老師
第零編。老剣士
第一編。出会い(1)
第零編。老剣士
科学が進み、人工的な明かりが、夜の闇を無くした今日でさえ、
夜の山には死霊の類が、跳梁跋扈していると、
信じている人間も多いだろう。
信じないという人でさえ、『では、一人で行ってみろ。』と言われれば、
内心、尻込みする人がほとんではないか。
人が月に降り立った現在でさえそうである、
では、数多くの人々が住む町にさえ、充分な光源がなかった時代なら・・・、
言わずと知れたことと思われる。
ここは、瑞穂と呼ばれた国。
そして、その国のとある山の中。
月は中秋、刻は400年程前。
しかし、夜の月に照らされる山には、死の影など微塵も無く、興梠などの虫達が、
うるさいほどに、生命の賛歌を奏でていた。
その山の中腹、洞窟の入り口の平らな岩の上に、その老人がいた。
老人の心の中の何者かが叫ぶ、
『老師、水滴が切れるか。』
無言の気合と共に、剣が走る。鋭い音が低く洞窟内にこだまする。
洞窟の天井から、老人の目の前に落ちてきた水滴が二つに切り裂かれる。
おお、これこそが、東の達人が恐れ、西の名人が立ち会う事を避けた、
精緻な剣の動き。
しかし、心の中の声が絶望する、
『老いたな。』
「老いた。」
と老人は呟き、岩から降り、欠けるところのない月を見つめる。
しばし、見つめた後、老人は別の思いに、とらわれていた。
「月殿。」
恋した女の名。出会いの時を、老人は思い出していた。
第一編。出会い(1)
その屋敷は、城の中堀の北側にあった。老人は紹介状を持って訪ねてきている。
門番に、屋敷の主との面談を申し出、紹介状を渡す。
この城の、100里ほど離れた東の藩の、老人の数少ない剣友からも、
『よしなに。』
と、書状が届いていたのか、門番は、
「老師さまですね。伺っております。どうぞ中にお通り下さい。」
と笑顔で門の中へ通される。
門を抜けて、玄関までの間の石畳の横には、大きな木が左右に2本ずつ
植えられており、なんとも言えない、風情を醸し出している。
門番の代わって、小者が老人を中へ案内する。
玄関は大きくもなく、小さくもなく、隅々まで掃除が行き届いているのが
目に取れる。
玄関のところに置いてある屏風には、ありきたりだが、竜虎相打つ絵が
描いてある。
『このような、武威を誇る家風ではないはずだが。』
老人は、心の中で呟きながらも、腰の大小を外し、
草鞋を脱ぎ、手拭いで足を拭く。
奉公人らしき女性も笑顔で、老人を、玄関から応接の間に案内する。
無論その笑顔が作られたものである事を、老人は十分に見て取っていた。
人を殺めた事のある者には、どうしても消せない匂いがあるのだ。
扉が閉められ、奉公人が下がる。部屋の周りに殺気が充満している。
屋敷の主の名は、八川安兵衛。小山という大名家の、草の者の総元締めと
噂されている男。
別の奉公人が、茶と茶菓子を持参する。
老人は、殺気漂う中、悠々と茶をすすっている。
やがて、ドンドンと足音が近づいてきて、廊下側の障子が開けられた。
老人は深々と頭を下げる。
「いやいや老師殿、頭を上げてくださらんか。そのようにされると、
固くるしゅてならん。私は、この家の主、八川安兵衛と申す者。
今後ともよろしく、お願いしたい。」
老人が、頭を上げると、そこには、草の者の総元締めとは思えぬ
丸々と太った、中年侍がニコニコと笑って座っていた。
驚くことに、目まで笑っている。
多くの方には、初めましてかもしれません。
この作品は、今、投降続けています作品と同じ頃から、
考えていました。
たぶん、短編?に分類される作品になるはずです。
このままですと、書き進めることも無く終わりそうで、
書き止めていた第1編を、あえて、投稿してみました。
不定期な執筆、それによる投稿となると思いますので、
よろしく、お願いいたします。




