#2.5 そして僕は刻まれた
久しぶりの投稿です。
言葉を誤用すれば、揚げ足を取られる。
それは、現代社会において切っても切り離せない、切断できないある意味普通な事なのだろうが、それを踏まえて今回僕の身に起きた、奇しくも起こってしまった事の件を話すとするなら。
僕は、切られた。
......いや、違う。
これこそ誤用だ。
だって僕は、斬られたのだから。
切る、斬る。
前者には、『もののつながりを断ち、離れ離れにする』。
対して後者には『刃物で断つ』という意味合いがあるそうだ。
どちらも『断つ』という点では酷似しているが一つ、断じて異なる点を挙げるのなら。
それは、『何を切るか』、にあるだろう。
『切る』という言葉が切れるものは、非常に様々である。
野菜を切る、風を切る、電話を切る、そして縁を切る。
述べていったら、それこそ切りがない。
対して『斬る』とは。
『斬る』という言葉が切れるものは、限定されている。
それは『人』だ。
『斬る』が切れるものは、人しかいない。
だからこそ、少なくともまだ人であった、罪人でも、死神でもなく、人間であった僕だからこそ、『斬られた』というのが正しいのだろう。
手で斬られた、というのが正しいのだろう。
......と、なんだか下らない独り語りが弾んでしまったが、結局僕が何を言いたいのかというと。
僕は、藪坂透は、ある日突然、斬られたのであった。
読んで頂きありがとうございました。




