#9 屈伸煽りはマナーです
趣味全開です。ご容赦を。
ガチャ。
開錠の音と共に、扉を開け秋宮が先行する。
102階5号室。
普通なら高層マンションの最上階に匹敵するだろうが、周りを見渡してもそれ程高所とは思えない。
というか、日本にそんな高いマンションなんて存在しない。
これが前に秋宮の言っていた、次元の歪曲とでもいうのだろうか。
「何してるのトオルくん。入りなよ」
「......あぁ。それじゃ、お邪魔します」
玄関で靴を脱ぎ、少し進むと正面にはリビングがあった。
秋宮のことだ、勝手に散らかった部屋をイメージしていたが、中は案外片付いている。
「綺麗だな。中」
「まぁね。俺、ハウスダストに弱いからさ」
ハウスダスト症候群な死神とか、それだけ聞くと凄い弱そうだけど。
「ほら、とりあえず座りなよ。あ、なんか飲む?」
「ん、悪いな。僕はなんでもいい」
そう言うと秋宮はおーけーとだけ言って、冷蔵庫へと飲み物を取りに行った。
その間僕は近くの机の椅子を引き、そこに腰掛ける。
飲み物を取りに行くついでに秋宮が付けたテレビには、僕が斬られた翌日の時刻が映し出されている。
......普通に今日、学校あったよな。
学校をサボタージュしてしまった事実に項垂れつつ、親には何と言おうか言い訳を考えていると。
「はいトオルくん。ビールでいいかい?」
片手で器用に缶を二本持った秋宮が、僕の前に座った。
「ちょ待てよ。僕は未成年だ」
「はははっ。面白いなぁトオルくん。死神に未成年もなにも関係ないさ。下半身が無くなっても再生するその身だよ。今更アルコールの何が怖いって言うんだい」
楽しそうに笑う秋宮。
「そういう問題なのかこれ。いや、やっぱ僕はいい。シンプルに味が好きじゃない」
「なんだ、飲んだことあるって口じゃない」
「ガキの頃に一口だけだ。苦すぎて吐いた記憶がある」
「はははっ。まぁ飲まないだろうなとは思ったけどね。ほら、これ」
そういって、秋宮は缶ジュースを机に置く。
缶ジュースとビールしか持っていなかった所を見ると、初めから僕がビールを飲まないと悟っていたのだろう。
秋宮はタブを引き、ビールを啜り始めた。
「はぁ。やっぱビールは美味いね、染みるよ」
「やめろ、老けて見える」
そう言いながら僕も、机に置かれた缶ジュースを手に取り、タブを引いた。
酸っぱい香りが鼻を刺すが、構わず僕は喉に流し込んだ。
オレンジジュースを飲んだのも随分久しぶりだが、まぁ悪くはない味だ。
「トオルくんは煙、嫌いな方かい?」
「ん、いや別に。好きにしろ」
「悪いね」
僕に一応の許可を取ると、秋宮は胸ポケットから煙草を取り出し、咥えた。
そして先程と同じように指を弾き、煙草に火を付けては少しばかり吹かす。
「便利な身体だな、お前」
「はははっ。そうでもないさ」
そうしてまた少しばかり吹かすと、卓上にある灰皿に灰を落とす。
「なぁ秋宮。折角打ち合わせの場を設けて貰った事だし、色々聞いておきたいことがあるんだが。特に、死術の事とか」
「死術?うん、いいよ」
「死術はどうやったら使えるんだ?現状の僕にも使えるのか」
死術。
あまりにも漠然としか理解していないが、この前秋宮が見せた大技。
剣崎を二度焼き焦がした烈火傷葬とやらも、恐らく死術の類なのだろう。
だとしたら、今後控える試験のためにも、まずは最優先で死術を習得するべきだ。
「......それこそ物は試しなんだよね。一旦やってみようか」
「やってみるって、今、ここで?」
「うん。大丈夫大丈夫。現状のトオルくんの死術なんて高が知れてるから」
そう言われると複雑ではあるが、実際そうなのだろうか。
「まぁ死術とは言っても色々あるんだけどまずは、そうだね。ここにある缶ビールを吹っ飛ばしてごらん」
「吹っ飛ばす、か。じゃあとりあえずグーパンで」
「それは死術じゃないでしょ。ただの暴力」
「じゃあどうやって吹っ飛ばせばいいんだよ」
「イメージするんだ。死術ってのはいわば呪い。憎悪の感情から成り立っている。つまりはね、対象を呪い殺すという気持ちが大事なのさ」
「呪い殺すって、缶ビールをか?」
「そうだね。この缶ビールを、今から君は怨み、憎悪するんだ。出来るかい?」
何という事だ。
どうやら僕は今から、この他愛もない缶ビールに負の感情を抱かなければいけないらしい。
これほど荒唐無稽なことがあるだろうか、いやない。
しかし折角の機会でもある。
なので僕はこの缶ビールを、精一杯怨むことにした。
......なんかこう、ラベルに書いてある文字の全てが鬱陶しいよな。
悪酔いをしている大人を想像すると、大抵横にはビールがある気がする。
この世の全ての悪の権化はビール。
酒なんて滅んでしまえ!
口元が緩みそうになるのを我慢しつつ、無理矢理憎悪し続けること早数秒。
すると。
カタカタカタと缶ビールが揺れ動き始めた。
「......すげぇ。案外できるもんだな、死術って」
「これが死術の中でも一番簡単な、いわゆる死念力って奴さ。じゃあ今度はそのまま、この缶ビールを奥に動かすイメージでやってみて」
言われるままに、今度はこの缶ビールを、奥にスライドさせるようイメージする。
すると。
カタンと、缶ビールが後ろに倒れた。
倒れた事で中身が零れてしまうかと思ったが、なんと中身は空だったらしい。
こいつあの一瞬で全部飲み切ったのかよ。
「まぁ最初はそんなものかな。今のは、この缶ビールの重心を崩してしまったのが原因だね」
「いや難しいってこれ。コツとかないの」
「んー。まぁ俺はいつも感覚でやってるからなぁ。ほら、こんな感じで」
秋宮がそう言って念じた刹那、缶ビールは壁に向かって吹き飛んでいった。
吹き飛んだというか、まぁ瞬間移動というか。
気付いたら壁にめり込んでいた。
「おい」
「はははっ。流石にやり過ぎたかな。でも、認定試験までには、これ位は出来るようになってもらうよ」
「......全く。で、肝心の認定試験はいつなんだ」
「年に四回だから、次は来月だね」
「来月、か。じゃあ、それまで僕は何をすればいいんだ。適当に筋トレでもしておくか?」
考えなしにそう発言すると、少し考えたようにして、秋宮は言う。
「勿論身体作りも大切だけど、先ずは感情のコントロールを覚えようか」
「いいかいトオルくん。死術は憎悪の感情だと言ったけれど、何事にもタイミングが大事なんだ」
「うん、なんとなくは分かるんだけどさ」
「ほら、目の前に敵居るよ。何のために君は銃を持っているんだい?」
「いや、分かってるんだけ」
「そこはライフルじゃなくてショットガンの距離でしょ。いいかいトオルくん、武器にも適材適所ってのがあってね」
「うるせーーー!!!何で僕はFPSゲームをやらされてるんだよ!?」
てなわけで、何故か僕は、今話題の銃で戦うFPSゲームをプレイさせられていた。
決められた武器で戦場を一掃し、テロリストから陣地を奪還する、いわゆるシミュレーションFPSに分類されるものだ。
「だって、負の感情をコントロールするには、FPSが一番でしょ?」
「そんな当たり前でしょ?みたいに言われても知らねーよ僕は!」
そもそも僕はこういったゲーム自体プレイした事がない。
故にコントローラーの操作もおぼつかず、敵には蹂躙され、横の死神には文句を言われ、もう散々であった。
「全く、ほら怒ってないで画面見て。敵は今どこにいる?」
状況を把握してみる。
灯台の上からはスナイパーが覗いていて、長い通路を抜けた下には兵士が二人、右奥に佇んでいる。
「......右」
「右だけじゃ分からないよ。もっと具体的に」
「......右奥のコンテナ裏」
「よし、じゃあ被弾しないように物陰まで移動しようか」
「えっと、じゃあここが近道だから......」
情報で頭がパンクしつつも、とりあえず目の前の敵を倒そうと、近づいてみる。
「トオルくん!そこ通ったら撃たれちゃうよ!」
次の瞬間、スナイパーに頭を貫かれ、画面にはYou Deadと表示されていた。
「はぁ、もう無理だ。僕にはこのゲームは向いてない」
「いいかいトオルくん。ゲームだからって、情報を切り離して考えていないかい?君は今、戦場に降り立った一人の兵士なんだよ。これは罪人との戦いとなんら変わらない。不利な戦いをこちらから仕掛ける必要なんて、今のトオルくんには必要ないんだ。トオルくんは弱いからね。いいかい?トオルくんは今、弱いんだよ」
「二回言わなくても分かるっつの!」
「だからこそ、有利な戦いを、状況を作る必要があるんだ。さっきだったら、何が正解だったと思う?」
「......まずは、スナイパーを殺す」
「だから、今の君にそんな技術なんてないでしょ。殺されるのは君さ」
「......だったら、やっぱり下の兵士を」
「うん、考え方は間違ってないよ。でも、そこからどう仕掛ける?」
「2対1は、不利だよな」
「そうだね」
「だったら、物陰に隠れつつ、まずはライフルで片方だけ倒すとか」
「まぁ、50点かな」
「じゃあ100点は何だよ」
「仮に倒せたとして、もう一人はトオルくんに気が付いて、攻めてくるよね。そしたらどうするの?」
「んー、ショットガンでバァン!って」
「それが出来たら文句はないさ。それでも、トオルくんの技術じゃやっぱり、厳しいと思う。いいかい、戦場には、それに適した武器がある。三角のボタンを押してごらん?」
「ん、何か構えた」
「いわゆるグレネードってやつだね。それを敵の方に投げると、爆発する」
「あ、間違えてピン抜いちゃった」
轟音と共に、またしても画面にはYou Deadの文字が。
「まぁまぁ、ミスはしょうがないとして。グレネードを敵の方に投げたら、敵はどう動くかな?」
「あ、二人とも別の方向に逃げてった」
「そう、その瞬間を狙うんだ」
言われるがままに、グレネードから逃げる敵を、チョチョンと銃弾で小突いてみた。
すると、先程とは打って変わって、簡単に一人始末することに成功した。
「なんか倒せた」
「おめでとう。今、何故さっきよりも簡単に敵を倒せたか分かるかい?」
「......敵が銃を構えていなかったから、か」
「そう。君は今、自分で有利な状況を作り出したんだ。そして、これは罪人との戦いにも応用出来るよね。敵を倒すための死術ではなく、自分を有利にするための死術。それを覚えて行こう」
こうして、少しコツを掴んだ僕は、このまま小一時間程ゲームをプレイし、何とか陣地を奪還することに成功した。
今までゲームにあまり触れてこなかった分、初めて味わう達成感は、かなり気持ちいい。
最後の方なんか、熱中し過ぎて秋宮の声が気にならなくなったほどだ。
「いいかいトオルくん。気付いたかもしれないけど、闇雲に敵を倒そうとしても、返り討ちに遭うだけだ。感情をコントロールし、来たるべき時に銃を撃つ。現実でもそうだ。闇雲に死術を使っても、罪人に勝つことは出来ない。時を選び、場所を選び、来たるべき時に死術を使うんだ」
「なるほどな。感情のコントロールなんて言うものだから、てっきり僕はこのストレスに慣れろ的な意味でやらせてるのかと思ったが」
「はははっ。まぁそういう意味合いもあったかもね。でもどちらかと言えば、これから死術を使って特訓するにあたってのオリエンテーション的な意味合いの方が強かったかな」
こうして、秋宮とのドキドキおうちデートを経て、精神的に一つ強くなった僕。
時計を見れば時刻は夕方で、今日のところは一旦解散となった。
局長に確認してみると、僕が死神になった事は機密情報との事で、口外しない事を条件に帰宅を許された。
「明日からは学校が終わり次第、死術の特訓するからね。迎えに行くから、校門の前で待ってて」
学校に死神が来たら大騒ぎにならないかなとか考えつつ、僕は帰路に着く。
手には、未だコントローラーの感触が残っていた。
読んで頂き、ありがとうございました。
修行パート、はじまりました。




