#1 死神と魔術師
2024/1/10から、作品の大幅改訂を始めました。
そうだ、学食を食べよう。
あまりにも唐突に、しかし思ってしまったならばしょうがない。
いつも通りの昼休み、僕は数少ない友人を誘って一階の食堂へと赴いていた。
「なぁ透。お前いつも弁当じゃなかった?」
「まぁな。今日がそのいつもじゃなかったってだけだろ」
「面倒な奴だなお前」
呆れた顔でこちらを見つめるのは、僕の友人、神田幸介。
茶髪が目立ち、よく染めたのかと聞かれているが、髪色は生まれつきらしい。
背丈は僕より少し高く、顔つきも悪くない。
ある程度女子からの人気もあるそうだが、内面はただの馬鹿である。
テストではいつも最下位争いに参戦していると聞いた事もあったか。
実際、幸介が補修の席にいなかったところを僕は見たことが無い。
補修皆勤賞である。
ちなみに、推理小説であればここで探偵が現れ、僕が指差されることだろう。
何故なら、それを目撃している僕も、大体の確率で補修に参加しているからだ。
事実は小説よりも奇なり。
鬱陶しいと言わんばかりの顔をする幸介を連れ、僕たちは食堂まで辿り着いた。
しかし、そこで我々は驚愕の事実を目の当たりにする。
「おい透、あれを見ろ」
「......食券、あと一枚?」
幸介の震える声を聞いて、思わず僕も身じろぎしてしまう。
食券があと一枚という事は、食券が残り一枚しかないという事だからだ。
つまり。
「幸介、死人が出るぞ」
「あぁ、でもやるしかないだろ」
僕たちは目の前の状況を受け入れ、お互いにそっと手を出す。
戦の始まりだ。
そして。
「悪いな幸介、お前には死んでもらう」
幸介の目を潰さんとばかりに、僕は指二本を突き出した。
しかし。
「かかったな。死ぬのは透、貴様だッ!」
拳を握り締め、前へと突き出す幸介の姿があった。
拳をフルに喰らい、僕は思わず膝から崩れ落ちる。
まぁ端的に言えばジャンケンだし、全然死ぬのは僕だった。
「......何でチョキ出したんだ僕。自分の首をチョキチョキしてやりてぇ」
「はっはっはっ。どれを選んだって、結局お前の負けは決まってたんだよ」
いかにも雑魚キャラの台詞ではあるが、これだけは僕には否定できなかった。
何故なら、僕は未だかつて、幸介以上に運が良い人を見たことがないからだ。
それこそ、伝説のロイヤルストレートフラッシュ13連続事件も主犯は彼、幸介である。
つまりはジャンケンの1/3なんて朝飯前も朝飯前で、なんなら夜飯前な位であった。
「確率が0%じゃない限り、俺は負けない」
そうして誇らしげに食券のボタンを押す幸介。
「主人公みたいな事言ってんじゃねぇぞ」
僕は渋々、近くの自販機でコーヒーを買った。
......苦いのは現実だけかと思ったが、違ったようだ。
「......微糖と無糖、押し間違えた」
喜々として学食を運んでくる幸介を横目に、僕は食堂の席に着いた。
苦ったらしいコーヒーを口に含み、僕はため息をつく。
「なぁ透、今日の学食超美味そうじゃない?」
「うざいうるさいあっちいけ」
先ほどとは役替わりして、幸介を軽くあしらう。
不満そうな僕を見て、逆に幸介は嬉しそうだ。
本当にこいつ僕の友達なのか?
そう言いたくもなったが、あまりにも友人が少なすぎるので間違えるはずも無かった。
不戦敗、一日で二度負けた気分である。
「あ、そういえば今朝のニュース見た?」
満足そうに学食を喰らう幸介が、僕に話しかける。
「いかにも今思い出したって感じだな」
「実際そうだから。で、見た?」
今朝のニュースって言ったら、まぁあれか。
「死刑囚が一人、脱獄したってやつだろ」
昨日の夜、国内で一番の大きさを誇る死立刑務所から、罪人が一人脱獄したというのである。
「それそれ。あれについてどう思う?」
「どう思うって言われても」
まぁニュースを見る限り、疑問点はいくつかあった。
重警備で有名な死立刑務所が、まずまずと脱獄を許すだろうか。
そもそも刑務所内では拘束具が付けられるため、どんなに残虐な力だとしても、罪生は使えないはずだ。
それに。
「でも手を刀に変える罪人ってのは、普通に怖いよな。危なそうだし」
そう、今回脱獄したのは、名前こそ忘れたものの、手を刀に変える罪人なのである。
常識的に考えて、刀を武器にする罪人なら、壁くらい切り刻みそうなものだが。
何故か、刑務所の壁は、まるで雪解け水のように、さらさらと溶けていたのだそうだ。
ここに、僕は何か取っ掛かりを感じていた。
「考えるところはあるけどさ。まず一番の感想が危なそうっていうお前の頭が心配だよ」
「で、どうなん?名探偵トオルさんの推理はよぉ」
眼をキラキラさせてこっち見るな。
「......まぁまずは協力者が居たと考えるべきだろうな。自分の罪生じゃ無理だと判断したのか、はたまた別の理由だったのかは定かじゃない。でも不自然な点は、やっぱり幾つかあるだろ。結局のところ憶測だけど」
「なるほどなるほど。つまりは外部からの干渉があったって訳だな」
「美味しい所だけ持ってくなよお前」
「まぁでも多分、透の読みは当たってるんじゃない?」
「あんまり僕を買いかぶるな」
「いや、兄貴から聞いた話だと、昨日看守が全員、殺されたらしい」
「......そうか」
「なんでも、涙流しながら、まるで誰かに赦しを乞うような姿で、力尽きていたとか」
「それ、絶対他の誰にも言うなよ。兄貴に殺されるぞ」
どうもこいつはお喋りが過ぎるようだが、まぁ兄貴が言っていたと言うならそうなのだろう。
幸介の兄は、局で働いている。
局。
死立厚生局。
死神の管轄である機関で、罪人の事件を取り扱っている。
中でも局は二つの役割を担っており、一つは司法にあたる、『執行担当』。
こちらは拘束された罪人を引き取り、正当な罰を与える。
死神との契約で、罪人の裁判や刑罰の執行は、死神に一任する事になっている。
代わってもう一つは、警察や自衛隊にあたる、『断罪担当』。
こちらはあらゆる現場に赴き、実際に罪人と交戦して無力化するのが仕事。
生半可な実力では罪人に返り討ちにされるため、局の中でも選りすぐりの精鋭しか選ばれない。
ちなみに、契約上死神は武器の携帯を許可されていないが、断罪担当のみは例外である。
そして、局にはほんの一部ではあるが、人間も所属している。
募集は不定期だし、選抜方法も不明。
企業秘密との事らしい。
まあこの情報だけでも、幸介の兄が相当に優秀な事は分かるだろう。
......兄と弟で、どうしてこうも差が開いたのだろうか。
僕が頭を抱えている間に、幸介は学食を食べ終わっていた。
気付けば時刻も良い頃合いで、そろそろ鐘が鳴るのが分かる。
満腹で幸せそうな幸介を急かし、僕らは足早で教室へと戻った。
僕と幸介は同じクラスだが、席はほぼ真逆。
僕は左の一番前で、幸介は右の一番後ろだ。
「じゃあ、今日の話は内緒で頼むわ」
「......あぁ、分かった」
そう一言交わし、僕たちはお互いの席に着く。
鐘が鳴り暫くして、教室に教師が入ってきた。
「よし、授業を始めるぞ。今日は自由落下からだ」
なんの支度もしていなかったが、どうやら次は物理らしい。
数分話を聞いてみたが、文系の僕には呪文を唱えているようにしか聞こえなかったので、ここはきっぱりと諦める事にした。
ばいばいニュートン、僕も夢の世界に落ちるとするよ。
読んで頂きありがとうございました。