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第13話 暗殺者

タリアは月の神殿の神官ソフィアに様々な教えを受けた。


神官としてのしきたりや教養をあますことなく伝授され、月の女神の神官として、子供の洗礼の儀式やお葬式などの儀式や季節の行事の取り仕切ることもできる。


そして魔法の伝授を受けた。


この国では魔法の力を持つものは千人に一人である。


百人住む村が十か所あって、その中に魔法の使い手が一人いる程度、というほどに少ないのだ。


ソフィアはその魔法の才がある千人に一人の中でもさらに、千人に一人といえるほどの豊かな魔力を持っているのだが、そのソフィアが驚くほどの大きな魔力をタリアは持っているのだ。


タリアがソフィアから受けた伝授の中で、最高の難易度を持つと説明を受けたのが月詠(つくよみ)である。


月詠は、魔法学の大きな区分でいうと占いの一種とされているが、実際のところは神託に近いもので、月の女神に祈りを捧げ、普通では知りえない情報を人知を超えた力で知り得ることができる、大きく魔力を消費する祈りの技法のことである。


月詠は、月に祈りを捧げ、吉凶を占う。

物事が起きる前にその可否がわかるというのは、まさに究極の力の一つだ。

ただし、欠点もある。月詠は近い未来しか占えず、遠い未来のことは知ることができない。さらに、具体的な内容を詳しく知ることはできず、良いか悪いかの極端な回答しか得られないのだ。


そんな大魔法をタリアは女神との絆と、その豊かな魔力の恩恵を使って行っている。


タリアは月の女神に縁があるので、夜空に浮かぶ月を見るのが好きだった。


昔から、子供の時の城の中でも、森の中の訓練での野営の時にも、夜はいつも月を見ていたものだったし、王宮勤めとなってからも、それは変わらなかった。


ある夜の寝る前の静かなひととき、タリアは窓越しに夜空を見上げて月を探した。


今日は下弦の月で、真夜中に東から登る、かすかに赤く染まった三日月だ。


何度も見たことがあるその月が、その夜はなぜかタリアを不安にさせた。


天文を学べば月が欠けるのは、太陽の光が当たっていない場所が見えないことだという事は一番最初に教わることだし、月が赤く見えるのも光の問題で低い空にある時はそういうことがある、ということも知っているが、今日はそれに違和感を感じたのである。


「こういう時は(うらな)っちゃうに限るね…」


少し遅い時間なのでそれなりに大変ではあったが、タリアは浮かぶ月にひざまずき祈りを捧げ、月詠の祈りの儀式を行った。


なにか良くないことでもありますか、と。


しばらくして月から答えを授かった。


応えは、「あり」である。

すなわち、近々凶事あり。


それが今回の祈りの答えである。


「きょ、凶」

意外と、はっきり悪い結果が出たので驚いてしまった。


そうとなると、タリアは心配が募る。


凶とはなんであろうか。

おそらく、王妃にまつわるなにかであろう。


どうしたものかと考え、翌日、日常の会話の中でさりげなく王妃に注意を促した。


「王妃様、何かと騒がしくなってまいりましたし、護衛を増やしてはいかがでしょうか」


王妃はタリアの言葉を聞いて、少し微笑んだが、「護衛は既に十分、私も常に警戒している」と取り合わなかった。


たしかに王妃の周囲には信頼できる侍女や護衛が揃っており、あまり深刻に受け取られなかったのだ。


そこでタリアは筆頭侍女のロザリナに同じことを告げたのだが、彼女はタリナの言葉を軽んじるようなことは無かったが、多忙でもあり、具体的に何かをするようなことは無かった。


数日後の夕暮れ、王妃がいつものように、王子と王女に会いに行くときのことだった。


王子たちが暮らす東の塔に向かう途中の通路、王妃を守る護衛たちがいつものように周囲を警戒して進む中、王族しか立ち入れぬ通路の先を、不審な影が横切ったのだ。


「誰だ!」護衛が鋭い声をあげ、目の前に現れ消えた人影に注意を向け、護衛の一人が剣を抜き、飛び出し、追いかけた。


しかし、その一瞬の隙を狙って、通路の側面にあいた明り取りの窓から人影が飛び込んできて、王妃にとびかかったのだ。


「曲者!」

誰よりも早く気づいたのは近侍していたロザリナだった。


暗殺者の持つ刃が王妃に向かって突き出されるその瞬間、ロザリナは身を盾にして王妃と暗殺者の間に入り込んだため、暗殺者が突き出した刃は彼女の胸に深く突き刺さった。


「くっ……!」

ロザリナは顔を歪め王妃にもたれかかって、立つ力を失い、床に倒れた。


暗殺者は、ロザリナから刃を引き抜くと、すぐさま入ってきた窓から外へ飛び出していった。


王妃の護衛が慌てて窓の外を見ると、ロープもなしに下へ飛び降りた暗殺者が、王宮の庭を抜けあっという間に姿を消すのを見た。


「護衛!ここで守れ!一人は衛兵を呼びに行け!」

王妃は状況を把握し、護衛に命じて暗殺者を追わず、自分たちの安全を最優先にするよう指示した。

さらに暗殺者が潜んでいて、護衛が手薄になることを狙っていることがあるかもしれないのだ。


タリアはその時、東の塔にいた。


実はたまたまではなく、今日は特に胸騒ぎがするので、仕事に身が入らず、王妃のそばと王子の部屋とを何度も行き来して様子を見守っていたのだ。


その夕暮れ時は、王子の部屋で遊んでいたが、何か変事があることに備え、聞き耳の魔法を使っていたため、外の通路で起きた騒ぎにすぐに気づき、駆けつけたのだ。


走ってきたタリアが現場で目にしたのは、王妃と護衛たちがいて、その中心に誰かが倒れ込んでいる光景であった。


「王妃様!ご無事ですか!」


「おお、タリアか、ロザリナが妾を守ったのだ、血が止まらぬのだ、手当てを急がねばならぬ、はやく医者を連れてくるように!急いでおくれ」


王妃が床に倒れるロザリナを抱きかかえているが、彼女は身動きせず、力を失ってぐったりとしていた。

見れば、肺腑を刺されたのであろうか、息が止まっており、大量に出血していて、このままではどんな医者が手当てをしても間に合わず死んでしまうことは明らかだった。

残された時間はごく短い。


迷う時間はない。

タリアは決意した。

これまで隠してきた魔法の力を使うべき時が来たのだ。


瀕死のロザリナを救うためには、月の女神に祈りを捧げ、ひときわ強い癒しの魔法を施さなければならない。


「王妃様、お任せください」

そう声をかけると、彼女が抱きかかえるロザリナの傍らにひざまずいた。


タリアは精神を集中し静かに祈りはじめた。


月の女神セレネリアよ

わが祈りに応え給え

善き女、ロザリナの命を助け給え

傷つきしロザリナを

聖愛の光をもって癒し清め給え


タリアは月の女神への祈りのために両手を上から下に、左右ぐるっと回し、月の象徴である円を空に描き、胸の前で手を組む独特の作法を行い祈りを捧げた。


ありがたいことに、タリアの真剣な祈りが通じたのか、まだ月は空に登っていないのにもかかわらず、すぐに十分な神気が満ち、タリアの身体が青い光に包まれた。


タリアは滴る血で真っ赤に染まるロザリナの胸の傷に手を当てた。

手がロザリナの体に触れると、青い聖なる光がロザリナを包み込んだ。


光は強く瞬いた後、ロザリナの身体に吸い込まれるように徐々に小さくなり、やがて消えた。


その時には血は止まり傷はふさがり、すぐに呼吸が回復し、ロザリナが一息吸うたびに顔色に少しずつ血の気が戻ってきた。


王妃の胸の中で、ロザリナが目を開け最初に発した言葉は王妃の安否だった。

「セヴィ?…あなた、無事なの…?」


意識を取り戻したロザリナを、王妃は涙を浮かべて喜び、抱きしめた。

「ああ、ロザリナ、無事なのね。よかった、よかった……ロザリナよかった、怪我をしたのはあなたよ。わたしは無事よ」


「ああ、よかった……あなたがよかった無事で、よかった」


二人は抱き合い、しばらく離れなかった。


その時間を破ったのはタリアだった。


タリアは周囲を警戒する護衛たちを一瞥すると王妃に「王妃様、いったんここを離れましょう。ロザリナ様の傷はふさがり一命はとりとめましたが、体に負担がかかっています。休ませねばなりません」


王妃はその言葉を聞くと、はっと冷静さを取り戻し、護衛の騎士たちに指示を下した。


「今日は王子の塔へ行くのは取りやめです。まず、ロザリナの身体を部屋に運び医者を呼ぶのです。誰か先へ行きなさい。すぐに向かいます!それから、護衛隊長に妾のところに急ぎ来るように伝令を出して!そして、今ここであった事を口外せぬよう厳命する。変を知られてはならないわ。全て、ひそやかに行うように。よいわね!」と強く命令を下した。


「それから…」と言いかけタリアを見た。


「それからタリア」


「はっ」


「助かった。礼をいいます。そなたとは少し話をする必要がありますが、いまは、ルチたちが心配です。そばに行って警戒して欲しい。頼みましたよ」


去っていく王妃たちの姿を見送ると、タリアは、王妃の命令通りルチたちの部屋へ戻った。


王子たちの部屋の前に立つ衛兵がドアを開けるやいなや、すぐにルチが飛んできてタリアに抱きついた。


「タリア!」


「なんでしょうか」


「なんできゅうにはしっていっちゃったの?ほんがとちゅうだったよ」


そうでした。

絵本を読んでいる途中でした。


「ごめんなさい」


「ちょっとひどいんじゃないかな?ほんをなげちゃだめじゃないかな?」


「でも、どうしてもまにあわなそうだったのです」


「……もれちゃうの?だいじょうぶ?」


「まにあいました」


「そう、よかったよ」


「すみませんでした」


「うん、これからははやめにいっていいよ」


「ありがたきお言葉かんしゃします」


「あと、はしらないほうがいいとおもうよ」


「そうかもしれません、気をつけます」


「ほん、つづきやってよ」


「あらあら、他の侍女、エニスやミルルもいますのに」


「タリアがいいんだ、はやく」


「まぁまぁ、ではつづきを読みましょうね」


まとわりつくルチのなんとかわいいことか。


先ほど、血まみれでロザリナが倒れた場所とこことはほんのわずかな距離である。


タリアはルチを抱き寄せると、さっき放り投げた本の最後に開いたページを探してめくり始めた。

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