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1.


「......嘘......なんで......」


高校2年生の夏。

大通りを挟んだ向かいの通り、腕を組み仲睦(なかむつ)まじい様子の男女がそういうホテルの中に入っていく。

男の方は幼馴染で親友の柴田雄二(しばたゆうじ)

そして女の方は......


「......なんでだよ......秋......」


幼馴染であり、初恋の相手であり、そして大好きな彼女、鈴森秋(すずもりあき)


「......ぅぷっ!」


目の前の信じられない光景にただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった俺は、直後強烈な吐き気に襲われる。

必死に口元を抑え、近くの公園のトイレに駆け込み便器の中に吐瀉物を撒き散らす。


「お゛え゛ぇぇぇぇぇ......」


トイレが臭いとか汚いとか全く気にならなかった。

便器の(ふち)を掴み、涙目になりながら襲い来る吐き気のままに胃の中の物を吐き出し続ける。


ずっと好きだった。

保育園で初めて見た時から。

ずっと、ずっと、ずっと、大好きだった。

なのに......


「な゛ん゛で......秋......なんで......」


胃の中の物を全て出し尽くして、もう何も出なくなった時、ふと思い立ちポケットからスマホを取り出す。


まだ間に合うんじゃないか?

今電話に出てくれたなら、まだ止められるんじゃないか?


藁にも(すが)る思いで、神様に祈りながら通話ボタンを押す。

そして少しの無音のあと......


『おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか......』


「はは......そういうことか」


その瞬間理解した。

過去にも何回か同じことがあった。

電話をかけ、繋がらなくて、そして数時間後に電波が悪くて......と謝りの電話くる。


今回が初めてじゃなかったんだ。

考えてみればホテルに入っていく姿も慣れた感じだった。


俺はもう何回も裏切られていたんだ。


「......もう、いいか」


独り呟き公園を後にする。

明確な行き先はない。ただ只管(ひたすら)にそれらしい建物を探し、見晴らしのいい屋上に辿り着く。

そして眼下を見下ろし......



目が覚める。



ベッドから上半身を起こす。

額には汗が(にじ)み、背中は汗まみれ。


......またこの夢か。


この鮮明で現実と疑いたくなる程リアルな夢は、小さい頃からずっと見てきた。

この夢を見た日は気分が悪く、不快感とイライラが止まらず、小さい頃はよく人や物に当たっていた。


心を落ち着かせた後、ベッドから降りてシャワーを浴び、外出の準備をして家を出る。


待ち合わせに選んだ近所の公園には、待ち合わせ時間前にも関わらず(すで)に少女の姿があった。


「......ごめん秋、遅くなった」


「ううん。私が早く明くんに会いたくて来てただけだから大丈夫だよ」


俺、新田明(にったあきら)への好意を隠すことなく笑顔で告げる少女の名前は鈴森秋(すずもりあき)


俺の幼馴染だ。


「ありがとう。じゃあ、行こうか」


「うん!」


秋は嬉しそうに頷くと俺の横に並んで歩き出す。


「そういえばこの間ね......」


隣で楽しそうに話し始めた秋に、相槌を打ちながら目を向ける。


この世界の秋は夢に出てくる秋と違う。


小さい頃からずっと予知夢や正夢だと思っていたあの光景は起こらず、俺と秋は高校3年生になった。


ここは夢に出てくる世界じゃないんだ。


この世界に幼馴染としての柴田雄二はいない。

幼馴染と呼べるのは秋だけだ。


わかってる。わかってるけど......


心が秋を拒絶する。

ダメだ、秋じゃないと訴えてくる。


原因はたぶんあの夢。

この世界の秋には関係ない夢のはずなのに......


「......秋、ごめん」


いきなりの謝罪。

脈絡なんて無い。意味なんてわからないはずなのに。


「ううん、明くんは何も悪くないよ」


秋はいつもそういって悲しそうな顔で笑う。




===鈴森秋目線===




明くんごめんね。


隣を歩く大好きな人に心の中で何度も謝罪する。


きっと今日もあの夢を見たんだよね。


時々凄く機嫌が悪くなる明くんに以前理由を聞いたら、夢を見るって教えてくれた。


私が恋人の明くんを裏切る夢。


それで私が謝ると、明くんは俺の方こそ夢の話なのにごめんって言って、秋は悪くないよって言ってくれて。だけど......


悪いのは私なんだ。

明くんが見る夢の中の私は間違いなく私。

前の世界の私なんだ。


────


私には3人の幼馴染がいた。


柴田雄二(しばたゆうじ)くんと向井沙奈恵(むかいさなえ)

そして私の大好きな人、新田明(にったあきら)くん。


私達4人は保育園の頃からずっと一緒に遊んでいた。

その中でも明くんは特別だった。


1番最初に仲良くなった人で。

独りでいた私に声をかけてくれた人で。

いつも(そば)にいてくれた人で。

いつも気遣ってくれた人で。

いつも笑顔向けてくれた優しい人。


私はそんな明くんが大好きだった。


明くんはずっと変わらずに私だけを見てくれていた。

小学生になっても。

中学生になっても。

高校生になってからも。

ずっと、ずっと、私だけを見てくれていた。


変わってしまったのは私。



成長していく中で自分の容姿が他の女の子より良いことに気づいた私は、人を見た目や人気で判断するようになってしまう。


そして幼馴染の雄二くんは、

かっこよくて。

運動ができて。

クラスの中心にいる人で。

女の子に人気があって。


今思えばそんなこと全部どうでもいいことなのに。


当時の私は女の子達の熱に当てられ、明くんへの気持ちも忘れ、見た目が良くて人気があるって理由だけで雄二くんを好きになった。



高校生の時。

進学してすぐに雄二くんが沙奈恵に告白して2人は恋人同士になった。


それでも雄二くんを諦めきれなかった私は、明くんと恋人同士になれば幼馴染でダブルデートができるって考えて、明くんに告白して恋人同士になった。


明くんと恋人になれたのは今の世界も含め、後にも先にもこの時だけで、間違いなく私と明くんの距離が一番近いところにあった時間だった。


明くんは私と恋人になれたことを喜んでくれた。

たくさん好きだって言ってくれた。


その言葉は、今の私が望んでも手に入らず、喉から手が出るほど願って()まない言葉。


だけど当時の私は雄二くんしか見えていなくて、明くんの言葉は何も響いてこなかった。



幼馴染でダブルデートを重ねていく中で、私は雄二くんに必死のアピールを繰り返した。

ボディタッチをたくさんして、私を意識させるような言葉をたくさん囁いた。


そして高校2年生間近の春休みに、私は初めてそういうことをした。


初めてのキスをした。

初めて体の全部を見せた。

初めてそういう所を触られた。


そして私は、私の初めてを雄二くんに捧げた。



もしも、もしもそれが明くんだったら......

今の私はそう思わずにはいられない。



満たされた感じがした。みんなが羨む雄二くんと関係を持ったのだから。

でも驚いたのは雄二くんも初めてだったこと。

行為が終わった後、愚痴を(こぼ)すように私に教えてくれたこと。


沙奈恵は付き合ってからキスも含め一切雄二くんに体を許していなかった。

私は雄二くんの話を聞いて、大人しい性格の沙奈恵だから、そういうことに苦手意識があったんだと直ぐに納得できた。


私は沙奈恵に感謝した。


沙奈恵のそういう性格のお陰で、雄二くんが私の方を向いてくれたのだから。



本当に私は馬鹿だ。

私は沙奈恵のことが大嫌い。

沙奈恵に感謝なんかしてない。


......でも、わかってる。

それが全部逆恨みだって。

選んだのも捨てたのも結局は私で、悪いのは全部私なんだ。



雄二くんと2回目のホテルに行った日。

これからって時に明くんから電話がかかってきた。

無視をしたら何度も何度もかかってきた。


私はせっかくのムードを邪魔されたことへの苛立ちを隠しながら電話に出た。


明くんの第一声は安堵だった。

電話に出ない私を心から心配してくれた声。

私の事なんて微塵も疑ってない声。

ほんの一瞬だけ心が痛んだ。

でも苛立ちの方が大きかった私は適当な理由をつけて早々に電話を切った。

明くんは最後まで私を気遣ってくれていた。


私はそんな明くんからの電話を、ムードが台無し、空気を読んでと雄二くんと(ののし)って、その日から電源を切るようになった。



思い出すだけで自分に腹が立つ。

明くんを裏切っておきながら、心配してくれた明くんを(あまつさ)(ののし)って、笑って、本当に私はどうようもない程の馬鹿で......


私は、私を殺してやりたいくらい憎い。



表では明くんに笑いかけ、裏では雄二くんと体を重ねる。

そんな日々を過ごしていく中で、雄二くんから付き合わないかと言われた。


嬉しかった。

だって中学生の頃からずっと好きだった人だから。


だけど、私は頷くことが出来なかった。


理由なんてわからない。

わからないけど、私はどうしても明くんと別れようとは思えなかった。


その日から明くんが私に好きだと笑顔で言ってくれる(たび)に、強い罪悪感に襲われるようになった。


私はそんな気持ちから(のが)れたくて、私が好きなのは雄二くんだと自分に言い聞かせて、雄二くんと関係を持ち続けた。

何回も何回も抱かれた。雄二くんを好きだと自分に言い聞かせながら。


だけど明くんへの罪悪感は一向に消えなかった。


それどころか雄二くんとする(たび)に、不在着信の表示を見る(たび)に、私の心は罪悪感に押し潰されていった。


そして、積み重なった罪悪感が一生の後悔に変わるあの日がやってきた。


高校2年生の夏。

いつものように雄二くんとホテルに入った。

いつものようにスマホの電源を切って。

いつものようにシャワーを浴びて。

いつものように抱き合って。

いつものように(さわ)()って。

いつものように体を重ねた。


行為が終わった後も。

いつものようにスマホの電源を入れて。

いつものように不在着信があって。

いつものように明くんに謝る為の声を作って。

いつものように電話をかけて......


『おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか......』


言いようのない不安に襲われた。


虫の知らせなのか。

積み重なった罪悪感のせいなのか。

取り返しのつかない何かが起きてしまったという不安。


気のせいだよね。

だって、今日だっていつも通りだし......


自分にそう言い聞かせた時、雄二くんのスマホが鳴った。


それは誰かからの電話で。

電話に出た雄二くんは普段通りを装って一言(ひとこと)話した後、目を見開いた。

そして......



私は想い出した。

ずっと忘れていた、忘れちゃいけなかった明くんへの大切な気持ち。


だけど遅すぎた。

何もかもが手遅れだった。


その日私は。

初恋の人であり。

大切な人であり。

大好きな人を失った。



大切なものは失ってから気づく。


本当にその通りだ。

手が届かなくなってからようやく気づいた。


明くん、本当にごめんなさい。



その(あと)の私は、明くんへの消えない想いを募らせ、悔やんでも悔やみきれない後悔を背負った人生を送った。


楽しさも、嬉しさも、幸せも無い。

ただ悔やんで、後悔しながら生きるだけの人生。


神様、もしもやり直すことができるなら、私は明くんだけを見続けます。


だからお願いします。


どうか私に......



────



この世界の明くんに私への恋愛感情は全くなかった。

それはまるで雄二くんを好きだった時の私のようで。


お出かけに誘うのはいつも私から。

明くんから誘われたことは一度もない。


明くんに好きだと伝えても。

申し訳なさそうにごめん。と言われる。


挙句の果てに「なんでこんな俺を好きなの?」なんて言われる始末。


想いが伝わらないことがこんなに辛いなんて思わなかった。

何度も心が折れそうになった。

隠れて泣いたことだって数え切れないくらいある。


だけど、この痛みは私が明くんに与えていた痛み。

むしろ明くんから誠意を感じる分、マシだと言える。


それにあの後悔だけの日々に比べたら、隣に明くんがいてくれるだけで......




「......秋、ごめん」


明くんはたまに突然謝ってくる。


何にかなんてわからないけど。

私を思ってくれていることはわかるから、それだけで私はすごく嬉しい気持ちになる。


だから私はいつもこう答える。


「ううん、明くんは何も悪くないよ」


明くん、こんな私と一緒にいてくれてありがとう。


明くんが隣にいてくれるだけで、私は十分幸せだよ。


お読み頂きありがとうございます。

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