#3 踊る鮮血
前回からかなり時間が経ちましたが、なんとか続きが出来ました。
温かい目で読んで頂けると幸いです。
死ぬことよりも恐ろしい。
そう言って余りない状況が、今だった。
両手を刀に変えた罪人。
今朝見たばかりの姿が、そこには存在した。
名前は確か。
「......剣崎」
そうだ、剣崎裂人。
その刀で無差別殺人を行い、老若男女隔てなく、血潮を吹かせた殺人鬼。
そして、昨日脱獄したばかりの、罪人。
「あァら、俺の名前知ってンだァ」
一声、僕の呟きにそう答える。
ニヤリと、不揃いな歯並びを見せつけるかのように笑い。
その血走った眼で、僕の瞳をてらてらと覗く。
眼は口ほどにものを言う、か。
僕は悟った。
もう既に僕は、剣崎の眼中なのだと。
「なァ」
剣崎が問いかける。
「お前は死ぬ時、どンな顔するンだァ......。目障りな親父は顔を砕いたァ。若夫婦は喉笛を搔いたァ。見かけた餓鬼は腹を裂いたァ。痩せた老婆は髄を剥いだァ。美形の女は足を捥いだァ。みィんな違う顔だったァ......。なァ、お前は俺にどンな顔を見せてくれンだァ?」
剣崎は口角を吊り上げ、狂気に満ちた笑みを浮かべていた。
......相変わらず、僕は運が悪い。
今まではただの自虐みたいなものだったが、この状況ではそうも言えなくなってきた。
運が悪いなんて良く言った方で、結局僕には。
運なんて、無いのだろう。
あるいは、運が尽きたのか。
先程までは畏怖が大半を占めていたが、今では何故か憤りを感じてしょうがない。
それが自らの運の無さに向けてか、それともこの醜悪な罪人に向けてかは、僕にも分からなかった。
「今のテメェよりは、マシな顔してると思うぜ」
思わず、挑発とも取れる言葉を口にする。
「そいつァいいなァ........。決ィめた、お前は八つ裂きだァ」
そう言い終わると共に、剣崎は両手を擦らせ、鋭い金属音を響かせる。
そして、僕のいるベンチの方へ、一瞬にして詰め寄ってきた。
「なっ!!!」
剣崎は、刃と化したその右手を僕の脳天へと差し向け、上から振りかざす。
......あ、死ぬ。
危機を察知し、前方の右へと身を投げる。
「意外と動けンじゃねェかァ!」
咄嗟に受け身を取り、何とか体勢は建て直せたが、それでも剣崎との距離に変わりはない。
今度は左手をスイングし、更なる一撃を放ってくる。
......さっきみたいに前には逃げれないぞこれ!
刃先が届くまでの一瞬で、僕は思考を巡らせる。
今日何曜日だっけ?明日は確か燃えるゴミの日だよな。
......いやいやそんな事今考えてる場合じゃないだろ!
どうすればいい?後ろか?
ダメだ、後ろにはベンチがある。
横は?
それも違う、この一瞬じゃ剣崎のリーチから逃げられない。
前にも横にも後ろにも、退路は無かった。
......前、横、後ろ?
そうか、それなら。
まだ一つだけ、あるじゃないか。
翼を持たない人間が、唯一重力に抗う方法が。
「おらぁぁぁぁ!!!」
ということで、僕は力一杯に上へ、ジャンプした。
飛翔した。
どこまでも、空の彼方まで。
今なら星でも掴める、そう思えるほどに、僕は高く、天を舞った。
「......餓鬼がァ!」
刃先は僕の靴底を撫で、左手を大振りした反動で剣崎は体勢を崩す。
そして着地し、全身で重力を嚙み締めた所で、僕は全力で走り出した。
運動不足で悲鳴をあげる足に鞭を打ち、とにかく前へ前へと進んでいく。
よし、このまま公園を出て、住宅街まで逃げきれれば......
「......罪生」
背後で、剣崎がそう叫ぶ。
その言葉に、僕は思わず振り返る。
しかし、この判断は間違っていた。
悪手だった。最悪手だった。
剣崎の、剣崎におけるリーチというものを、完全に勘違いしていた。
というか、知らなかった。
「<踊る鮮血>」
......剣崎がそう呟くのと同じくして、僕は斬られた。
斬り裂かれた。
上半身と下半身が、完全に、離れ離れになった。
......何が、起きた?
俺は今、完全に剣崎から遠ざかったはずだ。
だからアイツの刃先なんて、到底届かないハズなのに。
それでも僕は、斬られた。
離れ離れになった下半身が地べたに横たわり、それを追いかけるようにして上半身も地へと向かう。
あまりの出血量にもはや声も出ない。
痛いとか、そんなのじゃなかった。
一瞬だった。
気付いたら、腰から下の感覚が、無くなっていた。
そして、僕は後頭部から地に転げ落ち、その衝撃で視界が霞む。
「......な、なん、で?」
もう少し言葉を紡ぎたかったが、横隔膜に力が入らずこれ以上声が出ない。
そんな僕を見て、剣崎はゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「ガハハハッ!顔を見せろォ!俺を見ろォ!」
剣崎の笑い声を傍にして、段々と意識が遠のいていく。
痛い。
てか僕、死ぬのか。
罪人に斬られて、こんな公園で野垂れ死ぬのか。
何にもせずに、ただただ生きてきた17年。
大した取り柄もなく、友人もあの幸介くらいで。
彼女だって出来ないまま......あぁ、違うか。
一人だけ、居たんだったな。
あれを彼女と呼べるのかは分からないけど。
だけど。
本気で、好きになれた人が、居たんだった。
『兄貴はさ、私の事好き?』
......あぁ、好きだよ。
『何で私が怒ってるか分かる?』
......分からねぇよ。教えてくれよ、なぁ。
『......どうして、死なないといけないの?私、嫌だよ』
......そんなの、分からねぇよ。分かる訳ねぇよ。
人は死に際に走馬灯を見るというが、それは案外本当らしい。
甘い思い出も、苦い思い出も。
彼女と過ごした時間が、フィルムのように一枚、また一枚と脳裏に流れ込んできた。
そして、ふと涙がこみ上げてくる。
それが斬られた痛苦によってか、はたまた昔を思い出してなのかは、もう、本当に分からない。
頬に伝う涙を見て、剣崎は再び口を開く。
「最期にお前は泣くンだなァ、面白ェ。まァ、俺を恨むンじゃねェぜ?恨むンなら、俺を脱獄したあの死神だァ」
......死神?
......何の話だ。
「冥途の土産に教えてやるよォ。名前......確か」
刃先を僕に向け、一呼吸置いて、剣崎はその名を口にする。
「傷色雪情、それァ綺麗な女だったァ」
名前を噛み砕く間もなく、二度目の刃が僕を刻む。
その微かな痛みが、僕を死へと後押しした。
読んで頂き、ありがとうございました。
やっと戦闘シーンが書けました。
大して自信はありませんが、やっと物語が進展したので個人的には満足です。
ではまたいつか。