればいいのにと、穏やかな顔をした占術官ルカの顔を思い浮かべた。

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