#20 秋空に燻る
今回は秋宮視点のお話です。どうかご理解を。
透が水卜さんの手料理に心温まっている、その最中。
秋宮は、駆り出された<蛇腹の檻>対策本部にて、顔をしかめていた。
「......だからですね、俺たちは侵入してきた罪人に対し、最大限の対策を取りました。だからこそ、彼らも撤退を選ばざるしか――」
「下の連中が喚くな。与えられた仕事ひとつ満足にこなせずに、上に口答えとはいい度胸だな。いいか、お前ら断罪担当は罪人を裁くのが仕事だろう?罪人の一匹や二匹殺せずに、職務を全うしているつもりか?」
口髭を生やした長身の死神が、唾を飛ばしながら罵倒する。
......これだからこんな所には来たくなかった。
結局、局の上層部なんて、創設期からしがみついているだけの老骨ばかりだ。
罪人の制圧は俺らに押し付け、その功績だけを貪る。
社会の癌、歯車の錆......蛆虫どもが。
全員まとめて消炭にしてやりたいぐらいだが、今の俺には、まだやり残したことがある。
トオルくんを、正しく導き終えるその時までは――俺の灯を、消すわけにはいかない。
「......そうですね。今回は、その場にいた俺の落ち度です。申し訳ございませんでした」
「はっ、謝って済むなら警察は要らない、そんな言葉が人間界にあったな。もっとも今じゃ警察ごとき、何の力も持ちはしないが」
嫌味ったらしく笑う声に拳を固く握りしめる。
「それにしても、局長も落ちたものだ。かつての威厳はとうに消え、今ではただの小僧ではないか。あれだから、このような事件を......」
その刹那。
俺の中で鎖の千切れた、音がする。
「――死に腐れの老骨が、局長の陰口叩いてんじゃねぇよ」
思わず、拳が前に出る。
だが、しかし。
「秋宮、その手を下げなさい」
冷たい声音で制したのは、或沢局長だった。
「今回の事件は、全て僕の責任だよ。君が手を汚す理由なんて、僕には見当たらないな」
優しく笑いかけ、伸ばした拳に、局長が触れる。
「君の戦闘力は僕も信じている。これは、<蛇腹の檻>に下す鉄槌として、取っておきなさい」
「......悪い。また局長の株下げた」
どこが落ちたものだよ。
俺は、この人に後何回救われば気が済むんだ。
「それに......そこの君。意見があるなら遠回しではなく、直接僕に言いなさい。そのために君は、ここに呼ばれたんでしょ?」
背後で静かに手を組み、局長はにっこりと微笑んだ。
「ぐっ......!いいですか局長!上が正しく下を律してこそ、組織は成り立つんです!こんな舐めた態度を取る若手には、多少の制裁があって然るべきです!局長からも、ひと言おっしゃってください!」
死神は頭に血を昇らせ、俺を指差して怒鳴り散らした。
しかし局長は微動だにせず、ただ彼の言い分を聞き終えると。
「そうだね......じゃあまず、僕を舐めた老骨から――殺そっか?」
かつての威厳を宿した瞳。
その瞬間、会議室内の空気がひやりと冷気を孕んだ。
「......ッ!?」
あの瞳を向けられて、逆らえる者などいない。
何故なら俺たちは、彼の功績を、もう知ってしまったから。
遥か昔、剣先を伝う赤い雫。
雪が降り始め、息が白く霞む、そんな夜。
――傷色雪情を、一度殺した男だと。
「さて、改めて話を始めよう。今回は<蛇腹の檻>対策本部にご足労いただき、心より感謝します。前回の局襲撃を受け、傷色雪情もとい、<蛇腹の檻>の存在はもはや看過できないものになりました。そこで断罪担当からは秋宮、そしてもう一名を、代表として招集しています。二人の意見も参考にしながら、今後の局としての対策を協議していきましょう」
会議室。
固いパイプ椅子に座る者、およそ百名。
上層部の老骨どもは、情けなく寄り掛かり、息を潜めている。
「......ったく、秋宮さんも懲りないっスね」
そんな中、横には俺と同じ、もう一人の断罪担当。
「センくんは、こいつら見て何とも思わないのかい」
「まぁ俺は普段から局内勤務が多いんで。秋宮さんよりは慣れてるっス」
掻き上げた金髪が目印の新人、名前は耀セン。
年は俺より随分下だが、断罪担当になって一年足らずで、今回の任務に抜擢されている。
知り合って日は浅いが、侮れない男だ。
「それではまず、経過報告を耀、お願いするね」
名を呼ばれると、センくんは軽やかに返事をして、立ち上がった。
「断罪担当、耀センです。現在、局襲撃の目的については調査を継続中です。しかしサーバー室のPCから不正アクセスの痕跡が確認されており、何らかのデータが持ち出された可能性があります。容疑者は二名。一人目は枯。住所不明。かつて孤児院で生活していたことまでは判明していますが、ある日を境に失踪しています。二人目は酩京。こちらも同じく住所不明。他国にて侍女として働いていたとの噂もありますが、信頼できるソースかどうかは確認中です。そして頭首、傷色雪情。こちらは皆様もご承知の通り、対応は局長へ一任させて頂きます。局内セキュリティは現在85パーセントまで復旧、ほぼ通常状態に戻っています。課題点としては、侵入経路が依然として特定できていないことです。施設内のセキュリティに穴はあったにせよ、<地獄の門>を突破する手段は、通常の罪人には存在しないはずです。今後も、彼らの足取りの追跡と侵入原因の究明を進めてまいります。こちらからは以上です」
淡々と報告を済ませたセンくんは、静かに椅子へと腰を掛ける。
「ありがとう耀。要点がまとまってていい報告だったよ」
「ありがとうございます」
嬉しそうに返す横顔に、年相応の若さを残している。
「ナイスだね。......にしてもホント、センくんは世渡り上手で羨ましいよ」
「そんな事ないっス。俺はあくまで役を演じるのが上手いだけ、素は秋宮さんとあんま変わらないっスよ」
「どうだかねぇ」
苦笑いしつつ、俺は窓の向こうに目をやる。
俺は、局の中じゃ評価はされている方だと自負している。
死術じゃまぁ負けないし、頭の回転だって悪くない。
でもそれはあくまで成果での評価。
人付き合いに関しては、センくんには到底及ばない。
真正面から話してしまえばさっきみたいに、衝突するのが目に見えている。
......本質的には、俺だってトオルくんと似たようなものかもしれない。
狭く深い関係に、ずっと浸っていたいのだ。
......と考え事を始めてしまうと止まらないのは悪い癖で、俺は思考を振り払い、局長への話に耳を傾ける。
「以上の点を踏まえ、断罪担当の二名には実地での捜索を。執行担当の方々は引き続き、容疑者の身元と持ち出されたデータの解析、セキュリティの強化を進めてください。他に何か報告のある人は?」
局長の問いかけに反応し、前列の死神が、挙手をした。
「執行担当人事課の狩田です。今回の一件を踏まえ、藪坂透という死神について質問があります」
「......なっ」
聞き慣れた言葉だと思ったら、まさかこんな大規模な会議でトオルくんの名前が挙がるとは。
変に上層部に目を付けられたら、彼の今後に響きかねない。
助けてあげたいが、俺が挟めばまた歯車の錆どもが騒ぎ出すだけだ。
「よろしい。どうぞ」
そんな俺を傍らに、局長は間を置き、促す。
「ありがとうございます。藪坂透という死神は、数週間前に入局し、現在は断罪担当として研修中とのことですが、身元不明、出生地不明と、不確定な情報があまりにも多いです。彼が罪人と連携し、招き入れた可能性も、十分に考えられるはずですよね」
「......はぁ、あり得ない。彼は、実際に枯の撃退に関わった一人だ。彼の無実は、僕が保証する」
局長の声は、やや低い。
「ではお言葉ですが、何故枯は藪坂透の存在を知っていたのでしょうか。<蛇腹の檻>内と何か繋がりがなければ、新人の名前が伝わるはずがありません」
「そこは僕も調査中だよ。彼に関して不確定な情報が多いのは、特別な事情があるからだ。執行担当としては、少し特殊な存在――その程度に認識していればいい。......いずれ彼の名前は、嫌でも耳に入るだろうからね。話は以上。座りなさい」
「......納得いきません」
文句を零しつつ、狩田はしぶしぶ席へ着く。
ひとまずは局長の采配に、胸を撫で下ろした。
「藪坂透って、確か秋宮さんが最近監督役してた子っスよね?」
同じタイミングで、横からセンくんが尋ねた。
「うん、そうだね。でも彼は、いい子だよ。それに必ず、強くなる」
「......へぇ、秋宮さんにそこまで言わせるなんて。俺も一度、会ってみたいっス」
ライバル視でもしているのだろうか、その目の奥には闘志が透ける。
「トオルくんとセンくんかぁ。まぁ、いつか機会があるといいね」
正直、トオルくんの存在はまだ、闇雲に広めたくはない。
それこそ上層部に目を付けられ始めた今、俺の右腕含め面倒なことになるのは分かり切っているから。
軽くはぐらかすような真似をして申し訳ないが、これも俺とトオルくんのためには仕方なかった。
「ではこれにて、<蛇腹の檻>対策本部の定例会議を終わります。一同、礼」
皆が礼をし、そのままぞろぞろと退出していく死神たち。
部屋に残ったのは、俺たち数名だけ。
それを見て、局長がこちらへと歩み寄る。
「悪かったね秋宮。藪坂くんの名を不用意に出させてしまった」
申し訳なさそうに、局長が言う。
「いえいえ、老骨にデリカシーとか皆無ですから。それこそ局長が気にすることじゃないです」
「今後についてはまた連絡するから。もちろん、藪坂くんについても」
そう言って次はセンくんの方を向くと、柔らかく笑って。
「耀くんも、今回は参加してくれてありがとう。また次回も、いい報告期待してるよ」
「期待に沿えるよう、尽力してまいります」
喜々とした声音で、そう答えるセンくん。
そうして軽く礼をし、そのまま局長は退出した。
「はぁ、今日も疲れた。......今頃トオルくんたち、ちゃんとやってるかな」
緊張の糸が切れ、思わずため息が漏れる。
俺の<蛇腹の檻>対策本部の参加に合わせ、トオルくんの監督役はしばらく、澪ちゃんに任せることにした。
彼女以上に信頼できる死神なんていないし、彼女もきっと、それを望んでいるはずだから。
そんな流れで、センくんと簡単な業務連絡をしたのちに、夜の局を後にした。
少し肌寒い、秋の夜。
見上げた空、月は雲に隠れている。
「......ただいま、なんてね」
扉を開けても、返す人はいない。
少しの腹の減りを覚え、部屋のカップ麺を漁る、そんな夜だった。
読んで頂き、ありがとうございました。
書いていてとても悲しかった。秋宮、こんな目に合わせてごめん。
それでも物語は、少しずつ進みます。
次回もよろしくお願いします!




