第11話 動物の玩具
タリアが王宮に来てから半年が過ぎた。
見習い侍女としての仕事から始まり、今では王妃の身の回りの世話だけでなく、王妃に近侍して会議の記録をとったり、来客の応接など、そこそこ重んじられていると思われるような役割を任されることが増えていて、それをしっかりこなしていた。
もっとも来客の応接については、「こんな子供が相手か!」と怒り出す者もいないわけではなかったが、用件の大半は陳情で、出来る限り親身になり、出来る願いはかなえてやり、出来ないことには出来ないことを説明した。
愛らしい少女が「卿のお力になれず心から残念です」と今にも泣きだしそうな表情で告げると、大体の客は振り上げたこぶしをぐっとこらえて降ろし、帰っていくのが常であった。
大したことない要件の客であれば、であるが。
最初は戸惑うことも多かったが、ついつい実力を発揮してしまい、タリアは侍女たちの中でも一目置かれる存在になりつつあった。
特に多くなったのは役目は神殿への使者であった。
王都では、国家の行事や、神殿の行事が年に何度もあり、それらは王家と神殿の互いの協力が不可欠なものが多かった。
そのため、王家と神殿の間で費用負担やら人員派遣のやり取りを行うためする必要があったため、そのたびに使者が往来した。
「今日は月神殿との打ち合わせか……またソフィア先生に会えるのは嬉しいけどね」
月の女神を崇める神殿は、女性の守り神でもあり、多くの民衆から信奉を得ているため、太陽神を守護神とする王家であっても疎かにはできない重要な相手であった。
王都の月の神殿の王家への窓口は大神官の一人となったソフィアで、彼女はタリアが幼い頃から教師として長く時間を過ごしており、深い縁があった。
タリアは今でも彼女のことが大好きだった。
ソフィアは、教師としては厳しかったが、タリアにはまるで姉のように、友達のように、時には母親のように接してくれたのだ。
タリアは彼女からは、神官としての教えだけでなく、人間として大切なことを学んだ。
彼女は賢いだけでなく、常に誠実で不正を憎み、公平で物事を途中で投げ出さない性格で、タリアは前の人生を含めて彼女ほど尊敬できる人間を見たことがなかった。
そんな彼女は、いまは神殿の大神官の一人として王家の使者であるタリアと交渉をしているが、ソフィアはそこでも以前同様の教師ぶりを発揮し、タリアは交渉のコツともいえる、様々な駆け引きの術を教わった。
タリアはソフィアを厳しいと思っているが、他人から見るとだいぶ、とても、すごく甘い師匠との交渉は上手く行かないはずもなく、かつて王家の誰もが難しいと言っていた月神殿との打ち合わせは、タリアが出るようになってからはたいへん円滑に行われていた。
神殿から王宮へ帰りながらタリアは考えていた。
(でも不思議よね、私が交渉に行くと他の神殿の神官たちもなんだか好意的に対応してくれるのよね。月神殿はソフィア先生がいるからわかるし、王家の守護神の太陽神の神殿もまあわかる。でも、地と水と火の神殿や、商売の神様でがめつい風神殿もスムーズに交渉が進むなんて)
実際、タリアが月神殿以外の神殿と交渉にあたったときも、特に問題は起こらず、むしろ何かしらの好意的な空気を感じることが多かった。
一度、ソフィア先生にそのことを聞いたことがあったが、「さあねえ、流れ星でも観たんじゃない」などというくらいのもので、理由はさっぱりわからないままであった。
タリア自身にはなぜそうなるのかわかっていなかったが、結果をみれば、王家と神殿の交渉はかつてないほど順調で、そのおかげで他の侍女や役人たちからは「神殿との調整はタリアなら安心」と見なされ、信頼を厚くしていた。
「タリアはまだ若いのに、どうしてこんなにうまくやれるの?」
同僚の侍女が不思議そうに尋ねることもあったが、「別に私がすごいわけじゃないわ。神殿の方が優しいだけ」と、謙虚に答え、そのことも彼女を慕うものが増える元となっていった。
タリアが侍女となり仕事を手伝うようになってからも、王妃の仕事は減るどころか増える一方で、未処理の案件をいくつも抱え、常に時間に追われていた。
当然、子供たちと過ごす時間など十分に取れるはずもなく、王妃はそのことを常に気にかけていた。
特にルチは愛情深いたちで、母を恋しく思い、母親に会いたいという気持ちが強く、いつも寂しさ募らせていた。
タリアが、ルチ王子とカリナ王女の部屋に向かうのは何度目だろうか。
いつものように王妃の指示を受けて、子供部屋の様子を見に向かいながらも、彼女の胸には緊張感があった。
おそらく、彼らこそが女神から知らされた悪を討つ希望で、自分の人生の目的そのものであるからだ。
王妃の子供たちを必ず守らねばならない。
その責任が重く感じられるのだ。
ルチの無邪気な姿を見るたびに、その不安は消えぬままに心が和らいだ。
ルチは母親に会えない寂しさを抱え、時折その孤独が小さな言動に表れるようになっていたが、それでも彼は、幼いながらに頑張って王宮での生活を送っていた。
そして、そんな彼にとってタリアは、いつも優しく接してくれる存在だった。
タリアとルチが初めて会ったのは、ルチが護衛から逃げ出して王妃の部屋まで一人で行ったあの日だった。
あの日、ルチはどうしても母に会いたくて逃げ出したのだ。
そんなルチを見つけたタリアは、部屋から逃げ出したことを怒るでもなく、怖い男からかばって、優しく手を引き母のもとに連れて行ってくれた、彼にしてみれば、話のわかる信じられる存在であったのだ。
タリアが部屋の扉を開けた瞬間、ルチの顔がぱっと明るくなった。彼の目には無垢な喜びがあふれていた。
「タリア!」
「きましたよルチ!なにしてるの?」
「なにもしてないよ!」
「まぁ、なにかしたほうがいいんじゃないかしら」
「なにしたらいい?」
こういう時のタリアは何かしら彼が喜ぶようなものをもってくるのが常だったので、ルチは期待で目をくるくるにしていた。
タリアはルチが懐いてくれていることを心から嬉しく思った。だが、同時にその幼い心が抱える寂しさを感じ取り、彼を少しでも元気づけたいと思った。
「ルチ、今日はね、楽しいことをしようと思ってるの。新しい遊び道具を持ってきたのよ」
タリアは城下で職人に作らせた「動物パズル」を取り出した。パズルは動物の絵とその名前が書かれていて、遊びながら言葉を覚えることができる、現代ではありふれているが、この国ではおそらく初めて御目見する最高の玩具だ。
「これ、どうやってあそぶの?」
「動物の絵と名前を合わせるのよ。たとえば、これは『うま』、こっちは『くま』、そしてこれは『ぐりふぉん』」
この国にはグリフォンが普通にいる。
さすが異世界。
ドラゴンのピースもあるのだ。
ルチは目を輝かせながら、パズルに手を伸ばした。
その小さな手がピースをつかんで、楽しげに動物を組み合わせていく姿は、タリアの心を和ませた。
さて、この玩具を使用する上での、最も大切なことは、審判である。
子供が褒められたいと思う大好きな人間が、正確に判定し、正解したならばしっかりと褒めるのだ。
タリアは前世でボランティアの学童保育に行ったことがあるので、そのあたりは履修済みである。
「正解よ!ルチはすごい!またあってるわ!」
「やった!」
「でも、次のこれは難しいんじゃない、やってみる?無理だと思うけど」
「できるよだいじょうぶ」
ルチが楽しそうに笑いながら、次々にピースをはめていくのを見て、タリアもまた微笑んだ。その純粋な笑顔が、タリアの胸に温かい感情を呼び起こした。
(この子のために、もっと何かできたらいいのに……)
その後、タリアは一歳になったカリナの元へも足を運んだ。カリナはまだ小さいが、非常に活発で、目を離すとすぐにどこかに行ってしまうほどだった。
「こらこら、そんなところに登っちゃダメよ」
タリアが目を離した隙に、カリナは椅子の上によじ登って、バランスを崩しそうになっていた。タリアは慌てて駆け寄り、彼女を抱き上げた。
「もう、じっとしててほしいんだけど……でも、元気で何よりね」
カリナはタリアの腕の中でニコニコと笑いながら、小さな手を振り回していた。まだ言葉は話せないが、その目には好奇心がいっぱいに輝いていた。
「ねぇ、カリナ、とってもいい歌があるのよ」
優しく声をかけると、カリナは元気に足をばたばたさせて答えた。
タリアはカリナを歌であやしながら、彼女の元気さに心からほっとしていた。
「ねえ!タリア!できたよ!みて!」とルチ。
「まぁ、本当ですか、難しいんですよ、出来ていないんじゃない?」
「できてるよ!みてよ!」
「どれどれ、まぁ、ほんと!これは完全におおかみですね!すごい!」
そんな様子を王妃は密かに見ていた。
忙しい政務の合間を縫って、少しでも、と子供たちの姿を確認しに来たのだが、タリアが自分の息子と娘を優しくあやしている様子をみて、おもわずそこに出ず、陰から見守ることにしたのだが、タリアに今までの世話係の侍女の誰よりも、子供たちがなつき幸せそうにしている姿を見て少しだけ驚いていた。
そして、小さなタリアが小さなカリアを抱いて歌いあやす姿は、彼女になんともいえない幸福を覚えさせた。
王妃はそのまま無言で、ただじっと子供たちの笑顔を見て、しばらくするとその場を後にした。




