1話 豪華客船
ハヤトが感染する少し前の事。
日本国内でとある大規模計画が進められていた。
『未来を掴み取ろう! 人工島無料旅行キャンペーン』
国内数十万人を抽選で選び、当選した人は無料で二週間程の豪華旅行を与えられるという非常に胡散臭いものだ。
キャンペーンが告知される五年ほど前に、新たなエネルギー資源を発見して世界的な賞を貰った人間が居た。そのエネルギーは現存する動力のどれよりも安全かつ強く、枯渇することが無いと証明され世界中で実用化の実験がスタートされた。
発見者の神田刺音は無限に近い資金援助を受け、たったの五年で数十万人が居住可能な人工島を海の真ん中に完成させ、彼女は神の使いとまで言われる。
しかし、皆エネルギーの方に注目してばかりで、島がどう作られていったのかハッキリと言える者は誰一人として居なかった。
人間は『新しい』が結局好きなのだ。
島が完成して、その景観をテレビ越しに確認した者は皆未来と希望を見出した。
貧乏人から金持ちまであらゆる人々が人工島の旅行チケットを獲得するため抽選に参加していく。
ごく一部のお偉いさん方はコネでチケットを得るが、表向きは完全ランダムのSNS抽選。
SNSの公式アカウントを友達登録するだけで参加できるのだから、老若男女問わず数千万人がそれに便乗した。
結果、当選したのは154000人。
当選者達は十六隻の豪華客船で人工島に向かっている途中だ。
「私の作った船、Kクルーズをご利用いただき誠にありがとう諸君! 目的地のアダプ島に到着するのは明日の昼前くらいかな? 船内は大体何でもあるし、適当に暇つぶししてくれると幸いだ」
船内放送で神田刺音が偉そうに喋ると、自分と同じ船にあの天才が乗っているのかと辺りがざわつき始める。
一番最後に出発した十六隻目のビュッフェコーナーにて、放送に興味を持つこと無く食べ物を食い散らかしている男が一人。
「バクッ、ムシャッ……ああ美味え! 何食っても美味いなここのレストランは。このハンバーグもクッソ美味い! クソと比べちゃいけない!」
男は色素が抜けたような真っ白い頭髪をボサボサに伸ばしたウルフヘアーで、ある意味一般人には見えない。
周りのフォーマルな格好をしている人達は嫌な顔をしながらどんどん離れていく。
ヨレヨレのワイシャツにケチャップを付けながら、男は気にせず次の料理を取りに向かう。
我慢ならなくなったのか、綺麗なスーツをした中年が男に聴こえる大きさの声で小言を言い始めた。
「ああ、なんて行儀の悪い。シャツも買い替えれないような貧乏人と同じ船に乗らなきゃいけないんて、チケット手配してもらって損したかな」
「…………お、これも美味そうだな! ポテトも乗せちゃおっ」
中年の声はある意味届かなく、顔を真っ赤にして小言が罵声に変わる。
「おい! 君の様な人並み以下が来るべき場所じゃ無いと言っているんだ、分かるか?」
「……さっきからグチグチうるさいねえおじさん。俺だって生き物だ、飯くらい食うだろ」
口いっぱいに頬張りながら喋ると、当然口内から食べ物が飛散する。
中年の高そうなスーツにそれが付着し、堪忍袋の緒が切れたようだ。
顔を真っ赤にした中年が男の胸倉を掴もうとした瞬間、その手を叩き落とした青年が一人。
「そのお方に触るんじゃねえ。前田、お前は俺のおこぼれで船に乗れていることを忘れるな」
「ろ、炉偉様! こいつは私に無礼を働いて……」
「尽さんは俺の恩人だ。二度目は無いぞ」
中年の前田は頭をペコペコさせながらその場を離れていった。
逢魔炉偉、世界トップレベルの富豪『逢魔財閥』の御曹司。
全身真っ黒のスーツに金髪の威圧的外観だけでなく、眼球まで黒いタトゥーで染め上げている姿は有名企業の看板を背負っているとは到底思えない。
「お久しぶりですね尽さん! うちの社員がご迷惑をお掛けしました」
「炉偉かぁ。お前も抽選に当たってたのか…あ、まさかコネで来やがったのか!」
「へへ、まあ。財閥が件の研究者に多額の寄付をしてましたから」
それなら仕方ないと尽は納得し、テーブルで料理を食べ進める。
炉偉も隣に座って同じものを同じように汚く頬張る。
親の真似をする子供の如く炉偉は、満面の笑みで食事を楽しんだ……
腹一杯になった尽は自室に戻ろうとするが、炉偉がそれを引き留めて話し始めた。
「尽さんはこれから行く島について、どれくらい把握されていますか?」
「把握? なんも知らんよ。ただチケットが当たったから惰性で乗っただけ」
「相変わらずですね。一応説明しますと、今回向かう人工島はクオリティで言うと『小さな国』みたいな物です。生活に必要なものは全て揃っていて、歓楽街まであります。滞在期間は二週間とされていますが本来永住可能なエネルギーを保有している島なので、今回の計画が成功すれば確実に世界の情勢が崩れる事に……」
「あー長い長い! とにかく俺たちは実験動物的なあれなんだろ? 気を付けるよ」
「気を付けるなんて言葉を一番知らないのが尽さんじゃないですか……!」
炉偉の心配をよそに尽は自室へ戻り、大きなベッドで爆睡する。
尽が寝ている頃、船内に居る全員のスマホの電波が繋がらなくなっていた。