#19 触れ合う手
今回も趣味全開です。
少し歩いて、僕と水卜さんはエレベーターに乗った。
水卜さんは、慣れた手付きで、数あるボタンの中から、113階のボタンを押す。
エレベーターの作りは一般的なもので、水卜さんは設置された鏡を見ては、前髪を整えていた。
白く煌めく髪の一本一本を、しなやかな指でかき分けるように。
......そんな姿を見ていると、何だか変な気分になってくる。
先ほどまで、全く期待などしていなかったのに。
その女性らしい仕草を見て、不覚にも頬を赤らめてしまった。
「......どうした、透。顔が赤いぞ」
僕の表情に気付いた水卜さんは、鏡越しにそう尋ねる。
「......すみません、なんか緊張しちゃって。僕、女性の部屋上がるの、初めてなので」
「そうか。まぁとは言っても、想像しているほど可愛らしい部屋でもないと思うが」
高まる緊張感に苛まれながら、エレベーターは目的の113階へと到着した。
コンコンとパンプスを鳴らしながら、僕の前を水卜さんが歩く。
そして、7号室の前に止まっては、鞄から鍵を取り出し、扉を開けた。
「さぁ、上がってくれ」
「......お邪魔します」
水卜さんに続いて、僕は恐る恐る、部屋に足を踏み入れる。
入った瞬間、どこか爽やかな、アロマのような香りが鼻を通った。
足元には数足の靴が綺麗に並べられており、来客用なのか、スリッパまで丁寧に揃えられている。
「......これ、借りても大丈夫ですか」
「おいおい、あまり遠慮するな。共に闘った仲だろう、好きに使ってくれ」
そうして言われるがままにスリッパを履いては、リビングへと向かった。
水卜さんに続いてリビングへ入ると、中は思ったよりも簡素だった。
ソファやテレビ以外、インテリアと呼べるものは置かれていない。
部屋の構造自体は秋宮と同じなのだろうが、物が少ない分、広く感じる。
必要最低限、まさにミニマリストだ。
水卜さんは鞄を置き軽く首を回すと、ジャケットを脱いでは壁に掛けた。
「適当に座ってくれ」
そう言って奥の椅子を指す。
僕は言われるがままに椅子を引き、浅く腰を掛けた。
水卜さんは眼鏡に手を掛けては外し、卓上へと置く。
何度か瞬きを繰り返して、焦点を合わせるかのように。
そして少しだけ、反るようにして伸びをした。
「――んっ」
普段は凛とした水卜さんの、オフな姿。
眼鏡越しでは気付かなかった、柔らかい瞳。
薄いワイシャツ越しに伝わる、華奢な体躯。
鼓動が早まるのを自覚し、僕は慌てて視線を下へと逸らした。
奥では椅子を引く音がする。
そうして対面へと腰掛けた水卜さんは、口を開いた。
「さて、まずはいきなり呼び出してすまなかった」
「い、いえ。こちらこそ、お部屋に上げて頂いてすみません」
ぎこちない返答が、思わず零れる。
「今日は透に、大事な話がある」
水卜さんの真剣な表情で、さらに緊張感は高まっていく。
背中に汗が伝い、シャツへと染みていくのを自覚する。
そして、ひと時の静寂を跨いで。
「――しばらくの間、透の監督役は私が引き受けることになった」
......告白でもされるのかと本気で勘違いする空気感だったが、内容は全く別のものだった。
「......なんか無駄に緊張しちゃいましたよ」
「無駄とはなんだ。......私では......嫌か?」
不安そうにこちらを見つめる水卜さん。
思った以上に、裸眼の水卜さんは破壊力が高い。
危うく男心が擽られそうになるが、そこは冷静に対処する。
「僕は水卜さんが監督役で、嬉しいです」
「......ん、そうか」
照れた表情を隠し切れない水卜さんに、またもや可愛らしさを感じてしまう。
そこで、軽く咳払いをしては、僕から話を切り出す。
「でもやっぱ、理由が気になりますね。秋宮はどうしたんですか」
「そのことについてだが、秋宮はしばらくの間、別の任務を行う事になった。......まぁなにせ、あんなのでも戦闘力だけは一級品だからな」
「ははは、まぁ確かに。でもこのタイミングで、別の任務......ですか」
秋宮が駆り出されるほどの任務。
そんなものは、僕には一つしか、思い浮ばなかった。
「あぁ。具体的には――<蛇腹の檻>の調査だ」
「<蛇腹の檻>、それってやっぱり......」
その名を聞き、直感で何かを察する。
「そうだ。局を襲撃した枯、そしてあの謎の女、酩京とやらが属する、罪人組織だ。頭首の名は――傷色雪情。ようやく先日、局長がその手がかりをが掴んだ。......いや、もしかしたら、初めから知っていたかのような口ぶりだったが」
――<蛇腹の檻>、そして傷色雪情。
剣崎に暗殺を依頼し、僕の人生を一変させた諸悪の根源。
「......傷色、僕もいつか必ず、会って話してみたいです。どうして僕を名指ししてまで殺したかったのか」
「......考えてみれば不可解な話ではあるな。断罪担当ならまだしも、かつての透に、殺す価値など微塵もないだろうに」
「しれっと酷いこと言ってますよ水卜さん。僕だってちゃんと善良な市民でしたからね?」
多分悪気がないのは表情で分かるが、だからこそ余計に傷付く。
「あぁ悪い、失言だった。まぁそれこそ透の一件から、局内でも罪人への対策意識が高まっている。それに加え前回の局への襲撃を受け、我々も<蛇腹の檻>対策本部を設置することになった。そこで秋宮は、断罪担当を代表して参加することになったわけだ。局の重鎮も多く集まっている。それだけ本気で、緊急事態ということだ」
「......ははは、重鎮って、秋宮も大変そうですね」
「あぁ、とても嫌そうな顔をしていた。局長を除き、基本局の上の者は、頭が固いからな」
難しい方々に囲まれて、窮屈そうに顔をしかめる秋宮の姿が、容易に想像できてしまう。
「まぁだからこそ私も、秋宮に託された以上、全力で指導に徹しよう。ついて来てくれるか、透」
クールな水卜さんだが、内に熱い思いを秘めていることは、この前の枯との戦いでよく分かった。
後は、この大きな船に、乗るだけだ。
「勿論です。お願いします、水卜さん」
そう言い返すと、水卜さんはどこか安堵したような素振りを見せる。
とは思いきや、今度はどこか凛々しい表情を作っては。
「では早速だが透、最初の訓練を始めるぞ」
「急ですね、分かりました、望むところです」
「いい心意気だ。秋宮も言っていたが、私も透に、どこか光るセンスを感じるのは事実だ。しかし、死術の扱いについては、伸び代十分と言ったところ。そこで透には、より深く自身の死術について理解してもらう必要がある。そこで一つ、課題を出そう。三週間後に控える認定試験までに、新たな死術を一つ習得するんだ」
「新たなっていうのは、<影縫>と<影轢>とは別に、全く新しいものをって事ですか」
「そうだ。しかし難しく考える必要はない。死術というのは派生も多く存在する。使える知識は、全て使っていけ」
「......分かりました、やれるだけ、やってみます」
「私は嘘が嫌いだからな。やると言った以上は、必ず習得してもらうぞ」
先程までの可愛らしい水卜さんはどこか消え、監督役としての威厳が露見する。
「まぁ、とは言っても、私も全力で協力する。心配するな」
ぽんと胸を叩く。硬い音がしたのは多分気のせいだ。
そうして、少し話をした後。
「......新しい死術か、僕には何が出来るんだろう」
闇、影、暗い、そして......昏い。
単語だけが脳内を飛び交い、イメージには繋がってくれない。
そんな頭を抱える僕を見て、水卜さんはふと思い出したかのように。
「そうだ、わざわざ呼び出したお詫びだ、夕飯でも食べていくか」
「いやいや、お邪魔して夕飯まで作ってもらうなんて、悪いですよ」
「自分の夕飯を作るついでだからな、一人分も二人分も変わらん。少し待っていてくれ」
そう言って席を立ち、卓上の眼鏡を再び掛けては、キッチンへと向かっていった。
「てか水卜さん、料理するんですね。死神ってあんまりご飯食べないようなイメージがあったんですけど」
「生命の維持という点では、寿命には敵わないがな。食事いう行為は、やはり幸せなものだ。温かい料理を食べ、腹が満たされるあの感覚は、何にも代えがたいものがある。これでも、人間の心はある程度は理解しているつもりだからな」
少しだけ誇らしげな表情の水卜さん。
そうして近くに掛けてあったエプロンを巻いては、冷蔵庫を開けて。
「透、嫌いな食べ物あるか」
「いや、出されたものは基本食べる主義です。まぁ、強いて言うならプチトマトですかね。トマトは好きなんですけど、プチトマトは全くの別物というか。皮の植物味が強すぎてちょっとだけ気持ち悪いというか」
「分からない事も無いが......とりあえず家にはプチトマトはない。安心してくれ」
「良かったです。それで、今日は何を作ってくれるんですか」
「あまり遅くなっても悪い。オムライスなんてどうだ」
「良いですね、大好きです」
「なら良かった。早速始めるとするか」
そうして冷蔵庫からケチャップと玉ねぎ、ハムと卵を手に取る。
そして棚から包丁を取り出し、玉ねぎの皮を剥き始めた。
部屋の中を見るに家事は得意そうな水卜さんだったが、包丁捌きも器用なものだ。
綺麗に剝き終えては、淡々と玉ねぎをみじん切りにしていく。
「凄いですね、玉ねぎって切ってたら目が痛くなったりしませんか」
「ふっ、これでも死神だぞ。玉ねぎに負ける死神があってたまるものか」
玉ねぎに勝ち誇る水卜さん、意外と童心も忘れていないらしい。
そして切り終えると、次はハムを包装から取り出し、一センチ角程に刻んでいく。
素人目でも、その正確さは見事なもの。
続いて切り物を終えた水卜さんは、下の棚からフライパンを取り出しては、油を敷いて。
先程の玉ねぎとハムを軽く、炒め始めた。
そうして玉ねぎに火が通った事を確認すると、炊飯器から白米をよそい、フライパンへと入れる。
途中、ケチャップを入れては馴染ませ、あっという間にチキンライスが完成した。
今度はそれを一度別の皿へと移すと、卵を割り、菜箸で溶き始める。
菜箸が奏でる音が、温かい家庭を思い出させた。
そして次はそれを熱したフライパンへと流し入れる。
手際よく返しては、先程のチキンライスの上に乗せ、軽く整えて。
ほんの十数分で、オムライスが完成してしまった。
そして二皿分を作り終えた頃。
僕は席を立ち、二皿を持って机へと運んだ。
「気が利くな。助かる」
そう言って水卜さんはスプーンと飲み物を持って、二人の前に置く。
完成したオムライスは、お店とは違う、どこか懐かしい見た目。
まさに家庭料理といった、心温まる一皿だ。
「ほれ、ケチャップで何か描いてやろう」
そう言ってケチャップを手に取ると、可愛らしい猫の絵を描いてくれた。
「ははっ、ありがとうございます。なんかメイドさんみたいですね」
「馬鹿言うな、こんな可愛げのないメイドがいてたまるものか」
そう言いながら水卜さんの方を見ると、自分のオムライスにもこっそり、うさぎの絵を描いていた。
......ちゃんと可愛らしいところもあるんだけどな。
しかしそんな事は僕が言うべきではないので、僕の元監督役に後は託すことにした。
そして二人が席に着くと、僕と水卜さんは手を合わせて。
「いただきます」「いただきます」
食材に感謝を告げ、オムライスを口に運んだ。
「うまっ」
一口目で、思わず声に出してしまう。
静かに食べる水卜さんも、味に納得したのか、何度か頷いている。
直近の戦闘で少し忘れかけていたが、水卜さんの言う通りで、こんな瞬間は、何よりも幸せだ。
温かい料理を、誰かと共に食べる。
当たり前のようで、全然当たり前じゃない。
母にも、いつかちゃんと言葉で伝えようと思った瞬間だった。
味は本当に美味しく、少し大きめだったオムライスは、一瞬にして僕の胃の中へと消えた。
「本当に美味しかったです。ご馳走さまでした」
「口に合ったなら何よりだ。作った甲斐があった」
僕より少し遅く、水卜さんが食べ終えたのを確認すると、僕は二人分の皿を下げ、シンクへと向かう。
「水卜さん、スポンジと洗剤、借りちゃいますね」
温かい手料理を振舞ってくれたせめてもの礼として、洗い物をしようとすると。
「まぁ待て。私たちは死神だ」
そう呟くと。
水卜さんは秋宮と同じような素振りで軽く指を弾く。
――その瞬間、掌からは清らかな水が湧き出した。
そしてその水で食器を優しく包み込むと、面白いぐらいに、汚れが流れ落ちていくのが分かる。
「罪人を屠る水だからな。この程度の汚れなら、朝飯前だ」
折角僕が洗おうとしたのに......なんてことは口に出せるわけもなく。
「......便利な身体っすね」
どこか腰を折られた気分になった、僕だった。
読んで頂き、ありがとうございました!
少しでも水卜さんが可愛いなと思っていただけたら嬉しいです。
不定期にはなりますが、まだ続きます。これからもよろしくお願いします。




