#5 死神、はじめました!
改訂前より、大幅に内容が変わっています。ご容赦下さい。
「......知らない天井だ」
なんというか、そんな事も言いたくなる位。
阿鼻叫喚とか、めのまえがまっくらになったとか言っておいてアレなんだけど。
僕は目を覚ました。
強いて言うなら、右腕に走る不快な痛みに、目を覚まされたというか。
そんな訳で、僕は寝かされていたベッドから立ち上がり、辺りを見渡した。
「病院か?ここは。じゃあ僕はあの後、助かったのか?」
歩いて見る限り普通の病室で、だから僕も、何の違和感も覚えなかった。
しかしそこで。
僕は違和感を覚えないという、恐ろしい違和感に気が付いた。
......あれ、今僕、歩いてる?
恐る恐る下を見てみると、しっかりと脚が二本生えている。
「キャー!!!」
思わずか弱い少女のような声をあげてしまった。
触って確認してみるも、確かに触感を感じる。
「......僕の脚、なのか?」
戸惑いを隠せない僕に、背後から誰かが声を掛ける。
「おはようトオルくん、君は朝から騒がしいね」
僕を殺しかけた張本人、秋宮だった。
「お前、どういう事だよこれ!?僕はあの後、無事に助かったのか?」
必死に問い質すも、秋宮は渋い表情をする。
「......まぁ、助かったと言えば助かったのかなぁ?」
「何で疑問形なんだ。なぁ秋宮、この脚って僕の脚なのか?じゃあ、上半身と下半身は、無事にくっ付いたんだな!?」
「まぁまぁ落ち着いてって。トオルくんの問いに返すなら、その脚は君の脚という事で合ってはいるよ。でも正しく言うなら、くっ付いたというか......生えてきた?」
「生えてきた?別に僕はトカゲじゃないし、可愛い可愛いウーパールーパーでも無いし、何なら百分裂にされても復活する、プラナリアでも無いんだぞ」
「そうだね。さらに言うなら、人間でも、無いんだけど」
やけに含みのある言い方で、秋宮は返す。
「何をバカな事言ってるんだお前。僕は人間の両親の元に産まれた、地球生まれの地球人だ」
「......トオルくんもかなり動転してるね。まぁ、端的に言おうか」
そして、ひと時の静寂を跨ぎ、秋宮は僕に告げる。
「トオルくん、死神になっちゃったみたい」
......なっちゃったって何だよ。
正直、それ位しか感想が出てこないが、とにかく、秋宮の言葉を借りるなら。
僕は死神になっちゃったらしい。
「......っていやいや、死神!?僕が!?何で!?」
胸倉を掴み、質問攻めをする僕を、秋宮は気だるそうに引き剝がす。
「説明すると長くなるんだけど、これが答え」
そうして、袖の余った右腕を、ふらふらと横に振った。
「......お前。死神なら、腕くらい再生出来るんじゃないのか」
「ただ単に斬られたってだけならね。でも俺の腕は今、そこにある」
そうして、その袖を、こちらの右腕に向ける秋宮。
嫌な予感はしつつも、自らの右腕を確認すると。
ほんの少し、青白く変色している気がした。
それこそ、血色の悪い秋宮のような色合い。
思わず掌を握り込んでみると、僅かにだが痛みを感じる。
例えるのも難しいが、外部的な刺激というよりは、内部で何かに蝕まれているような、そんな不愉快な痛みだった。
「あんま動かさない方が良いと思うよ」
「......なぁ秋宮、説明しろよ」
そして、神妙な面持ちで、秋宮は語り出す。
「俺にだって全部分かる訳じゃない。だけどまぁ、あの時、トオルくんは完全に死んでいた。俺はトオルくんを殺してしまった。意図せずして、俺の右腕がね。やっちゃったと思ったさ。死神が人を殺すのは、今の日本じゃあ重罪だからね。......死神が人を殺して咎められる世界ってのも可笑しい気がするけど。それはいいとして、トオルくんは死んだ。確実に、人間としての死を迎えた。それと同じくして、君はその瞬間、死神と化した。......何でって聞かれても、俺にだって分からないさ。強いて言うなら、トオルくんの中の何かが、俺の右腕と適合しちゃったのかな。だから、俺の右腕も再生できない。変な言い方だけど、俺の右腕は、別の持ち主を見つけたって感じがするね、困ったもんさ。なんたって、俺の右腕を、トオルくんは奪ったんだからね。そして、医療班が到着する頃には、トオルくんの身体は完全に再生していた。勿論病院に搬送されて、色んな検査もしたんだけどね。何の異常も無かったよ。むしろ、異常がない事が異常というか、それこそ死神にとっては正常というか。......駄弁が過ぎたね。つまるところ、トオルくんが求めている解を、俺は持ち合わせていないんだ。だから、それでも君に言葉を掛けるとするなら、ようこそ、とか。それこそ、ごめんなさい、とかしか言ってあげられない」
そうして、情報量に脳を嬲られ、謝罪と歓迎を受けた僕であったが、未だ納得は出来ていない。
「過ぎた事は良いとしても、いや、良くは無いんだけどな?僕はこれから、どうしたらいいんだよ」
「こんな事初めてだからさ、局長にも連絡してみたんだ。そしたら、トオルくんに興味があるみたいで。是非、断罪担当にどうかって局長が言ってたよ」
「局ってあの死立厚生局の事か?局長ってそこの一番のお偉いさんって事か?」
「うん」
「え、普通に嫌なんだけど」
「ちなみに、断られた場合殺せって言われた」
「勿論やるよ。え、罪人とか全然ぶっ殺すし?」
......もう何でもいい。
夢の延長線上のようなこの状況だ。
乗り掛かった舟、なんて言ったら癪だが、今更引くに引けないのも事実である。
「一応伝えておくけど、トオルくんが望むなら、俺は君をどこか遠くの、それこそ秘境のような場所に逃がしてあげる事も出来るんだ。だから、局長云々は置いといて、君の意志を聞こうか。きっかけこそアレだけど、それでも死神として生きるのか。いや、死神として死ぬ覚悟が、トオルくんにはあるのか」
死神だの、断罪担当だの、よく分からないけど。
死神になっても不幸体質は変わっていないようで、少し安心した僕が居た。
「......ここで逃げるなんて、それこそ卑怯ってやつだろ。僕はお前を許してなんかいない。けれど、感謝が無い訳でも無いんだ。それこそ、一度はお前に救ってもらった命だしな。なぁ秋宮、またああやって、世界のどこかで命が失われようとして、それを僕が救えるのなら、めっちゃ、格好いいと思わないか?」
「それこそ、ヒーローだよね」
「違うよ、英雄なんかじゃない。だって僕は、死神だから」
こうして、僕は自らを死神と名乗る。
そして、今後待ち受ける困難と、更なる出会いに期待を込めて。
死神、はじめました!
そう叫んでやってもいいくらいに、ハイになっていた。
読んで頂き、ありがとうございました。
次回から第二部になります。