#6 それぞれの歩幅
誤字脱字の報告、お願いします。
僕は、藪坂透は死神である。
この文面に間違いはなく、だからこそ時折、僕は思ってしまう。
人間の頃を、忘れてしまったのだろうか、と。
記憶的な話ではなく、もう少し深入った話というか。
頃というより、心。
人間の心を、忘れてしまったのだろうかと。
けれどそのその度、僕は思い出す。
秋宮の、あの言葉を。
秋宮との話がひと段落し、身支度を整えたところで僕たちは局に向かっていた。
局。
死立厚生執行局。
現在の日本における最重要機関。
そんな、今までの僕には無縁だったあろう正義の根城に、足を踏み入れようとしていた。
「はははっ。そんなに緊張しなくていいよ?」
軽薄に笑う秋宮。
「だって局には......局にはさ。死神が居るんだろ」
「今トオルくんの前にいる俺も、紛れもない死神なんだけど」
「......お前は違うよ。違くは無いんだけどさ、なんというか、雰囲気の問題でしょ。これ」
実際のところ、秋宮と過ごした時間は大して長くない。
それでも、ほんの少し心を開き、こうして砕けて話せているのは、秋宮の奔放とした性格が大きいだろう。
ましてや、仮にも命の恩人なのだから。
そして僕を殺した張本人でもあるんだけど。
まぁそんな関係だからこそ、今の僕があるって訳だ。
「雰囲気って言っても色々あるじゃん。俺だって局内じゃあ結構怖がられてる方なんだよ?」
「お前の場合は怖いの意味が違うんだよ。恐くはあっても、強くはないだろ」
そんな会話を交わしつつ、公園を発ってから十数分。
まだ痛む足をせっせと動かしやっとの思いで着いた目的地は、もう、なんというか。
「......ねぇ僕やっぱ帰ってもいい?」
そう吐露してしまう程に、堅剛な存在感を醸し出していた。
例えるならそれは議事堂を模したかのような建物なのだが、その節々にただならぬオーラを感じる。
周りを囲うようにして張り巡らされている城壁。
これでは、ただの一歩の侵入も許さないと記してあるようなものである。
そしてやはり一番目立つのは、その先に聳え立つ、高さ10メートルは下らない大きさを誇る、門。
「......あれが噂の<地獄の門>」
分厚い鉄筋で作られた番は、その身の全てを断罪する。
結界によって罪人の侵入を不可能とする、言うなれば最後の砦であり、また最終兵器。
それが、<地獄の門>。
なんでも、この門の両扉には執行局創設時代に現れた罪人が封印されているとか、いないとか。
つまりは都市伝説といった感じだ。
ちなみにこの話は秋宮から聞いたものなので、信憑性はますます低い。
「さぁ、行くよトオルくん。こんなところで突っ立ってたって、何も始まらないさ。そして、何も終わらないよ」
始まらないし、終わらない。
それはつまり、死神としての始まりと、人間としての終わり。
死神になったのだと身体は理解していても、まだ頭では理解できてない。
どうしても、人間の気分が抜けてくれない。
自堕落に過ごしたあの日常が。
幸介と話した何気ない毎日が。
そして、彼女と過ごしたかけがえのない日々が。
「僕は、忘れられないんだ」
僕は、どうしても忘れられない。
「......別に忘れる必要はないさ」
秋宮はそう呟き、ほんの一呼吸おいて。
「俺もたまに、人間の頃を思い出すよ」
僕には一瞥もくれず、そう言葉を零す。
考えてみれば、秋宮のこの言葉が僕を励ましていたのかといえば、そういう訳ではない。
これはあくまでも秋宮の独り言で、僕はたまたまそこに居合わせただけ。
秋宮自身、僕に何かを伝えたかったとか、そういう深い意味はないのだろう。
だけど。
だけれど。
「......早くしろ秋宮。置いてくぞ」
踏み出す理由には、十分だった。
読んで頂き、ありがとうございました。