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問わず語り  作者: ごろり
28/105

実穂子の恋

「去年の今頃やったかなあ? 久しぶりにミホの顔が見たくなって、あのアパートに行ってみたんやけど、郵便受けに全然知らん男の名前が書いてあるんやもん。びっくりした」


 実穂子と並んで、二人掛けソファに腰掛けた宮原玲奈みやはられいなは、水滴の付いたアイスティーのグラスを手に、すっかり寛いだ様子でそう言った。


「お持たせですみません」


 私はそう言って、実穂子の飲みかけのアイスコーヒーが置かれたローテーブルに、さっき宮原玲奈から貰った、苺のショートケーキを二人分置いた。


 最近オープンしたばかりの、美味しいと評判の店のものだった。箱に四個入っていたケーキは全て、実穂子の好きな苺ショートだった。

 苺も生クリームも大好物の実穂子は、ケーキと言ったら断然これなのだ。


(さすがミヤちゃん、実穂子のことが好きやっただけあるわ。いっそのこと、ホールケーキでも良かったんやで)


 私は、そんな厚かましいことを考えながら、ダイニングの椅子に腰掛けて、彼女と実穂子の話を聞いていた。


「ごめんね。こないだチラッと説明した通りなんやけど、下着盗られたり、姉ちゃんが変質者に襲われたりしてさ、もう引っ越すしかなかったん」


 実穂子は、宮原玲奈を拝むように手を合わせつつ、すまなそうに眉根を寄せた。


「いや、ミホは悪くないよ。そいつ、許せへんよな」


「うん。あの時はさ、本気で殺意が芽生えたもん。な? 姉ちゃん」


「そうやなあ。殺るとか殺らんとか、物騒な話を二人で夜な夜なしとったもんな」


 本当に、あの時ははらわたが煮えくり返るほど怒っていた私たちだ。


「……なあ、ミホ。あの時付き合ってた彼氏は、ミホを守ってくれへんかったんか?」


 宮原玲奈は、隣に座る実穂子の顔を、じっと見つめながらそう言った。心做こころなしか、視線が熱を帯びているように見えるのは、気のせいだろうか?


「確か、隼人はやと? そんな名前やったよな?」


「……ミヤちゃん、よう覚えとるなあ」


「そいつに相談したりせえへんかったん?」


「いや、相談はしたよ。でも、あの人自分ちの民宿が忙しくて、それどころや無かったんさ。守るって言うても、たまに様子見に来るくらいしか出来へんかったやろし……」


「……ふうん、そうか。で、まだ付き合っとるん?」


 宮原玲奈の中性的なアルトの声が、妙に艶っぽく聞こえる。


(おいおい。お姉さんがここにいますよ〜! 見えてますか〜!)


 何とも言えないムードに、いたたまれない気分になってしまう。

 何かを訴え掛けるような実穂子の視線が、チラリとこちらに飛んできた。助けてくれと言っているのだろうか?


「えっと、宮原さん、お茶のお代わりどうですか?」


 私は、おもむろに椅子から立上がって、そう声を掛けた。

 彼女は、ハッとこちらを見て、バツが悪そうに苦笑しつつこう言った。


「ミヤちゃんでいいよ。お茶はまだ大丈夫。ありがとう」


 なかなかフレンドリーな子である。

 まあ、後輩の実穂子があだ名で呼んでいるくらいなのだから、やはり取っ付き易い性格をしているのだろう。


「隼人君とは、去年別れたんさ。でも、今は他に好きな人がおるんやよ」


 実穂子は、ケーキに巻かれたセロファンを剥がしながら、何でもない口調でそう言った。


「ええっ、そうなん!?」


 思わず、大きな声が出てしまった。

 宮原玲奈、もとい、ミヤちゃんの方が、私よりよっぽど落ち着いた様子である。


「……もしかして、こないだ一緒やったあの男か?」


 どうやら、ミヤちゃんには心当たりがあるらしい。


 ミヤちゃんと妹の実穂子が、二年の時を越えて再会したのは、ほんの数日前のことだ。

 それは、全くの偶然であったと聞いている。


 実穂子は、仲の良い職場の同僚三人と、たびたび食事に行ったり、飲みに行ったりするらしく、帰りが遅くなることがあった。

 その日も、職場近くの飲み屋街に新しくオープンした串揚げ屋で食事を楽しんだ後、どこかで飲み直そうということになり、どの店にしようかと相談しつつ、四人で歩いていたらしい。


 ちなみにこの四人、年齢も性別もバラバラだ。

 入社三年目で、二十二歳の実穂子が一番若い。

 私は、メンバー全員の顔と、簡単なプロフィールを一応知っている。

 デパートの案内係という仕事柄、退社時間が遅くなりがちな実穂子に頼まれて、時々車で迎えに行くのだが、そのときに、日頃仲良くしている友人として、彼らを紹介されていたのだ。


 一人は女性で、名前を吉川春香よしかわはるかと言うらしい。紳士服売り場の担当なのだそうだ。

 ほっそりとした女性らしい体つきに、楚々とした日本的な美しさ。初めて会ったとき、驚いたほどの美人だ。

 彼女を遠目から見に来る男性客も多いのだとか。

 なんでも、先日三十路に突入したらしい。実穂子が誕生日プレゼントの小物をラッピングしながら、そう教えてくれた。


 そしてもう一人は、少々ぽっちゃり体型だが、笑顔が好印象で清潔感があり、歯切れの良い話し方に知性が滲み出ている杉本武史すぎもとたけし。この男性は、外商部所属で、吉川春香より少し年下らしい。つまり、実穂子とは比較的年齢が近いようだ。


 もう一人の滝沢雄一たきざわゆういちは、四十代の既婚男性で、吉川春香と同じ紳士服売り場勤務である。

 アウトドア好きらしく、日焼けした肌に、少し白髪混じりのサラサラヘア。大人の色気溢れる、いかにも遊び人タイプの人である。


 そんな、やけにバラエティに富んだ四人と、これまた個性的なボクっ娘のミヤちゃんが、夜の飲み屋街でばったりと出くわしたらしい。


 ミヤちゃんから声を掛けられたとき、実穂子は、ほんの一瞬、誰だか分からなかったようだ。

 もともと明るめの茶髪だったミヤちゃんだが、目にも鮮やかな金髪に変わっていたうえ、如何にも男物に見えるダークスーツを着こなしていたからだと言う。


 今は、この飲み屋街にあるガールズバーで働いているというミヤちゃんに、実穂子の同僚たちは皆、興味を持ったようだ。

 そして、四人はこれから出勤するという彼女について行き、彼女の勤めるそのガールズバーで飲んだのだと言う。


 カウンターで、ミヤちゃんにカクテルなど作ってもらいながら、実穂子は今までの経緯いきさつをざっと説明したようだ。そして、ミヤちゃんが一度我が家を見てみたいと言ったため、さっそく招待する運びになったのだと言う。


「あの時、一緒におった男が好きなんか?」


 ミヤちゃんは、歯に衣着せぬ物言いで、ズバリと実穂子にそう訊ねた。


「うん……そうやで」


 実穂子は、少しだけはにかんだ様子で目を伏せながらも、ハッキリとそう答えた。


(えっ、杉本さんか滝沢さんのどっちかってこと? でも、滝沢さんは妻子持ちやんな。確か、高校生の息子がおるんやった。うん。無いなぁ、それは。じゃあ、歳の近い杉本さんの方か……)


 そんなことを考えていた矢先、ミヤちゃんは私の予想を裏切る発言をした。


「あの、遊び人風のおっさんが好きなんやろ?」


「……うん」


 ミヤちゃんの大胆な指摘に、実穂子は頬を染めながら、コクンと小さく頷いた。


(はあぁぁーーっ!?)


 私は心の中で叫びつつ、椅子から立ち上がり、ソファに座る実穂子の目の前に歩み寄った。


「実穂子……あんた、ホントに滝沢さんが好きなん?」


「うん」


「ちょっ……ホントやめてーー! めっちゃオジサンやん! しかも不倫やん……っ!」


「不倫やないもん! まだ付き合ってないもん!」


「まだも何も……! とにかくアカンて!」


 本当に、冗談ではない! 妹が不倫など! そんなことに諸手を挙げて賛成する姉など、そうそういるはずもないだろう。


「ミホ……お姉さんの言うとおりやで。やめといた方がええよ」


 ミヤちゃんが、意外と常識人なところを見せて加勢してくれる。

 いや、待てよ。これは実穂子のことが好きだからなのか……?


(もうっ! 実穂子の周りってどうなっとるん!? 人間模様、複雑過ぎるやろ!)


 そんな風に、思考が現実に追いつかない事態に陥っている中、実穂子はますますややこしいことを言い出したのだ。


「うちの職場、不倫なんか普通やもん……みんな不倫しとるもん……」


「はあ?」


 一体何なのだそれは。どういうことなのだろう?


「……例えばさ、靴売り場のMさんと、下着売り場のUさんとか、総務のTさんと、化粧品売り場のOさんとか、K部長とN課長とか……みんな、公認不倫カップルやもん!」


「嘘やんっ、そんなわけあるかい!」


 思わずツッコまずにはいられない。


「嘘っちゃうもん!」


 本当だとしたら、一体どんな職場なのだ。


「ミホ? それやからって、ミホまで不倫することないやん?」


 ミヤちゃんが良いことを言ってくれた。本当にその通りである。


「それ、ミヤちゃんが言う?」


 実穂子は、ジトッとした目でミヤちゃんを見つめている。今度は何だと言うのだろう。


「ミヤちゃんさ、ガールズバーの女の子と付き合っとるんちゃう?」


「えっ……?」


 ミヤちゃんの顔色が変わった。もともと白い肌から、さらに血の気が引いている。


「あの日、カウンターで飲んでるとき、やけにこっちを見てくる女の子がおってさ。その目がやたら怖かったんやもん」


「……っ」


 ミヤちゃんが、言葉に詰まっている。これは図星なのだろうか。


「あの娘の視線が怖かったもんで、あんまりちゃんと説明出来へんかったんやんか。引っ越しの事とか、いろんな事……」


 ミヤちゃんは、がくんと首をうなだれた。


「私の家に遊びに来たんがバレたらどうすんの? 浮気やと思われるで?」


「……そっ、それは困る」


「まあ、ミヤちゃんの彼女にわざわざ会うことはないし、そんなん言わんけどさ」


「ミホ、ありがとう……」


 さっきまでの勢いは何処へやら、すっかりしおらしくなってしまったミヤちゃんなのである。


「……どっちみち、私の片思いやもん。滝沢さんは、春香さんと付き合っとるんやし……」


 実穂子は、さらに畳み掛けるような事を言う。


(今なんて?……ホント、どんだけややこしいんや!?)


 実穂子を取り巻く、複雑な人間関係に衝撃を受け、私の心は千々に乱れるばかりであった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ちょっと!! 乱れすぎてやいませんか!? なんでそんなにオープンなの!? [一言] 実穂子! とりあえずそこに座れ! 正座だ正座!!
[一言] あー、うぼあー…………朱に交われば何とやらー
[良い点] あっかーーーーーん!!!! そんな職場おばちゃん許しません!!! 不倫ダメ!絶対! 新しいいいとこ探したげるからやめちゃいなさい! と、思わず口うるさい親戚のおばちゃん化してしまいまし…
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